「こいつ面白い」は信用ならない
「こいつ面白いんだよ」
飲み会などの場で、「笑わせてくれる」という意味でこの言葉を聞いたらば、少し歪な作り笑いを浮かべてしまう。
経験則から言って、そう紹介されたやつが面白いケースは極めて稀だからだ。
その原因に、私も一家言ないわけではない。
しかしその考察は省略し、今回は、私が実際に受けた「被害」について語ろうと思う。
話は、数年前に行われた、会社の同期の飲み会に遡る。
その飲み会は、会社近くの、安い居酒屋チェーンで行われた。
ビールを頼むものあり、ハイボールを頼むものあり、日本酒を頼むものあり。会話の多くは仕事の話に終始する、言ってしまえばごく普通の飲み会だった。
風向きが変わったのは、開始一時間を過ぎみな酔いが回ってきた頃だった。
「合宿でさ、三宅と田村が面白い漫才してたんだよ」
飲み会メンバーの一人が、そう言いながらおもむろにスマホを取り出した。
合宿というのは、新入社員研修の一環で催された研修合宿のことだった。
そしてどうやらその漫才の動画を見せてくれるらしかった。
しかし、「面白い漫才」というフレーズは私を非常に不安にさせた。
何故ならば、「面白い」というフリほどオチをつまらなくするものはこの世に存在しないからだ。
そんな私の不安を知ってか知らずか、そいつは 笑いながら動画を見せてきた。
動画には、浴衣姿の三宅と田村が写っていた。
酒が入っていたのか、その顔はどちらも少々赤くなっていた。
「どーもー」と二人は漫才を始める風の言葉を口にした。
それを見ながら、私はどうも訝っていた。
というのも、件の合宿は、研修の最序盤にあったからだ。
つまり関係性の浅い二人だ。そんな素人二人が、果たしてどのような漫才をできるというのだろうか。特にお笑い研究会みたいなサークルに入っていたわけでもないだろうに――。
「お前さ、いま彼女いる?」と三宅が言った。
「いや、いないんだよね」と田村が言った。
なるほど。これは、彼女を作るにはどうするべきか、というテーマの漫才なのだな、と思った。このまま三宅が、「俺に任せとけ」と言って変なことをすれば、それが一応ボケになる。
思いの外しっかり始まったなな、と感心していると、動画の中の三宅が「そうかあ」と言いながら、おもむろに田村の乳首をこねねくり始めた。
「え、なにいきなり」と言った田村は、しばらくされるがままにしたあと、仕返しとばかりに、三宅の乳首を軽く触り返した。
そのまま二人は無言で、互いの乳首を触り合った。動画には、そんな二人の男が写し出されるばかりであった。
画面の外からと思われる、酔ったとき特有のバカ笑いが聞こえた。
「面白いでしょ?」と、動画を見せてきたそいつは笑いながら言った。
おそらく酔ったときに見たそれはさぞかし珍妙で、そして同様に酔っている今見てもそうだったのだろう。あるいは懐かしさもあったのかもしれない。
正直なことを言っては興が醒めると思い、私は「うん、そうだね」と同意したのだった。
2020年のM-1グランプリはマヂカルラブリーが優勝した。
彼らが最終決戦で披露したネタ「つり革」は、あれは漫才なのかどうか、という論争を呼んだ。
しかし、漫才かどうかで言えば、三宅と田村のそれもたいがいである。
何しろ二人は、最初の挨拶以外ほとんど言葉を発していなかったのだから――。
あのストロングスタイルを「面白い」と認められない私は、笑いのセンスがないのだろうか。
あるいは、私が冒頭で述べたように、素人の、特に飲みの場での「面白い」はやはり信用ならないということの証左なのだろうか。
私はいまだに分かりかねているが、私の認識の方が合っていると、私自身はそう信じたい。
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