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ショートショート 「大きすぎるギフト」


-1-

”何者かになりたい?”

”有名になって世間に認められたい?”


「そう、何者かにならなきゃいけない。」



”時間が足りない?”

”お金が足りない?”


”自分がもう一人いたら成功する確率は上がる?”


「そう、きっと時間やお金がもう少しだけあれば、
 好きなように動ける自分がもう一人いたら、
 きっと私だって成功する。」







「う〜ん…」


どうやら夢を見ていたようだ。
普段はあえて言葉にしていない、自分の欲を直視させられたようで、
気分の良い目覚めではなかった。


”何者かに…”

”もう少し時間やお金があれば…”


考えたって仕方のないこと。

時間やお金がたくさんあれば、私もやってみたいことはある。

でも、平凡なOL生活を送る私ができるのは
夢をみることくらい。


「自分のやりたいことってなんだっけ?」

そんなことを考えながら、今日も満員電車に揺られて出勤した。







「ただいま〜」

誰もいない部屋に向かってつぶやく。

むくんで少しきついパンプスを脱いで…
片足でバランスが取れなくなってる自分に少しイライラしながら
コートを脱ぐ。
やっと靴から解放され、数歩踏み出したところで
思いっきり足をぶつけた。

「いっ!?」

手を伸ばし電気をつける。


「はぁっ!!?」

部屋の真ん中に、バカでかい箱が置いてある。

大人が一人、楽々入れそうな大きさの箱だ。


「なにこれ…気持ち悪い。
 え、ちょっと…
 妹に電話……い、いや違う!」


仕事で疲れた脳が懸命に働いていることを感じた。

“なんで家の中にあるの?”

誰が
何のために
どうやって―――

一瞬心臓が飛び跳ねたが、全身で気配を探ろうとする。
暫くして視界を見渡し
安全が確認できてから
大きく息を吸った。
目線を箱に落とすと、そこにはメッセージが書かれている。


”これを正しく使って下さい。
  あなたらしく、後悔しないように―――”


メッセージから不気味さは増すばかりだが、
疲れた私には背中を押すようなメッセージにも思えた。
そして、持ち前の好奇心がその箱を開けさせた。





「ひっ!?……人形??」


箱の中には”人形らしきもの”が入っていた。

目の前に現れたそれは現実として受け止めるには少し時間が欲しかった。

サイズは大きめのテディベアくらい。

色はクリーム色で、私たちの常識で言うところの

鼻のあたりだけ微かに赤く染まっている。

無意識に色づく赤に手が伸びる。
触れたそれは少し、しかしはっきりと光った。

人形はゆっくり動き出した。



その頃には、いつの間にか足の痛みはどこかに消えていた。




-2-

人形だったそれは、私に向かって話しはじめた。

『はじめまして、私のオリジナル。
 私はあなたのコピー。あなたは私を好きに使えるの。
 さぁ、これからどうしましょう?』


一連の出来事に理解が追いつかない。

『驚くのも無理ないわ。でも、こうなったら上手く使ったらどう?』

「待って、どういうこと? あなたは何?
 どこから来たの? なんでここに来たの?」

『んー、答えられるとしたら、あなたのために来た
 コピー人形って感じかしら?』

「私のため? ちょっと意味がわからないんだけど…」

『ま、細かいことは気にせずいきましょう。きっといい感じになるわよ。』

これは、私の口癖だった。

「え、えぇ…、わかった。」

あまりに精巧な”もう一人の私”に驚きつつ、
どこか親近感を覚えた。






-3-

”私のコピー”は本当に私のように働いてくれた。

仕事も、家事も、人付き合いも。

本当に私がもう一人いるようだった。

料理くらいは、もう少し上手くてもよかったんだけど。



最初はサボっている気がした。申し訳ない気持ちもあった。

けれど、自分のコピーが完全に私の周りの生活を維持してくれるこの体験は捨てがたいものになっていた。

人間、快楽には弱いものだ。

コピーのおかげで、私はいつか夢見ていた完全な時間の自由を手にした。

久しぶりに家族に会ったり、友達に会ったり、

旅行に行ったり、好きなだけ飲んで食べて、

たまにヨガやジムに行ったり、

とにかく思いつくままに遊んで過ごした。


しばらくは――

しかし、だんだん満たされなくなっていった。



「いつもありがとうね。好きなことだけして過ごしたけど、
 それだけじゃ満たされなくなるのね。」

コピーに話しかけることにもう抵抗はない。

『そうなのね、私にはわからないけど。じゃあ次は何をするの?』

「そうね、影響力が欲しいわ。」

『わかった。じゃあ私も協力するわ。どんな風になりたいの?』

「うーん、これといってやりたいことはないんだけど、
 今の生活から遠い世界を見てみたいわ。」

『わかった。私にまかせて』




コピー人形は本当によく出来ていた。

私の姿、性格、強みをうまく見せながら発信し、
あらゆる媒体で人気となったのだ。

私と同じ姿形をしたコピーがモテはやされ、

人気と影響力を伸ばしていくことに気分は高揚し、承認欲求は満たされた。

人から認められることがこんなに気持ちの良いことだなんて
知らなかった。

コピー人形は本当に、私の思いもしなかった遠い世界へ連れてきてくれた。



“こんな幸せを私だけが享受して良いのだろうか?”


「ねぇ、コピー人形ってあなた以外にもいるの?」

『えぇ、いるわよ。たくさんね。』

「そう。なら妹にも使わせてあげたいんだけど?」

『いいの?』

「コピーのくせに心配してくれるのね。
 ま、細かいことは気にせずいきましょう? 
 きっといい感じになるわよ。」

『わかったわ。じゃあ住所を教えて。』





異変が起きはじめたのは、それから暫くしてからだった。

「なんかさ、最近ちょっと意見が強すぎない? 悪くはないんだけどさ、
 アンチみたいなコメントが増えた気がするんだけど。」

『これも作戦のうちよ。その分コアなファンも増えたでしょう?
 レベルアップしたってことじゃないかしら? 大丈夫、私に任せて。』


それから大炎上するのに、そう時間はかからなかった。

コピーに任せておいたSNSの過激な発言で、
世間を敵に回すこととなってしまったのだ。

影響力とは紙一重で、世間は手のひらを返すように自分を攻撃してきた。

所詮、私が手に入れた影響力は、
”コピー”がつくり出した虚偽の繁栄だったのだ。





-4-

炎上という恐怖を知ってから、すっかり私は外に出ることも
億劫になってしまった。
発信もできなくなった。

今は、いわゆる"消火活動"をコピーがやってくれている。

私はいつしかコピー人形に操られている感覚すら持つようになっていた。


”何が私で、何が私でないのか?”


”私が大切にしたい価値観はなんなのか?”


”自分のありたい姿とはなんなのか?”


わからなくなってしまった。








ピンポーン

妹が来た。こういう時支えてくれるのは家族だけよね。


「お姉ちゃんからコピー人形もらって、本当に良かったわ。
 ありがとうね。」


ニコニコとマスクを外した妹の鼻は“赤”かった。






住所を教えてくれたら、あなたにもコピー人形を送ってあげるわ。



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