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春餅のマジック。

2009年の中国留学中、学生の激安外食といえばボロボロのアパートの1階にあった春餅(チュンビン)だった。美味しい店は大体ぼろいアパートの中にある。これは割とてっぱん。

留学生寮から大きい道に出れば、中華料理や韓国料理のお店がたくさん並んでいたけれど、小ぎれいなお店は新しくできたばかりで味がまだ未完成だったり、へんに堅苦しい接客だったりして落ち着かない。少しお高めだし。だから結局のところ、きたなーいお店やずーっと昔からやっているようなお店が間違いないのだ。これは日本でも共通しているところかもしれない。あとは留学生の間での口コミが確実の確実。この春餅のお店も日本人留学生の先輩が教えてくれた。

春餅とは中国東北地方の伝統料理。立春の日のお祝い料理として食べられてきた歴史がある。春節(旧正月)で食べる餃子と同じように、専門店があるので、そこに行けばいつでも食べることができる。

ものとしては小麦粉でできた薄皮のクレープみたいな感じなんだけど、じゃがいもを千切りにして炒めたやつとかを好きなように包んで食べる。薄皮で包む中華料理といえば北京ダックが有名かもしれないけれど、その皮よりも大きいのが特徴だ。ベトナムの生春巻きくらいのサイズと思えばいいかも。

いつもの料理が小麦粉を焼いた柔らかい皮に包むだけでどうしてこんなに美味しくなっちゃうんだろうっていうくらいに本当に美味しくて安くて、4人でどれだけ頼んでも一人16元とかになっちゃうから不思議で仕方なかった。お店の好きな料理を好きな組み合わせで好きなだけ注文して、もちもちとした薄皮に包んでがぶり。

全然知らない人の食べている様子だけれど、これです。

あの春餅、帰国後もずっと恋しくて仕方がなかったのだけれど、日本ではけっしてメジャーではない中華料理なので探すのに苦労した。それでも一度池袋の東北料理のお店で見つけて、嬉しくて嬉しくて頼んだことがあった。
薄皮1枚で中国での1食分くらいの値段がしてあとから冷静になったのを覚えている。雰囲気も大衆中華そのまま。接客も中国流で、池袋なのに入店するやいなや中国語で挨拶されるしメニューばしばし投げられたりするけれど、もちろんそのぶん味も本格的で、一番手っ取り早く中国東北を感じられる場所でもある。今でも東京に行ったら食べに行きたいお店のひとつ。

土豆絲(ジャガイモの千切り炒め)。見た目とは裏腹に意外と辛い。ペペロンチーノを想像してもらえると納得してもらえるかな。

蒜苔肉絲(ニンニクの芽と肉の千切り炒め)。甘辛の味付けと、ニンニクの芽のシャキシャキ具合がたまらない。

これをくるくる春巻きのように巻いて食べる!
そのままだって十分美味しいのに、包まれるだけでどうしてこんなに美味しくなっちゃうんだろうっていう中華料理の不思議。

中国に来てもなかなか語学が思うように上達したいもやもやとか、外国に来てもなおつきまとう日本式年功序列のしがらみとか、そういうものを全部丸ごと皮に包んで、ぺろりと飲み込んでしまうのだ。そうしてしまえば、あとは美味しい満足感だけが残る。春餅は幸せを呼び込むマジックがあった。

そうやって、一年を乗り越えていったのだ。

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