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俺、澪ちゃん派。君は? 唯ちゃん?
普段、人との交流が苦手そうなことばかり書いている私でも、大学一年生の時分には、サークルの新歓に顔を出していた。
あまり断らなさそう、という気の弱さが出ていたのだろう。
登校初日から、あらゆるサークルからチラシを押し付けられていた。
どのサークルの新歓に行けば、タダ飯にありつけるのかは把握していた。
その中でも、とある運動系サークルのそれを選んだのは、そのサークルが扱うスポーツを小学生の頃にやっていたことによる懐かしさが理由だった。
食事会も終盤に差し掛かった頃、掛け持ちした別のサークルで食事会に参加していたらしい先輩がやってきた。
「池田せんぱーい」と、先輩の女性たちがちょっと甘えた声を出してその名を呼んだ池田先輩は、たしかに顔が整っていた。強いて言えば、綾野剛にちょっと似ていた。
そして金髪で、耳にはピアスをつけていた。
その風貌は、いかにも遊び慣れているふうであった。
まあ、甘えた声への対応などを見ても、実際そうだったのだろう。
その池田先輩が、おもむろに歩いてきて、私の真ん前の席に座った。
え、いや、こんな陽キャ――当時そんな言葉はなかったが――となにを話せばいいんだよ、と怯えていると、先輩は開口一番こう言った。
「君、『けいおん!』好きそうな顔してるよね。俺、澪ちゃん派なんだけどさ、君は、誰派? 唯ちゃん?」
『けいおん!』とは、かきふらいによる4コマ漫画である。
京都アニメーション制作の大ヒットしたテレビアニメでその名を知った人も多いかと思う。
廃部寸前の軽音楽部に入りバンドを組んだ女子高生たちののんびりとした日常を描いた作品であり、先輩が口にした「澪ちゃん」も「唯ちゃん」も、その主要登場人物の名前なのだった。
『けいおん!』には、それを「空気系」と評すべきかなど、アニメ批評文脈では様々な「語れること」がある。
それを承知の上で、諸々のことを捨象して端的に述べれば、『けいおん!』は非常に「オタク的」な作品であった。
今で言う『進撃の巨人』とか『鬼滅の刃』などと比べると大幅に――。
先輩の第一声は、田舎から出てきたばかりのシャイボーイにはカロリーが高すぎて、どう対処したらいいのか分からなかった。
第一印象によるオタク認定はもとより、どうやらこの先輩も『けいおん!』には詳しいらしい。
アニメキャラに「ちゃん」付けするタイプらしい。
そして、しれっと「同担拒否」をされているらしい。
はっきり言って、意味が分からなかった。
「えっと……」と口ごもる私に対し、池田先輩は加えて言った。
「俺んちさ、フィギュアあるから今度見に来いよ」
先輩は助け舟を出したつもりだったのかもしれないが、私はより困惑してしまった。
大学には様々な人がいるのだなあ――そんなありきたりなことを思った。
その後、サークル活動や授業などを通じて様々な人と交流することになるが、これを超える「第一声」には出会わなかった。
だからだろう。今でもその言葉は脳裏にこびりついている。
そして、今でもなんと返すのが正解なのかイマイチ分からない。
「唯ちゃんです」も「澪ちゃんです」も「あずにゃんです」も、全部不正解な気がしてならない。
ちなみに、フィギュアを見に行く件は断った。
フィギュア収集の趣味が自分にはなく、どんな感想を言えばいいのか想像もつかなかったからだ。
その後、先輩からは可愛がってもらったが、フィギュアを見に行く話が会話の俎上に乗るたびにやんわり断った。
気にしすぎるオタクの、悪いクセだっただろうか。
それについては、今では「そうだよ」と首肯できる。
【今回の一曲】
桜高軽音部/Cagayake!GIRLS(2009年)
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