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10. 善く行く者は轍せきなし(よくいくものはてっせきなし)

無我夢中で生きた人生こそ最高の人生


今日のテーマは、成功者や善行者は自分の道を信じていて、他者の道を通ったり、軌跡をわざわざ自分から残さない、というような意味ですが、これは成功者や善行者に限ったことではないと私は思います。

私のような主婦で子育てをずっとしてきた場合ですと、かなり大変なわりにお給料をもらえるわけではないし、肩書がある訳ではないですし、衣食住の繰り返しで一日が忙しくただ漠然と過ぎてしまい、気づいたら子供が大きくなっていた、という感じだと思います。

そうして子供が離れていくと、ふと、「あれ?私の人生は一体何だったのだろう」と思ってしまう事もあると思います。

そして心にぽっかりと穴が開いたかのように、これから何を以て生きて行ったら良いかわからなくなってしまい、虚しさにとらわれることもあると思います。

でもこの老子を学んだことで、子育ても「善く行く者は轍せきなし」だと思えました。

例えば、食事の準備や、洗濯など子供の身の周りの世話をしている時に轍せきを残そうなんて、ほとんどの親は思っていないはずです。

ただただ必死で無我夢中だったと思います。

でもそれこそが「善く行った」ということだと思います。それは仕事などで結果を出した人達だけの話ではないと思います。

子育てでも、仕事でも、無我夢中で頑張った人生こそ、ふと気づい時にそれが轍せきになっているのです。

何か結果を残せなかったような気がしても、色々あって失敗もあって大変だったり、苦しかったりしたとしても、それこそがまさに人生であるのです。

だからそんな自分の人生に誇りを持ってみましょう。

そして実はそれが人間の生きる本質であり、根源であり、自然態だと、この「老子」を読んで思うことができたのです。

※轍せきとは、車が通った後の車輪の跡、先人の行いの跡、過去の事象の跡などを指します。














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