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影の中には光の面影を咲かせたい。

なんだか格好をつけて書き始めたものの、生活の変化、仕事の忙しさに追いやられて大したことを書かずに半年。

そうこうしている間に誕生日を迎え、御年30歳を迎えた。

正直言って、あっけない。
いろいろな事があったから、そちらのほうが大事だった。

年始には姪っ子が自分で命を絶った。

6月には同棲を初めた。

そうこうしている間に、年末が近づいて僕は30歳。
彼女いわく「前後三日三晩続く祭り」によってすっかり甘やかされた以外では、特別なことはなにもない。
いや十分特別なのだけれど、生活をしている実感の中にもはや僕の感情は幸福に対する疑問すら浮かばないのだから、それは落差を感じない精神的安定のみを意味していると考えてしまう。

つまり「幸せで何も書くことはない」ということだ。

とは、いえ。
世間は大変な騒ぎになっている、ちょっと前までは「なっていた」が見えていたような気もするけど、まやかしだった。

それは私の職場にも暗い影を落とし…ているわけでもないな。

近況だけを断面で話たとして伝わる相手もいないだろうが。
退職が続いている。原因はコロナか、はたまた人間の質の低下か。

何にしてもショックなのは、ほぼ同期の人間の退職だ。
僕がアルバイトだったころ、彼が入ってきて職場の意識や方法論のすべてを変えてくれたように思う。

もちろん、同じ仕事もしたし二人だけで散々文章を書いたけれど、駄目になった企画もたくさんあった。
それでも私は別の仕事をして、彼も別の仕事をした。

ただ今年の夏くらいから、彼の態度は変わったように思う。
私への態度が辛くなった。

これは私が無神経なことをいったのかもしれない。
釈然としないけれど、仕方がないことだ。

そのまま11月いっぱいで彼は職場を去るという。
会う機会もあったけれど、彼は会話すら許さないようだ。
辛いが仕方ない。元気で過ごしてほしい。それだけだ。
…やっぱり寂しいけれど、それも仕方ない。

とにかく、退職者が彼を含めて3人も、それも11月でいなくなる。
仕事関連でいえば、寂しい30歳の始まりになりそうだ。

なんだか、ターニングポイントを感じている気もする。
…気が重い11月も中を過ぎた夜。

僕が考えているのは「影の中には光の面影を咲かせたい」ということだ。


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