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『サイレントカスタマー』

2024年4月7日日曜日午前6時過ぎ。3度目のスヌーズで寝床から重い腰を上げた私は、42℃付近のやや熱めのシャワーに頭皮を打たれながら 、ふと先日に会社のミーティングで共有されていた話題を思い出し、そこから連想されるイメージを頭の中で膨らませていた。

サイレントカスタマーとは、商品やサービスに対して不満を持ちながらそれらを提供する会社にその態度を表明しないまま契約をやめてしまう顧客のことで、その割合は顧客全体のうち7割以上を占めるという。逆説的に言えば、何かしらのチャネルで商品やサービスに対する不満点を表明してくれる3割弱の顧客の意見は、市場のニーズに合致した商品やサービスを提供し続けるうえで見逃してはならないサインであり、彼らの意見を取り入れることで今後離れゆく可能性がある多数派の顧客をつなぎとめることができる可能性があるのだ。

そうしたマーケティングの話を頭の中で反芻しながら、ふと27歳になった私の周りには新卒の頃のように叱ってくれる人がだんだんと減りつつあると気づく。27歳という年齢は、社会から年齢相応にそれなりの立ち振る舞いを期待される一方で、実際は仕事の能力おいて依然として未熟であり、周囲からの期待と自らの現状によるギャップに葛藤が生まれる年齢でもある。それと同時に、年齢と比較して能力が伴っていないと評価される人は自分自身よりも若い人たちと直接会う際には気を遣われ、裏ではイタい人として飲み会のネタにされることを見て学ぶことで、自らの日頃における立ち振る舞いが周囲の評価基準をクリアしているかどうかに気を揉むのである。

交友関係についても同じことが言える。思い返せば何も言わないまま自らのそばから離れていったかつての友人もいた。何が悪かったのだろうと考えたこともあったが、考えすぎて気を病むことを愚かだと考えが至ってからは、去るものは追わずという考えで身構えていたこともあった。しかしながら忌憚なく不満点を私に教えてくれる友人と会話する中で、彼もしくは彼女から受けたフィードバックと離れていったかつての友人と過ごした追憶の間で、点と点が繋がる感覚を覚えてはっとさせられることがある。だからこそ、体力と気力を割いてまで自らに対して率直な意見を表明してくれる貴重な友人を手放してはならないと感じる。

やや長めのシャワーを終えて身支度を済ませた私は、大学時代に苦楽を共にした同期や後輩と一緒に練習を見ている母校のボート部が拠点としている戸田公園に向かうため、こうして彼らとの縁が今もなお続いていることをありがたく思ったりしながら、タクシーの運転手に埼京線のホームがある恵比寿駅を目的地として告げて後部座席のシートベルトを締めるのであった。

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