見出し画像

詰将棋フェスティバル 複数解・ツイン・変同解部門 解答発表(後半)

バーチャル詰将棋作家の駒井めいです。

「詰将棋フェスティバル」と題した詰将棋作品展を開催しています。
下記の3つの部門に分けて行い、全19作が2022年2月12日に出題されました。

(1) ビギナー部門
(2) オンライン作家部門
(3) 複数解・ツイン・変同解部門

既に
(1) ビギナー部門
(2) オンライン作家部門
(3) 複数解・ツイン・変同解部門(前半)
の解答発表が完了しています。

今回は
(3) 複数解・ツイン・変同解部門(後半)
の解答発表です。
これにて当作品展の全日程が終了となります。

また、多くの方から短評をいただきました。
心よりお礼申し上げます。

複数解・ツイン・変同解部門 解答発表(後半)

複数の作意手順から構成される作品を出題する部門です。
この部門ではフェアリー詰将棋(変則ルールの詰将棋)も出題されます。

⑤ あつお 作

■ かしこ詰
普通の詰将棋と同じ意味で使われることが多い。下記の意味で使われることもある。
-------------------------------------
いわゆる普通の詰将棋から枝葉(無駄合概念や、駒が余るかどうかで手順に優劣を付ける規則)を取り除き、攻方最短を義務化したもの。攻方最短・受方最長のみが正解で、長手数の余詰は不問。
※ この意味で用いる場合、現在では最善詰と呼ぶのが一般的。
-------------------------------------
■ Knight(騎)
チェスの Knight。八方桂。
■ Lion(鬣)
フェアリーチェスの Lion。クィーンの利きの方向にある駒を1つ跳び越えその先の任意のマスに着地する。着地点に敵駒があれば取れる。
■ Equihopper(E)
フェアリーチェスの駒。任意の方向に駒を1枚跳び越して、その線上で等距離の地点に着地する。線上に余計な駒が挟まっている場合、跳ぶことはできない。

【 作意手順 】
a) 38桂、同鬣、67騎、同鬣、55銀 迄5手。
b) 67騎、同鬣、55銀、同鬣、38桂 迄5手。
c) 55銀、同鬣、38桂、同鬣、67騎 迄5手。

【 説明用表記 】
a) 38桂[A]、38同鬣[a]、67騎[B]、67同鬣[b]、55銀[C] 迄5手。
→ 攻方着手:ABC、受方着手:ab
b) 67騎[B]、67同鬣[b]、55銀[C]、55同鬣[c]、38桂[A] 迄5手。
→ 攻方着手:BCA、受方着手:bc
c) 55銀[C]、55同鬣[c]、38桂[A]、38同鬣[a]、67騎[B] 迄5手。
→ 攻方着手:CAB、受方着手:ca

【 作者コメント 】
 詰方の手のcyclicです。以前若島さんがtttで提案されていたお題を自分なりに考えて見ました。

【 解説 】
 かしこ詰とは普通の詰将棋と同じ意味。ばか詰(協力詰)と対になる言葉で、フェアリールールが関係する状況などで便宜上この名称が用いられることがある。盤面に見慣れない駒が三種類ある。「騎」はチェスのKnight。「鬣」はLion、「E」はEquihopperというフェアリー駒で、跳び越える駒がないと利きが発生しない特殊な駒。
 まずはa図(出題図)を見ていこう。

a 初形図

初手は38桂。王手を解除するには、2手目同鬣しかない。

a 途中図 2手目38同鬣迄

受方56鬣が受方47鬣を跳び越えて38の地点に着地する。3手目は67騎。この王手を解除するには、やはり4手目同鬣しかない。

a 途中図 4手目67同鬣迄

受方47鬣が受方57鬣を跳び越えて67の地点に着地する。56の地点が空いたことで、4手目56玉も可能そうに見える。しかし、攻方78Eが攻方67騎を跳び越えて56の地点に利いている。5手目55銀で詰め上がりだが、何故詰め上がりなのか分かるだろうか。

