ガン体験談 Part 1
◯医師と患者の架け橋
先日、看護学生さんの前で、自分のガン闘病体験談を話す機会を頂きました。
今現在、多くの医師、看護師、医療を志す学生さん方が、患者に寄り添おうと大変な努力をされています。その一環として、患者が自らの体験を話す場が設けられている事はご存知でしょうか?
今回私は、その場に参加させて頂きました。
医師と患者は同じ「病気を治す、改善する」と言う目的は一緒です。しかし両者は対称的であり、両極端な存在とも言えます。故に二者が一つとなり、完全に理解し合うのは非常に困難を極めます。
だからこそ医師と患者の溝を埋めるような者が必要なのです。
◯患者が体験談を語る理由とは
医師も看護師も学生さんも、人並み以上の勉学を積み、知識を得て、実習の場を通過して医療と言う現場にを立たれておられています。
ですが、そんな医師、看護師、学生さんがどれだけ頑張っても手に入れられない物があります。
それこそが「病気に罹患した時の感情」です。
これだけは、どんな優秀な学校でも教科書でも学ぶ事は出来ません。それもそのはず、自分が病気に罹患しない以上、病気になった時の感情を理解する事も学習する事も最初から不可能なのです。
それでも医師や看護師、学生さんたちは、患者の苦しみを少しでも理解しようと努力をし続けてくれています。その為に私の様な患者の体験談を必要としているんです。決して誰かに話を聞いてもらい訳ではありません。
自身の体験を以て、この場に限り患者は先生となるのです。
◯体験談を聞く目的とは?
最近、「緩和ケア」と言う言葉をよく耳にします。大まかな意味は「患者の苦痛を軽減する事」と言った感じです。
患者は、病気に罹患した時、2種類の苦痛を感じます。1つは「体の苦痛」、もう一つが「心の苦痛」。
「体の苦痛」は患者自身が訴える事で、その状況を医師や看護師に伝え、薬や麻酔などそれに適した対処法を採る事が出来ます。
しかし、「心の苦痛」には対処法がありません。精神を安定させる薬はあっても、心の痛みに効く薬も、心の傷に貼る絆創膏もまだ作られてはいません。そしてそれらはこれから先も開発される事はないでしょう。
それは"人の心には形が無いから"です。
形が無い以上、それに触れる事も確認する出来ません。それ故、人の苦しみと悲しみは目で見る事が出来ないんです。
だから、医師や看護師は想像と憶測でしか患者と接しようとします。そしてそれは時に、患者の心の苦しみから大きく的を外し、却って患者を追いつめてしまう危険性があります。
治すため、生きるために来たはずの病院で、更に心を追いつめられてしまう···絶対にあってはならない事。
その事に気付く事が、緩和ケアにおいてとても重要な事なのです。そして見る事が出来ないと分かっていても、それを理解しようとする行為こそが、"寄り添う"事だと私は思っています。
「人の苦しみはいつも見えないところにあるんです」
◯患者たちの使命
医師や看護師の方は計り知れない程の勉学に研修にと、果てしない努力を重ね続けて"医師"看護師"と言う職業に就かれておられます。
しかし、計り知れない勉学と研修にと、果てしない努力を重ね、病気になってしまった人は一人もいません。患者は職業じゃないんです。医師に「この薬を飲みなさい」と言われたら飲まないといけない、「◯◯をしてはいけない」と言われたら止めないといけない、「◯◯を食べてはいけない」と言われたら、それを食べるのを止めないといけない。
「 患者は弱い生き物なんです」
だからと言って、泣きを見ているだけでは現実は何も変わりません。"病気になった人の気持ちを理解できるのは、病気になった人だけ···"。患者の未来は患者自身が切り開く物。患者は自身の経験を以て、誰かの苦しみを理解する事の出来る唯一の存在。あなたのその辛かった気持ちを必要としている人は必ずいます。その為に患者も強く、成長しなければなりません。これが患者の果たすべき使命なのです。
◯体験談を話す前に
最近、人前で体験談を話す機会が増えてきました。その時、私がいつも心掛けている事が一つあります。それは「自分が世界で一番苦しい思いをしているのではない」と言う事。
人は苦しい事、悲しい事、辛い事があると、あたかも自分が世界一不幸な人間だと錯覚してしまいます。もちろん私もその一人···。ですが、私よりもっと苦しい思いをされている方はたくさんおられます。もっと大変な思いをされている方も大勢おられます。自分だけが苦しんでる訳ではないんです。
その事を胸に秘め、どんな時も"決して逃げない、負けない、諦めない"気持ちを忘れず、前に進みたいと思っています。
いつも謙虚で、思い上がらず、大きな病気と闘う彼らに敬意を表し、私の体験談をお話しようと思います。