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思い出のひとつ

父のこと。
父は母子家庭に育ち祖母も忙しかったので、男女関係なく家事は手が空いてる人、気が付いた人がやれば良いという考えでしたから、苦にならないらしく、排水溝のゴミ取りから、調理、掃除機の掛け方等、私は父の背中を見て覚えました。昭和の男にしては珍しかったかもしれません。

いや~私の下着も父が洗って干してくれていました(;^_^A。

いくつか記憶に残っている料理や場面がありますが、忘れられないのが
私が高校生の時のお弁当です。

ほぼほぼそれは「焼き過ぎた鮭とぺっちゃんこの卵焼き」でした。
それを私が自分で詰めて、ご飯をのり弁にしたり、ご飯の間にお醤油を垂らした白菜のお漬物を挟んだりして持って行っていたのを覚えています。

父は少年時代を戦争で苦労したので
食事にはこだわりがあって、テーブルにたくさん料理が載っているっていうのが幸せだとよく言っていました。
私などは「作り過ぎだよ」「生活の質に合わない贅沢だよ」「エンゲルケースーオーバーしてる」と文句を言い過ぎました。
…しっかり食べていたので(笑)、すっごい太っちゃっておりました(;'∀')。

今、家事をする身となって、安いスーパーに行ったとしても
父が食べさせてくれたステーキだとかウナギなどを見ると
高くて買えない!と驚きます。
借金しても美味しいものを食べさせたいという父の気持ちが、
今は心に沁みまくって感謝です。

令和の今は、調理男子も当たり前にいて
「男子厨房に入らず」は、なんだそれ!?って時代ですね。
SNSでお父さんがお子さんのお弁当を毎日作られて
写真をアップされていたりするのを見ると、
うちの父も相当に恰好良かったなと思います。

写真はないけれど、私の中に映像も残っていて
焼き過ぎの鮭とぺっちゃんこの卵焼き…
もう2度と食べられないその味が、とても懐かしいです。

それぞれの家庭にそれぞれの思い出の味があると思います。
みなさんはどうですか?

私は鮭の焼き加減、ふっくらの卵焼きは上達しましたよ。