a 詰め上がり図 5手目55銀迄

56の地点には攻方78Eが受方67鬣を跳び越えることで利いており、47の地点には攻方63Eが攻方55銀を跳び越えることで利いている。これなら初手55銀とすればよさそうと思うかもしれないが、2手目同鬣と受方57鬣が受方56鬣を跳び越えて取られてしまう。受方57鬣で取らせないために、跳躍台である受方56鬣を動かす必要がある。それが初手38桂というわけだ。それなら3手目55銀とすればよさそうだと今度は思うかもしれないが、4手目56玉と空いた地点に逃げられてしまう。

a 失敗図 3手目55銀迄

3手目67騎に4手目同鬣は、67の地点に跳躍台を設置することで56の地点に利きを作るのが目的。また、初手67騎と手順前後するのは、2手目同鬣と受方47鬣が動いてしまうのが問題。3手目38桂としたときに、4手目47玉と上部に逃げられてしまう。フェアリー駒が三種類もあって厄介に見えるが、変化がないので作意自体は非常に易しい。
 では、b図を見ていこう。「b)78E→19」というのはツイン(Twin)と呼ばれる問題設定。この場合は「a図(出題図)の攻方78Eを19の地点に配置し直して、かしこ詰5手を解け」という意味になる。

b 初形図

b図では5手目38桂迄で詰ますが、すぐに実行しても同鬣と受方56鬣が受方47鬣を跳び越えて取られてしまう。そこで初手67騎として、受方47鬣を動かす。ただ、47の地点が空いてしまったので、3手目55銀と受方57鬣を動かすことで47の地点に利きを作る。6手目57玉と逃げられそうだが、攻方19Eが攻方38桂を跳び越えて57の地点に利いている。手順構成の意味はa図と全く同じである。

b 詰め上がり図 5手目38桂迄

 最後はc図だ。「c)63E→19」と書かれているので、「a図(出題図)の攻方63Eを19の地点に配置し直して、かしこ詰5手を解け」という意味。

c 初形図

c図では5手目67騎迄で詰ます。やはり手順構成は同様で、初手55銀と受方57鬣を動かして受方47鬣の跳躍台を退かす。そして、3手目38桂と受方56鬣を動かすことで57の地点に利きを作る。

c 詰め上がり図 5手目67騎迄

 全ての作意が分かったところで、同じような手が繰り返されていると気付いただろうか。実は攻方着手が循環している。38桂をA、67騎をB、55銀をCとする。a図ではA→B→C、b図ではB→C→A、c図ではC→A→Bという順で攻めている。これが作者の狙い。ちなみに、受方の着手も循環している。このような同一着手の循環はチェス・プロブレムでは馴染みのあるテーマで、Cycle of movesと呼ばれる。詰将棋におけるこのテーマ先例には、堀内真作「かえるのうたが」がある。

堀内真 作 「かえるのうたが」
詰将棋パラダイス 2016年5月 改良図

b) 44桂→56金、c) 53銀→56金、d) 77龍→56金

【 作意手順 】
a) 56香[A]、同桂[a]、44銀[B]、同銀[b]、73角[C]、同龍[c]、67桂[D] 迄7手。
→ 攻方着手:ABCD、受方着手:abc
b) 44銀[B]、同銀[b]、73角[C]、同龍[c]、67桂[D]、同金[d]、56香[A] 迄7手。
→ 攻方着手:BCDA、受方着手:bcd
c) 73角[C]、同龍[c]、67桂[D]、同金[d]、56香[A]、同桂[a]、44銀[B] 迄7手。
→ 攻方着手:CDAB、受方着手:cda
d) 67桂[D]、同金[d]、56香[A]、同桂[a]、44銀[B]、同銀[b]、73角[C] 迄7手。
→ 攻方着手:DABC、受方着手:dab

堀内作が4着手の循環に対して、あつお作はフェアリー駒を使用して3着手の循環になっている。字面だけ見比べると、あつお作の評価を下げてしまう人もいると思うが、それは全くもって軽率な判断である。あつお作の主張は、シンプルなツイン設定にある。19・63・78の三地点のうちどの二地点にEquihopperを配置するかという循環構造になっており、Equihopperのみで着手の循環が制御されている。3つ解が密接に関係し合った美しい対照性が、フェアリー駒によってスマートに実現されており、見事な完成度と言える。

