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読めない司書と名無しの少年(4)『三人の男』

前回

「なぁ、こっちに光が見えたよな」
「確かだ。俺も見た」
 三人の男が暗闇を進んでいた。それぞれの腰には青い光を放つ輝石灯と剣が。

 うち一人は髭を蓄え、眉間に深い皺をよせながら升目状に折り目の付いた古めかしい地図見ていた。ガサガサと地図を二度三度回し、正しく地図を読み取れないことをしぶしぶ認めたようで、乱雑に隣の男の胸に叩きつけるように渡した。

「わからん」
 名前をビーン。盗賊の一人だ。
「地図は苦手だ」
「だから言っただろう。お前じゃわからないと」
 長髪の男。名前をベレメイン。
「こっちであってるよな。これじゃ良い物をぶんどっても帰れるかもわからねぇぜ」
 彼の名はクレン。髪をそり上げ、背には一丁の三連式弩があった。
「どっちみちあの光を目指せばいいよな。いいものに決まってる」

 三人の背負った背嚢は未だ軽い。本来ならとっくに高値の付く品で一杯になっている筈だったのだが、食料や水は減るばかりで軽くなる一方。準備不足だった。いつしか三人の間には険悪な雰囲気が漂っていた。

 苛立ちの理由はもう一つ。アルーカ山脈のふもとの地下酒場で眼深にフードを被った男から持ちかけられた儲け話が嘘ではないかという疑念。金と引き換えに得た古地図はこうしてみれば安っぽくも見える。あの時は確かに信頼に足るものに見えたのだが。

 美味い話には何かあるのはよくある事であり、三人ともそれは知っている。筈であったのだが、直前に働いた強盗に窃盗、誘拐。そのどれも首尾よく進み普段の何倍も稼げた。街を出てしばらく身を隠すべきだろう。目立つのはよそう。三人はそう考えていた。

 出立の直前。大図書館の奥に希少な物がある。ならず者ばかりの地下酒場にて『儲け話を買わないかい?」フードを眼深く被った男は三人に言った。一度は怪しいと断ったが男の語り口は力強く、また軽妙であり、徐々にその話へ惹かれていった。男の話術による手口とも気づかずに。
 
 これまでの良いツキの流れを逃す手もあるまい。手元の酒と男の語りが拍車をかけた。

 美味い話などそうそうあるわけがない。貴重な品? 馬鹿馬鹿しい。ここまで来て手ぶらで戻るか? それこそ阿呆だ。準備には金も手間もかかったのだから。青い輝石灯にしたってそうだ。用意できた輝石の純度ではこれが一番だった。

 バカめ。阿呆が。三流め。心の中で互いを罵り合う。しかし一番の原因はフードの野郎だ。ただではおかない。三人はそれぞれどのように痛めつけてやろうか想像し、いまだ良いツキ流れの中にいると自らを鼓舞しながら進んだ。前方に見える光は、吉兆に違いない。そう思えば重い足取りも軽くなる。

「いいぞ! 近い!」
 ビーンが我こそはと走り出したものの。僅か一瞬の喜びに過ぎなかったことはその後ろ姿から容易に分かった。
 彼らを迎えたのは長机に置かれた一つの輝石灯のみ。青白い輝きによる蔦と葉の装飾の影絵が机に落とされている。

「なんだこりゃ。ただのランタンじゃねぇか。クソ!」
 ビーンが語気を荒げ、苛立たしさから乱暴に輝石灯を払いのけようとしたが、その手が輝石灯に当たることは無かった。何かが右腕に絡みついている。

 ロープだった。ではどこから? 三人が視線を向けるとその先は書架の上へと続いている。書架の上に何者かがいる。

 上層の輝石灯を背景に僅かに見える影。三人がそれを何者かの影と確認する間もなく、影の主は書架から飛び降り、間を置かず入れ替わるようにビーンの体が闇へと引きずられていく。
「うおあ!?」
 態勢を整える間もなく、ビーンは頭を書架に激しく打ち付けられる。腕に絡みついていたはずのロープは、蛇が茂みに逃げ込むようにスルリと消えていった。

「クソが!」
 剣を抜きながらベレメインが叫ぶ。クレンは三連式弩を構えた。二人は背中合わせに周囲を警戒する。二人の動きに合わせ、長机や椅子の影が書架に床に踊るが襲撃者の姿は見えない。

