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『私たちはどう生きるか コロナ後の世界を語る2』の読書感想文

私たちはどう生きるか コロナ後の世界を語る2』を読んだ。朝日新聞社から出版されている朝日新書の一冊である。

語り手が豪華だったので、思わず手に取ってしまった。

阿川佐和子、東浩紀、岩田健太郎、宇佐見りん、オードリー・タン、カーメン・ラインハート、金原ひとみ、桐野夏生、金田一秀穂、クラウス・シュワブ、 グレン・ワイル、瀬戸内 寂聴、多和田葉子、筒井康隆、出口康夫、西浦博、パオロ・ジョルダーノ、マルクス・ガブリエル、柳田 邦男、ロバート・キャンベル
朝日新聞出版より引用

ドイツの哲学者のマルクス・ガブリエルは、コロナ禍の状況を「全体主義である」と喝破する。一方、政府側にいる台湾のオードリー・タンは「治安維持と防疫は別物だ」と主張する。わたしは、マルクス・ガブリエルの観点を留意しておくべきだと考える。全体主義というのは、非常事態に乗じて、日常生活に組み込まれていくものだとユヴァル・ノア・ハラリが言っていたし、戦時下(緊急時)の日本を思い出す必要がある。

そして、桐野夏生が語っていることには驚かされた。単純化された世界を望む若者たちは、作家がなぜ犯罪を犯した人を描くのかが理解できない。犯罪者は悪い人間なのだから、話題として取り上げるのはよくないと思う、といった幼稚な思考を平然と晒してしまう。

「罪を犯した女性を、なぜ主人公にしたのか?」
「なぜ、彼らは罪を犯したんですか? 何で法律を犯した人を書くのかわからない」
p.42-44 『私たちはどう生きるか コロナ後の世界を語る2』

桐野夏生は、彼らの不寛容さを指摘する。

そういえば映画の『万引き家族』が公開された際、万引きをする家族を主人公にするなんておかしい、日本の恥さらし、などという意見もあったらしい。

わたしは小学生の頃、HIVに苦しんだ少年の本を読んで読書感想文を書いたとクラスメイトに言ったら、「テーマが良くないね」と言われたことがある。社会的に負とされているものを取り扱ってはいけない、というのは、この10歳前後の思考に近い。

小説や映画は、善良な中産階級の市民を描くためにあるのではない。どんな人間を描いてもいい。そこにルールはない。犯罪を犯してしまった人も、あなたの隣人だ。もちろん、一線を越えない人がほとんどではあるが、「犯罪は自分には関係ない」と断言するのは、あまりに傲慢すぎやしないか。

全体的には「コロナ禍でこんなことがありました」「こんなことを考えました」という本なので、雑誌の記事のような感覚で読める。病院の待合室や電車移動の際のお供に適した本ではないかと思う。

(最初に出版された「1」のほうの面子も豪華です。)

印象に残った2人について追記しておく。

宇佐美りんさんは、結構勇気を出して書いたのではないかと思われる。

また、瀬戸内寂聴先生は、コロナ禍の孤独も永遠には続かないから安心しろ、と仰っていた。

(寂聴先生、パンデミックとは関係ない孤独はどうすればいいのでしょうか、と思ってしまった笑)

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