【 短評 】
天月春霞-盤上の半分以上知らない駒だ!エクイホッパー?とかいう駒、意外なところに利いてきて怖い!
上谷直希-使い慣れない駒が2種類使用されており身構えたが、手順・完成度はさすがの仕上がりで納得。
springs-Eの配置をCyclicに変えると手順がCyclicになるというのは不思議。
占魚亭-「Cyclic Zilahiはこう作る」というお手本。綺麗で完璧。傑作。
Zilahiとも言えますね。Zilahiの説明はここでは割愛しますが、本作は同一着手の循環がメインテーマです。
たくぼん-WFPでもめったに見ないフェアリー駒3種でのかしこ詰。受方は同鬣となるので攻方の順番の問題。利きを確かめつつ解くとそんなに難しくはないので助かりました。初手67騎が2つあるのがちょっと意外でした。
★ 残念ながらa図が誤解でした。
金少桂-初形で玉周辺に攻方駒の利いていないマスが3マスあり、そこには鬣がいる。Eがいない位置に応じて壁駒として残すために動かしてはいけない鬣が変わり、それによって最終手に回すべき着手が変わって手順がサイクルする。3枚の守備駒の役割もサイクルしているので、単に『かえるのうたが』のフェアリー版にはとどまっておらず、フェアリー駒を使ったなりの付加価値があると思う。

⑥ 上谷直希 作

■ 最後の1ピース
出題図に指定された枚数の駒を追加して指定されたルール・手数の完全作にする。追加する駒は、攻方の駒、受方の駒、攻方持駒いずれでも構わない。
■ 協力詰
先後協力して最短手数で受方の玉を詰める。ばか詰とも呼ばれる。

【 作意手順 】
a) 追加駒:攻方持駒 銀
    詰手順:32銀、42玉、41銀成 迄3手。
b) 追加駒:攻方持駒 金金
    詰手順:42金、同玉、41金 迄3手。

【 作者コメント 】
 ツインの設定がほぼすべての作品。この設定を思いついた時点で8割ぐらい終わってしまっていたかもしれません。あとはどう仕上げるかですが、せっかくなので思考過程を記しておきます。
 この設定でツインを成立させるためには、
(1) 1枚≒2枚の戦力にする
(2) b)はa)の上位互換ながら、b)でa)の手順を再現できない状況をつくる
ex) 受方が使用したい駒を攻方の持駒にする
のどちらかで、意味付けとしては(2)のほうが面白いのですが、別の設定ながら青木氏作があるのでその追随になってしまう危惧があります。

青木裕一 作 詰将棋パラダイス 2019年7月 第31回妖精賞短編部門

a) 67桂、同馬、56金、同桂、44龍 迄5手。
b) 54金、同銀、75龍、65桂、66龍 迄5手。

よって(1)の条件でつくることにしました。試作してみると、比較的短時間でこのような図には落ち着きます。

参考図

a)角、b)金歩のツインで、前者は13角以下と言えばあとはもうお分かりいただけると思いますが、結局は馬≒金歩を表現しています。これはこれでも一興なのでしょうが、パッとしない印象があったのでもう少し考えてみました。するとニアリーイコールより完全イコールに集約されるほうがいいのかもしれないと思い直します。そして「小駒成駒=金」の構図に行きつきました。さらに、銀1枚と金2枚が等価に見えてしまう図にして、ひとまず完成ということに。
 理屈から創作を始めましたが、本当にこれが面白いのかは結局分からず。解答者様のリアクションを拝聴したいところ。

【 解説 】
 出題図に「最後の1ピース」と書かれているが、これは駒を追加して完全作にするという新しいルールだ。詳しくはWFP第159号(2021年9月号)で紹介されている。出題図には更に「協力詰3手」と書かれているので、「協力詰3手の完全作にせよ」という意味になる。普通の詰将棋では受方は自らが詰まないように抵抗するが、協力詰では受方は自らが詰むように協力する。実際に解く前に、出題図で詰むかどうか一応確認しておこう。