 三人が警戒していたことがある。アルーカ大図書館の司書の存在だ。彼らは侵入者に対して容赦しないともっぱらの話だった。

「おい! 起きろビーン! 」
クレンが叫ぶ、だがビーンは答えない。だらしなく床に倒れたままだ。
「クソ、何だってんだ?」
「だぶん司書だ! 見つかっちまった!」
ベレメインが苛正し気に言った。

「こんばんは」
どこからか女の声がした。
「ここは大図書館だとおわかりでしょうか? 武器の持ち込みは禁止です」
「そうかよ!」
 クレンが声のする方へ弩を構えながら言った。
「捨てたら見逃してくれんのか?」
「そうはいきませんが。そもそも最下層への立ち入りは禁止ですので相応の罰は受けてもらいます。今なら軽い罪でおさまるという意味です」

 返事とばかりにクレンが暗闇に向かって矢を放った。矢が書架に突き刺さってであろう音だけが反響した。

「そうですか」
 瞬き程の間隙。暗闇からロープが蛇のように飛び掛かりクレンの弩に絡みつく、その拍子に矢が二本、あらぬ方向へ発射された。

「舐めるな。引きずり出してやる!」
 クレンは空いた手でロープを掴み引っ張った。所詮は女の腕力、ビーンの時のような不意打ちでなければ男に敵うはずがない。だが動かない! まるで岩にでも結びつかれているかのように重い。

「そのままでいろ。俺が行く!」
 ベレメインがロープの先に走り出す。
 すぐさまロープの先にたどり着くが、彼の輝石灯が照らしたのは空の書架とそこに巻き付けられていたロープのみ。誰もいない。

 直後、彼の背後で鈍い音が聞こえ、次いで何かが床に落ちる乾いた音がした。ベレメインが踵を返して戻るとクレンがうつ伏せに倒れていた。傍には弩。
 
 女が立っている。胸元の閉じた本と羽ペンの刺繍。手には束ねたロープが握られ、片方の手にはクシャクシャになった古地図があった。三人が不意打ちを受けたときにベレメインの手から落ちたものだった。

「やってくれたな、女よ」
「またこの地図ですか……」
女は深いため息をついた。
「それは俺が手に入れた物だ。返せ」
「随分と前の地図ですね。どうしてこれを持っているかは知りませんが、意味ないですよ。この赤い印にしても何も無いですし」

「へぇ、そうかよ」
 投げやりに答えるベレメイン。彼は苛立っていた。一つは地図のことだったが、それ以上に女の存在が許せなかった。

 三流以下とはいえ二人の仲間を一瞬のうちに倒したこと。不意打ちをしながらも、今度は堂々と姿を晒した余裕を感じさせる佇まいが気に食わなかった。

「私は外に出たことが無いので、実情はよく知りません。ですが迷惑しているのです。これのせいでこうして侵入する者が後を絶ちませんから」
 司書は地図を手放すとロープを握り、張り詰めた弦のようにしならせた。
「投降の意思はありますか?」

 こいつは、この女司書は捕まえる気なのだ。この俺を! 生意気な小娘如きがこの俺を! ベレメインにとって司書の振る舞い、言葉遣い。なにもかもが気に入らなかった。

「回りくどいんだよ、やり方が。不意打ちなどせずに初めから『ここには何もありません。おかえりください』姿を現してそう言えば良かっただろう。もしかしたら大人しく帰ったかもしれんぞ」

「失礼ながら素直に聞くような方々には見えませんでした。それにあなた方は侵入者です。帰すわけにもいきません」

 司書は視線をベレメインに向けたまま続けた。
「一応、言っておきます二人は生きています。命までは取りません。投降してください」

 ベレメインは小さく笑った。凶暴さのある笑みだった。
「みつかっちまって不味いと思ったよ。始めはな。でも、一つだけ良いこともあった」
 司書は尾根を寄せた。


「その態度はムカつくが。あんた、顔は良い。慰めてくれよ、長旅で疲れているんだ。そうすれば手加減してやってもいい。意味は、あー、分かるよな?」
「……」

「気の強い女も嫌いじゃない」
 ベレメインは剣をくるりと回して見せ、切っ先を向け、ぞんざいに言った。
「ベレメインだ。お前の名は?」
司書は静かに答えた。
「下層司書のエリエス」


【つづく】
一部の誤字と表現を修正しました。

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