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小説 流転の徒

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かねてから挑戦してみたいと思っていた小説の執筆。初めて書いてみました。なかなか筆が進まず途切れ途切れの掲載となりますが、よろしければお読みください。
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記事一覧

小説 流転の徒(その6)

小説 流転の徒(その6)

今日も優也はユーカリ荘に足を運んだ後、駅周辺をぶらぶらしていた。ここ一週間206号室に入居しそうな者は見つからないままでいた。突然カバンの中のスマートフォンが鳴った。坂井からだった。
「今、事務所から電話があってな、ユーカリ荘の周りを蜂がブンブン飛んでるらしいわ。様子を見てきて欲しいと言うことや。朝行った時には気が付かんかったけどな。とりあえずユーカリ荘に戻るぞ、ほな」
ユーカリ荘に戻ると先

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小説 流転の徒(その5)

小説 流転の徒(その5)

優也は生活保護ケースワーカーを6年間勤めた後、部署を二つ異動し、今度は係長として生活保護担当課への異動辞令を受けた。元々、飽き性であったこと、少々独特の正義感を持ち合わせていたことにより、辞令と同時に即刻退職を決意する。
ややこしそうな来客があると、おもむろに席を立ってトイレに行く職員も、一日に何件も電話や窓口で対応する職員も給与が同じということに対する不満もその正義感から生じたものだろう。

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小説 流転の徒(その4)

小説 流転の徒(その4)

仕事を終えてワンルームマンションに帰宅した優也は、すぐにシャワーを浴び、スウェットに着替えた。
全くアルコールが飲めない彼は「晩酌ができれば、ちょっとでもハイな気分になれるんやろか」などと思いながら、帰り道にある弁当屋で買ったのり弁当を食べ始めた。
神代優也は、世間一般では大手と言われる企業に勤める父と、総合病院で医療事務をしていた母の一人息子として生まれた。母は出産を機に退職したが、優也が

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小説 流転の徒(その3)

小説 流転の徒(その3)

優也は駅付近に向かう途中、亀山の身の上話を思い出していた。
亀山は中学を卒業してから60歳手前になるまで、ずっと新聞配達員をしてきたが、IT化社会の波にのまれ、勤め先の新聞販売店が廃業したことにより職を失った。新しい就職先を探してはみたものの、職歴、年齢などの理由でなかなか採用してもらえず、借りていたアパートも退去せざるを得なくなり、ホームレス生活を送ることとなった。
電車の中で隣人に肘がぶ

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小説 流転の徒(その2)

小説 流転の徒(その2)

玄関付近にいた優也は振り返った。
「亀やんか」
「優ちゃん、1,000円ほど貸してくれる」
60代後半の亀山という入居者で皆から「亀やん」と呼ばれている。亀山はギャンブル好きで、渡された金を競馬やらボートレースやらで使ってしまうことも少なくなかった。
亀山が呼んだ時点で想像はしていたが、優也はため息をつきながら言った。
「またか。まあ、そんなことやろうと思ったわ。ええ加減にしときや、え

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小説 流転の徒(その1)

小説 流転の徒(その1)

毎朝目が覚めるといつも、背中は荷物を背負っているように重く、胸は何かに押さえつけられているかのように息苦しい、そんな感覚から神代優也の一日は始まる。
目覚ましに一杯のブラックコーヒーを飲み干し、えんじ色のネクタイを締め、グレーのスーツ姿で仕事先へと向かった。
駅に向かう道中で見かける家々の花壇には紫陽花が咲き始めているが、優也の目には微塵も映ってはいない。電車に乗って2駅の場所に仕事先がある

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