出題図

攻方は持駒がないので、初手は攻方21角か51とを動かすしかない。3手では到底詰みそうにないことがすぐに分かる。参考までに言っておくと、9手なら初手41と以下詰む。
 実際に解いていこう。aとbはツイン設定。aでは「攻方持駒1枚追加」という指定がある。aは「攻方持駒に1枚追加して、協力詰3手の完全作にせよ」という意味になる。このルールに慣れていなくても、歩・香・桂・銀・金・角・飛の7通りを試せばよいので、ある程度力業で解ける。とは言え、候補を絞り込んで、少しだけ賢く解いていこう。攻方駒は21角・45桂・51と、受方駒は22飛・31玉。この勢力関係なら、金や銀といったカナ駒があれば、完全作かどうかは別として詰みそうには見える。まずは持駒金が詰むか考えていこう。

a 失敗初形図 出題図に攻方持駒1枚追加

初手は41と・32角成・32金・41金・42金が可能な王手。どう考えても3手では詰まない。もし5手なら、41と、同玉、33桂不成、31玉、41金迄、という手順で詰む。持駒銀ではどうか。初手は41と・32角成・32銀・42銀が可能な王手。初手41とや32角成といった盤上の駒を捨てる手は、受方がどう応じても3手では詰まない。残るは初手32銀か42銀。初手42銀には2手目同飛・同玉・21玉があるが、どれも3手で詰まない。

a 失敗図 1手目42銀迄

初手32銀には2手目同飛・42玉がある、2手目同飛は明らかに3手では詰まない。2手目42玉ではどうだろう。

a 途中図 2手目42玉迄

これは3手目41銀成迄で詰め上がり。唯一解になるように作られているはずなので、銀以外に正解はないはずだが、一応確認しておこう。歩・桂・角は3手で詰まない。香や飛は33~39香(飛)、32飛、同香(飛)成/同角成迄が一例で詰む。詰手順は限定されていないし、そもそも最後に攻方の持駒が余るので、明らかに不完全作。
 次にbを解いていこう。bでは「攻方持駒2枚追加」という指定がある。「攻方持駒に2枚追加して、協力詰3手の完全作にせよ」という意味。2枚の内訳を考えていくとそれなりの数になるので、候補を少し絞り込みたいところ。香・銀・飛が候補から除外できると気付けるだろうか。これらの駒は1枚で詰むことがa図で分かっている。持駒2枚の中に含まれていれば、必然的に駒余りか余詰が生じる。候補は歩歩・歩桂・歩金・歩角・桂桂・桂金・桂角・金金・金角に絞り込まれる。歩歩・歩桂・歩金・歩角は3手で詰まない。

出題図

桂桂は43桂、42玉、34桂/54桂迄。桂金は43桂、42玉、33金/41金/52金/53金迄が一例。桂角は43桂、42玉、31角/33角/53角迄が一例。金角は53~97角、42飛、32金迄が一例。残すは金金で、42金、同玉、41金迄。

b 詰め上がり図 3手目41金迄

持駒金金だけ手順が限定されていて正解。よく見てみると、aと実質的に同じ手順で詰んでいる。
 aとbの両方を解いたが、不思議なことに気付かないだろうか。aとbでは、持駒の価値が明らかにアンバランスなのに、詰手順が実質的に同じという不思議なことが行っている。このツイン設定こそが作者の狙い。そのからくりは金と銀の僅かな性能の違いにあるわけだが、表現の仕方が絶妙と言える。ツイン設定を用いる場合、複数の作意を並列的に扱うのが王道である。前記事で解説した藤原作が、その模範的な例だ。しかし、本作は二つの作意を直列的に見ることで、一つのストーリーが浮かび上がってくるという、変わった表現方法が取られている。作者コメントで言及されている青木作もそうだが、ツインの表現方法に別展開を示した点で、本作の価値は非常に高い。

