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短いおはなし7

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#クマ問答

うたは、そおっと毛布をかける。

うたは、そおっと毛布をかける。

クマが子ぐまに言った。やさしいうたをうたうひとは、うまくうたえるようにではなく、そおっと毛布をかけるようにうたっているよ。それは、そのひとがやさしいひとだからではなく、いままでそうゆうことができていなかったから、せめて、という祈りと願いと懺悔から。そしてそうゆううたは強いんだ。

悲しくならなくて済むには

悲しくならなくて済むには

悲しくならなくて済むには
どうすればいいの?
子ぐまが訊いた。
クマが答えた。
ただ、立ち止まらずに
進むのさ。
その痛みに、状況に、言葉に
立ち止まらずに、すこし先を見て。
秀でたひとがその先へ
ゆけるんじゃない。
立ち止まらなかったひとが
その先の光を見つけるのさ。

さて。蝋燭を。

さて。蝋燭を。

ぼくは失い続けてもうなにもないよ。子ぐまが言った。クマが言った。
きみは喪失と悲しみの庭にいる。さて。蝋燭をひとつずつ灯していこう。いままでの幸運や、役に立たない大切なものすべてに、灯火を。それが勇気と結界になる。きみは悲しむのではなく、灯火を守り、暗闇に掲げ、生きてゆく。

どうしても見つからないものはどこへ行ったの?

どうしても見つからないものはどこへ行ったの?

どうしても見つからないものはどこへ行ったの?子ぐまが訊いた。クマが答えた。ペルセウス座流星群の遺失物扱い所さ。長い列ができてる。みんなもっと大きな失くしものを探しに来ている。自分さ。たいてい見つからない。係の人はこう言う。はじめから無かったんです。今日からのあなたがあなたです。

人生って何?

人生って何?

人生ってなに?子ぐまが訊いた。
クマが答えた。
早春の水仙が連なるプラットフォームで
きみだけを待っている
行き先不明の長距離列車に乗ることさ。
繰り返す喪失で空っぽになったきみに
水仙の匂いの汽車の蒸気が満ちる。
きみは怖くて震える。
生きている、と思う。

花は咲いているものではない。

花は咲いているものではない。

クマが子ぐまに言った。

ほら、冬が育んだ
冬の子どもだよ。

植えたのが去年の10月で
咲いているのは
1、2週間。

でもずっと一緒にいた。
花は咲いているものではなく
咲くまでと、咲いたときと、
枯れるときまで
ずっと一緒にいるもの。

だから生きることも
良い時だけを見てはいけないよ。

止まっているときの悲しみや怒りはほんとうの悲しみや怒りではない。

止まっているときの悲しみや怒りはほんとうの悲しみや怒りではない。

クマが子ぐまに言った。

悲しみや怒りは
進んでいるときに
静かに根底にあるもので

止まっているときの
悲しみや怒りは
ほんとうの悲しみや怒りではなく
なにか別の怠惰なものだよ。

失っても、こころが忘れても、身体に残っている。

失っても、こころが忘れても、身体に残っている。

子ぐまが訊いた。
なにも残らない。
生きることは悲しいこと?

クマが答えた。
そうだね。
ただね、近しいひとが
花を飾っていたこと、旅先の朝の匂い。
美しいもの。
きみの身体に残っている。
それが、ふとした時に
仕草に、習慣に、言葉に出てしまう。
生きることは
悲しくて素敵なことさ。

どんなともだちがほしい?

どんなともだちがほしい?

どんなともだちがほしい?
子ぐまが訊いた。
たよれるひと?
いやされるひと?

クマが答えた。

風景をくれるひと。

憂鬱のサイズを計る。

憂鬱のサイズを計る。

やる気がでない。
やらなきゃならない
ことが憂鬱。
どうすればいいの?
子ぐまが訊いた。
クマが答えた。

タイマーをかけるのさ。
たいがいそんなに
時間はかからない。

渋滞に入ると絶望するけど
解消まで5分と聞くと絶望しない。

ひとは憂鬱を盛っている。

憂鬱のサイズを計るのさ。

メンタルってどこにあるの?

メンタルってどこにあるの?

メンタルってどこにあるの?
子ぐまが訊いた。

クマが答えた。
頭や胸にありそうだけど
ほんとは
自分の外側にある。

空気を入れて油をさした自転車。
あたたかい煮物。
磨いたシンク。
誰かに配慮した丁寧な言葉。
それらが君のメンタルをつくる。
それらが君のメンタルを
心地よく豊かにする。

ぼくらは連なり。

ぼくらは連なり。

クマが子ぐまに
言った。

ぼくらは連なりさ。

いいことだけじゃない。
わるいことも。
いろいろなときの
いろいろなきみも
連なっている。

それらが
複雑に獰猛に
矛盾しながら
おりかさなって
きみの庭をつくっている。

鮮やかに
生き生きと。
うたのように。
詩のように。

朝という儀式が、成長を試みる一日を用意する。

朝という儀式が、成長を試みる一日を用意する。

クマが子ぐまに言った。

朝自体が儀式なのさ。

その儀式は街が眠っているうちに
執り行われる。

空を黄金色に焼き
紫の露草をうるませて

未熟さを省みて
成長を試みるいちにちが用意される、

その儀式のおかげで
これまでが
どのようなものであっでも、
また新たに
成長を試みることができる。

きみの詩集は、どんなタイトルと表紙にする?

きみの詩集は、どんなタイトルと表紙にする?

クマが子ぐまに言った。

世界の果てのある町では
みんな生涯に一冊
手のひらサイズの
ちいさな詩集をつくる。

亡くなるとその詩集を
棺桶に入れる。

みんなその詩集に
タイトルをつけ表紙を考える。
きみなら、君の詩集に
どんなタイトルをつけ
どんな表紙にする?