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池谷裕二,中村うさぎ(2019)『脳はみんな病んでいる』の読書感想文

脳の研究者である池谷裕二と作家の中村うさぎの対談本『脳はみんな病んでいる』を読んだ。2019年1月に新潮社から出された本である。

本書の冒頭で池谷裕二はこう述べている。

DNAを調べればすぐ認識できるはずです。
人は誰しも少なくとも数十種の疾患や障害を抱えながら生きているということを。
健康な人など世界中で一人もいないということを。
p.2 『脳はみんな病んでいる』

この文を読んでぎくりとした人もいれば、安心した人もいるのではないか。わたしは後者だ。確度の高いDNA検査をすれば、予防医学的なことがもっとできるかもしれない。

この二人の対談は2冊目なのだが、二人のやりとりは読んでいて、心地いい。「この人であれば強めに蹴っても、ボールに追いついてくれるだろう」というような信頼関係がある。(これはサッカーのパスのたとえ)

中村うさぎさんのお母さんは認知症で、お父さん(夫)のことを忘れてしまうので困っていると彼女は話す。すると池谷先生は別の視点を提示する。

池谷「(中略)認知症の方が配偶者を忘れてしまうことは、実のところ、それほど不思議なことではありません。一方、認知症がだいぶ進んでも、服の着方やトイレへの行き方といったプリミティブな記憶は忘れません。歩き方だってなかなか忘れません。つまり、記憶には階層性があります」
中村「ボケて家族の顔がわからなくても、歩き方まで忘れちゃった人がいるなんて聞いたことがないな」
池谷「家族の認知は、歩いたり呼吸したり排泄することに比べれば、人間にとって優先順位が低いのです
p.44 『脳はみんな病んでいる』

生きる上で、家族が大事だというのはファンタジーに過ぎず、本当に必要なことは人間は忘れないのだ、という指摘には、なるほどと思った。

そして、認知症の人も、嫌な記憶(悪い感情)は忘れないのだという(p.46)。何をされたかは覚えていなくても悪印象が消えることはない。認知症だからといって罵声を浴びせても大丈夫だということは全然ないらしい。敵愾心を持たれることになる。

第2章の中国の遺伝子研究は倫理を飛び越えてどんどんやってしまっている、という話は恐ろしかった。すべてがコントールできるようになった先に何があるのだろう。デザインされた人々に比べれば、自然と生まれてきた人々はどうしようもなく劣った存在になってしまうと中村うさぎは危惧をしている。

第3章の「医療経済」の希少疾患治療薬の開発と薬価の話などは勉強になった。池谷先生が「時間の感覚なんて脳の幻覚みたないもの(p.138)」と仰っているのだが、言われてみればその通りだ。

それと、人間は退屈に耐えられない、という実験の話は非常に興味深かった。被験者は何も刺激がない部屋に通され、15分間過ごす。実験後、被験者は二度とやりたくない、と言ったという。退屈は拷問に近いらしい。その後、その退屈な部屋に電気ショックが走る刺激装置を置くと、なんと平均2.5回押されたのだという。みんな退屈より、痛みを選んでしまうのだという。ネズミで実験したら、ネズミも押してしまうそうな。

中村「つまり、人間は何もしないくらいだったら、苦痛を味わったほうがマシだということですか」
池谷「そういうことですよね。退屈は人間にとって、電気ショック以上の苦痛なのです
p.114 『脳はみんな病んでいる』

そして、中村うさぎの正直なところをまた見ることができて、うれしかった。ライトノベル作家だった頃のエピソードをこんな風に話している。

中村「原稿を書く仕事は苦しいし、しめきりに追われるプレッシャーもあります。ストーリーが浮かばなかったら、何日も悶々とするわけです。創作にまつわる刺激はいろいろあるのですが、『だから何?』と退屈しているところがありました
p.117 『脳はみんな病んでいる』

彼女はもったいぶらず、はっきりと創作の苦しみもルーティンになってしまい、外の刺激を求めてしまったと述べている。

そして、認知症の患者の嘘や勘違いに話を合わせてしまっても何の問題もないらしい。それよりも、全否定をして悪印象を持たれるほうがのちのち尾を引いてしまうのだという(p.130)。

第5章では、池谷先生は「何のために脳があるのかわからない」と率直に述べ、「我が子への愛情と恋人への愛情はそっくりなのです」という研究を紹介している。また、数学はセンスが10割などの話も面白かった。

第6章では池谷先生も中村うさぎさんも、自閉症スペクトラムという診断を受けるのだが、これはちょっといただけない、という感じがした。というか、今の細分化された医療の世界では調べれば、みんな何らかの障害を持っていることになるのでは? と思ってしまった。まあ、それも池谷先生が冒頭で述べていることではあるのだが。

HSPや発達障害は、匙加減一つで決まってしまう、という印象がある。もちろん、本人が診断によって楽になり、適切な治療を受けられれば、それに越したことはない。

巻末には、池谷先生が話した内容の出典(先行研究の論文)がきちんと一覧になっており、研究者として真摯な人だなと改めて思った。

退屈に負けないように、日々を充実させねばと思った。

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