【 短評 】
springs-まずこのツインの設定がもう面白い。
占魚亭-持駒の枚数違いのツイン。駒種の対称も絡めたのが上手いですね。
天月春霞-銀1枚=金2枚になるのが不思議。構図が洗練されてるなって感じた。
金少桂-出題図から予想もつかない、まさかの両方同じ詰上り。金金=銀とは。
たくぼん-持駒1枚の32銀から41銀成の詰上りがちょっと見え難い。それを発見して持駒2枚を考えた時に42金と捨てる手が好手で、またびっくり。銀1枚と金2枚が同等という不思議さが魅力の1作。
山路大輔-(a)は強い駒1枚、(b)は(a)よりも戦力を落とした駒2枚を考えるのが自然。それだけに答えが予想外。銀1枚と金2枚が等価という点が不思議。ここが作者の意図した狙いであろう。下手に難しいルールを使わず、詰上がりも予想しやすい。この「わかりやすさ」が狙いを伝えるのに成功している。
風みどり-こういうアイデアは憧れる。aはすぐわかったがbは時間かかった。無駄合が染みついているせいだ。
上谷直希-自作。配信では思っていたより好評で驚きました。配置もこだわっていたので言及いただけたのは嬉しかったです。

➆ ウマノコ 作

【 作意手順 】
1) 追加駒:受方29玉
    詰手順:74馬、19玉、64馬、29玉、
                  65馬、19玉、55馬、29玉、
                  56馬、19玉、46馬、29玉、
                  47馬、19玉、37馬、29玉、
                  38馬、19玉、28馬 迄19手。
2) 追加駒:受方94玉
    詰手順:14龍、93玉、23龍、94玉、
                  34龍、93玉、43龍、94玉、
                  54龍、93玉、63龍、94玉、
                  74龍、93玉、83香成、同香、
                  94歩、82玉、71龍 迄19手。

【 作者コメント 】
 どうしても馬鋸と龍鋸のツインを作りたかったのでなんとか形にしました。通常のツインでなく、最後の1ピース形式にすることで、舞台が変わるマイナスが多少緩和されたのではと思います。

【 解説 】
 出題図には「最後の1ピース・詰将棋19手」「1枚追加」と書かれている。出題図には受方玉がいないので、追加する駒は受方玉に確定する。「盤面に受方玉を追加して、19手詰の完全作にせよ」という意味になる。また、「最後の1ピース(2解)」と書かれているので、正解の配置は2つある。
 それでは解いていこう。そもそも19手詰を解いたことない人にとっては皆目見当もつかないかもしれないが、受方29玉追加が比較的見えやすい配置。

初形図 出題図に受方29玉追加

攻方17龍・48とのおかげで、初手74馬から一間龍の詰め上がりが想定される。初手74馬に2手目39玉は3手目38馬迄、2手目38歩合は同馬、19玉、28馬迄。2手目は19玉とかわすのが最善で、3手目は64馬。

途中図 3手目64馬迄

4手目28歩合は5手目同馬迄なので、4手目29玉と再度かわすことになる。これには5手目65馬。もう気付いたと思うが、馬が鋸の刃のようにジグザグに進んでいく。このような趣向は馬鋸(うまのこ)と呼ばれている。対して玉は19と29の地点を往復するしかない。馬はジグザグに動きながら着々と玉に近付いていき、18手目19玉に19手目28馬迄で一間龍の詰め上がり。

詰め上がり図 19手目28馬迄

 もう一つの解も考えていこう。難しいかもしれないが、先程の解が大きなヒントになる。馬鋸の解があるなら、もう一つの解では龍鋸(りゅうのこ)か別手順の馬鋸が期待される。本作ではもう一つの解で龍鋸が現れる。受方94玉と配置すると、初手14龍~23龍~34龍~43龍~・・・といったように龍がジグザグに動く。

初形図 出題図に受方94玉追加

対して玉は93と94の地点を往復することになる。2手目84歩合が気になると思うが、85馬、93玉、84馬、同香、同龍迄。また、4手目83歩合は94歩、同玉、85馬、93玉、84馬迄。4手目83香(飛)打合は94歩、同玉、83龍、同香、95香(飛)迄。龍はジグザグに動きながら玉に近付いていき、13手目74龍に14手目93玉と進んだ局面から収束に入る。

途中図 14手目93玉迄

15手目83香成に16手目同香とさせてから17手目94歩として、打歩詰を打開する。18手目82玉に19手目71龍迄で詰め上がり。

詰め上がり図 19手目71龍迄

 本作は複数解で馬鋸と龍鋸が現れるという驚愕の狙い。まさに夢のような作品。玉の位置を変えるツインの詰将棋にする案もあっただろう。最後の1ピースの複数解にして玉配置を問う表現にしたのは、非常に上手いやり方だと思う。複数解あるいはツインで馬鋸と龍鋸をやろうとすると、素人的な感覚では舞台装置が分離して2つの作品を単純に足したような構図になる未来しか見えない。しかし、本作ではどちらの作意においても馬・龍は両方とも必要な駒になっている。それでも舞台装置が分離している印象は拭えないが、これだけ大掛かりな狙いをこのレベルまでまとめ上げたのは見事と言える。並の人間ならこんな大掛かりな狙いの複数解あるいはツインは、思い付いてもやろうとは思わない。やったとしても、まともな形で実現できないだろう。少し気になるのは、馬鋸は最後まで馬鋸なのに対し、龍鋸では途中で龍鋸が終わって収束に入るところ。もしこの辺りを統一できるなら、より対比が際立つと思う。

【 短評 】
金少桂-作者名が大ヒント。作者のこれがやりたかったんだ!という意志が強く伝わってきます。
占魚亭-龍鋸と馬鋸。流石です。
たくぼん-玉の位置を置き換えるだけで馬鋸と龍鋸が楽しめる究極の配置。片方では不要駒がある?と言った野暮な事は言わずに素直に楽しむのが良い作品だと思います。
天月春霞-あぁ^~ウマがノコノコするんじゃぁ^~(発狂) それはともかく、馬鋸と龍鋸を個々で見た時に不要駒があるのが気になるかな(不要駒がなかったら凄すぎだけど)。
上谷直希-馬鋸と龍鋸の2解。多少苦しいところはあるかもしれないが狙いの内容を考慮するとよくまとめたと言うべきであろう。意欲を買いたい。
springs-最後の1ピースでやる必要があるかどうかは置いておいて、可能/不可能の境界を攻めていると思う。
風みどり-これは傑作!

⑧ 金少桂 作

【 作意手順 】
[ 一般表記 ]
97飛成、57歩合、28金、16玉、96龍、66歩合、
27金、15玉、95龍、75歩合、26金、14玉、
94龍、84歩合、25金、13玉、93龍、53桂合、
同龍、同香、24金、12玉、23飛成、11玉、
13龍、12歩合(*)、23桂、21玉、31金 迄29手。
(*)合駒非限定
[ 数学的表記 ]
97飛成、p7歩合、28金、16玉、96龍、q6歩合、
27金、15玉、95龍、r5歩合、26金、14玉、
94龍、s4歩合、25金、13玉、93龍、t3桂合、
同龍、同香、24金、12玉、23飛成、11玉、
13龍、12X合、23桂、21玉、31金 迄29手。
但しp,q,r,s,tは5以上8以下の整数で、p,q,r,sはそれぞれ異なる数とする。
※4!×4=96通りの変同解が成立する。

【 作者コメント 】
 詰将棋で数学の原理の一つ、鳩ノ巣原理を表現しました。9筋の龍による合駒請求で収束の駒不足を解消するのですが、歩合を入手しても打歩詰なので、いかにして歩合以外の合駒を打たせるかという問題です。本作では、4つの筋に計5回の合駒を請求します。すると、玉方はどのように受けても、どこかの筋には2回(以上)の合駒をしなければなりません。玉方は同じ筋に2回歩合をすることができないので、これにより確実に歩以外の駒が手に入り、打歩詰を回避することができます。
 タイトルの『鳩ノ巣原理』とは数学の原理で、n個のものをm個の箱の入れるとき、n>mならば、2個以上のものが入っている箱が存在するという原理です。例を挙げると、5羽の鳩が4つの巣箱に入っているなら、2羽以上の鳩が入っている巣箱が1つは存在する(但しどこに2羽以上入っているかはわからない)、ということです。本作でいえば、実際どこの筋に2回合駒が行われるのかは結局わからない(変化同手数)が、2回合駒が行われる筋がどこかに少なくとも1つは存在する、ということになります。
 実は9年前に作った作品です。当時はこういった変同を狙いとした作品を評価する土壌が全く整っておらず、どこにも出しようがありませんでした。普通の変同解作品とはだいぶ違うので今でも理解されるかはわかりません。でもこういった変同の使い方もあるということを今こそ主張したいので出品させていただきます。一人にでも狙いを理解してもらえたら嬉しいです。

【 解説 】
 この部門ではここまでフェアリーが続いていたが、最後は普通の詰将棋。一般的な詰将棋と違うのは、積極的に変同(変化同手数)を利用しているということ。変同は変化の中で最後に持駒が余らない同手数の手順を指す。最終2手が変同の場合はほとんど問題視されないが、最終4手以上の場合は作品の評価を落とす人が多い。どれが作意なのか解答者が区別しにくいからである。変同は作者が避けて作るべき、というのが現代における一般的な認識。一つの作意に対して仕方なく生じてしまう通常の変同と違い、意図して変同を入れることで複数の作意解を持っているというのが本作の立場。出題時に作意解が複数あることを明示する複数解やツインと違って、変同解の場合は必ずしも明示する必要はない。変同のない一般的な詰将棋と混ぜて出題されると、解答者にとっては自分が正解しているのか混乱する原因になるため、嫌われるのが実態である。懸賞詰将棋として発表するなら至極当然の話だが、詰将棋を芸術作品として捉えるなら、当然掘り下げられるべき表現方法と言える。
 本作の位置付けが分かったところで、早速解いていこう。

初形図

初手28金~27金~26金~・・・といったように玉を下段に追い込む手順は見える。しかし、攻方は戦力不足で手詰まりになる。そこで初手は97飛成。

途中図 1手目97飛成迄

2手目16玉には27龍、15玉、25龍迄なので、57~87の地点に合駒をすることになり、これで攻方は戦力が補充できる。2手目57~87角合は、同龍、同香成、35角、16玉、26飛成迄。2手目57~87金合は、同龍、同香成、27金迄。2手目57~87銀合は、同龍、同香成、28金、16玉、27金、15玉、26金、14玉、25金、13玉、11飛成、23玉、24銀迄。2手目57~87桂合は、同龍、同香成、28金、16玉、27金、15玉、26金、14玉、25金、13玉、24金、12玉、23飛成、11玉、13龍、12歩合、23桂、21玉、31金迄。最善は歩合だ。2手目57~87桂合の手順で分かる通り、23飛成に11玉となった局面で攻方に渡す駒が歩だったら打歩詰になる。

変化図 2手目57桂合~16手目11玉迄

問題は57~87のどこの地点に歩合をするか。歩合に対して3手目同龍と取ると詰まない。歩合は取れず、57~87のどの地点に歩を打っても正解。2手目p7歩合(pは5以上8以下の整数)とし、28金、16玉、96龍と進めて、再度合駒を伺う。

途中図 5手目96龍迄

歩以外の駒を合駒すれば詰んでしまうので、6手目q6歩合(qは5以上8以下の整数でq≠p)と2手目で打った筋とは異なる地点に歩合をする。二歩は禁手だからだ。ここまでくれば、正解手順は分かったかもしれない。5~8筋の全てに歩合をさせることになる。17手目93龍と5度目の合駒を伺えば、5~8筋全てに歩を置いてしまったために歩合ができなくなって、歩以外の合駒をするしかなくなる。

途中図 17手目93龍迄

18手目は一番延命できる桂を合駒する。18手目t3桂合(tは5以上8以下の整数)と、やはり53~83のどの地点に打っても正解。以下、同龍、同香、24金、12玉、23飛成、11玉、13龍、12歩合、23桂、21玉、31金迄で詰め上がり。

途中図 24手目11玉迄
詰め上がり図 29手目31金迄

 さて、一体いくつの変同があるのか計算してみよう。1度目の合駒が57歩合~87歩合の4通り、2度目がそれ以外の地点なので3通り、3度目が2通り、4度目が1通り。歩合だけで4×3×2×1=24の分岐が存在する。そして、5度目の桂合は4通り。26手目の合駒非限定を除けば、24×4=96の作意解が存在する。
 単なる非限定のように見えると思うが、4つの筋に5回合駒させるという仕組みこそが作者の狙い。4つの筋に5枚の歩を配置できないので、5度目の合駒は歩合以外に決まる。その合駒配置は96通りの組み合わせが存在するが、どの分岐を比較しても結局意味は同じなのが実に不思議だ。残る疑問は、何故このような不確定な解の取り方になっているか。仕方なくこうなったわけではなく、当然意図してこうなっている。本作のモチベーションは鳩ノ巣原理の表現にある。鳩ノ巣原理については、作者コメントで解説されているのでここでは割愛する。とにかく、4つの筋に合駒を5枚配置しようとすれば、配置は確定できないが、2枚以上合駒を配置する筋が少なくとも1つは存在するというのがポイント。これを表現するために、96通りもの分岐が生じている。
 この部門では複数の作意が対照的である作品を多く見てきた。本作は複数の作意がたった一つの意味付けを持っている点で、全く異なる性質の作品になっている。作品の性質上専門誌では発表しにくい、というよりほぼ不可能であろうことを考えると、本作が如何に前衛的かが分かる。作者コメントにもあるが、9年前に創られたというのだから更に驚きだ。今現在においてもどう評価したらよいのか価値観が追い付かない作品であり、極めて独創的であることは間違いない。本作の発表に立ち会えたことは、私としても非常に光栄である。

【 短評 】
springs-4筋分に5回の合駒請求。ドンピシャの命名。
たくぼん-鳩の巣原理は初耳でしたのでネットで調べて勉強しました。この作品と見事にマッチしていて思わず仰け反ってしまうほど感心しました。変同ありの作品のNo.1かもしれません。
占魚亭-数学ネタの新たな傑作?問題作?形にしたのが凄い。
天月春霞-数学に疎い脳筋にはただの非限定としか思えなかったけど、解説を聞いてるとアイデアが凄いなって思った。第1回YouTube詰将棋コンテストNo.34上地美香作に似た狂気を感じた。
風みどり-正解手順は何通り有るか答えよとか?
keima82-フェアリーの部で唯一解けました(多分)。「内訳は不明だが存在することは証明できる」という鳩ノ巣原理のイメージを上手く詰将棋に応用しています。全ての変同手順を羅列するのは大変ですが(96通りくらい?)、羅列せずとも同じ順で詰むことはわかる、というわけですね。アイデアが素晴らしいです。
モチルダ-図だけ見ると古典なのに、とても斬新で面白い。
上谷直希-ある意味最も課題に忠実な作品といえるかもしれない。個人的には最も印象に残った作。
金少桂kisy氏の配信では想像以上に皆さまに狙いを理解してもらえた上に好評いただけて感謝。

総評

keima82-こういった企画を思いついて実行される、主催者様の行動力に敬意を表します。また、(私以外の)作者様は、作品をよりよくするために試行錯誤を重ねたんだろうなあというのが伝わってきました。新人部門では5番、オンライン部門では2番が個人的にはイチ押しでした。
上谷直希-Kisyさんの配信で全作に言及しておりますが、折角なので文字でも残しておこうと思います。コメントの内容量はさすがに動画のほうが勝りますので、お時間がある方はそちらも覗いてみてください。

最後に

 ここまで記事を読んでいただき、誠にありがとうございました。投稿してくださった作者や短評をくださった皆様にも、厚くお礼申し上げます。また、YouTube配信にご協力いただいたkisyさん・久保さん・ウマノコさん・上谷さん・シナトラさんにも心より感謝いたします。皆様の多大なご協力があり、無事に作品展を終えることができました。ありがとうございました。
 当作品展に関する記事を下記のリンクにまとめていますので、見逃した記事がある方は是非ご覧ください

出題作の引用・転載

出題作を引用する場合の許可は不要ですが、全日本詰将棋連盟の指針を守っていただくようお願いします。

転載に該当する場合は、事前に作者から許可を得てください。
但し、YouTubeなどのライブ配信・動画に使用する場合に限っては、主催者(駒井めい @MeiKomai_Tsume)の許可を得ればよいこととします。