見出し画像

私が見た南国の星 第2集「苦しみを乗り越えて」⑥

いつも困難に立ち向かっている野村さんですが、今回のお話は、楽しく愉快なお話しです。たまには、こういうお話もないとね。社員の皆さんとの楽しい思い出です。

トラ退治


 ある日の夜、馮さんと一緒に露天風呂へ入り、月に照らされた椰子の木を眺めながら面白いゲームを考えた。その事を馮さんに話したら彼女も大賛成だった。そのゲームとは、ホテルの敷地内にある大きな椰子の木に登り、時間内に椰子の実を一番多く取ってきた社員に、金賞として人民元(100元)を私個人からプレゼントをするというものだ。取った椰子の実は、社員たちと一緒に椰子ジュースを飲んで、会話を楽しんだりカラオケをしたりしてストレスを解消ようという考えだ。
 暫く、パーティーを開催していなかったので、良い機会だと思った。こんな山奥だから若い社員の楽しみは少ない。正直なところ、日本人の私だって同じだ。ここは観光には最適な場所だが、生活をするには不便すぎて困る。だから、私自身もストレスが溜まると、町へ出掛けたりして解消しているのだ。友達と言うほどの身近な中国人もいない私は、龍氏の紹介で知り合った日本人の方に誘われ、海口市にある海南日本人会のメンバーになったが、会合には参加する事が出来ず皆さんとは会う事も出来なかった。馮さんが来てくれたお陰で、何とか毎日が楽しくなって、心が救われているが、本音を言えば、日本人の友人と日本語で思い切りおしゃべりしたいというのが一番の願いだった。
 そんな事を思いながら温泉浴を楽しんでいたが、2時間もの間お湯に浸かったり、岩の上に座って月を眺めたりしていたら、馮さんが疲れてしまっている事をすっかり忘れていた。
「馮さん、ごめんね。疲れたでしょう、もう部屋に戻りましょう」
と声を掛けた。彼女は優しい人だから我慢をしていたと思い、申し訳ない気持ちになった。それでも嫌な顔もせずに私に付き合ってくれるので、ついつい甘えてしまう。私には妹がいないので、まるで妹のように思えるのだが、考えてみれば彼女の方が我慢強くてしっかりしているので、姉のような存在なのかもしれない。部屋に戻った時は11時半過ぎだったので、少しテレビを見てから休む事にした。
 ちょうどテレビのスイッチを入れた時だった。部屋のドアをノックする音が聞こえたので、ドアを開けてみると料理長の弟が立っていたので、
「どうしたの?まだ寝ないですか」
と尋ねると、
「今日は町へ行ったので果物を買って帰りました。食べてください」
とリンゴと梨を差し出した。ちょうど私は温泉に長く入っていたので喉が渇いていたので、彼のプレゼントは最高に嬉しかったので
「ありがとう!良かったら中に入って一緒に食べましょう」と言う私の言葉を待っていたかのようだった。
「では失礼します。あれぇ、馮さんは何処?」と
呟きながら、リンゴと梨の皮をむいてくれた。結局、私に会いに来たのではなくて馮さんと話がしたかったのだ。
「馮さんは、たぶん起きているはずだから電話を掛けてみましょうか」
と話しかけた時、彼の顔を覗いて見たら嬉しそうに顔を赤く染めていた。楽しくなった私は、電話口で
「馮さん、まだ起きていますか?もし良かったら私の部屋へ来てくれないですか、虎が来ているの」
って、言いながら笑えてきたのを我慢していた。
「えぇ、虎?」
彼女はびっくりして直ぐ来てくれた。ドアを開けた瞬間、
「虎は何処?」
と言って私の部屋の中を見回した。もちろん虎などいるはずはない。一緒にいた彼に気づき
「あぁ、虎ってこの虎ですか!」
と大笑いをした。彼は日本語で「虎」をトラと読むのを知らないので不思議そうな顔をしていた。
「龍仕虎!ここで何しているの」
と海南語で声を掛けた彼女に彼も言い返した。
「貴女こそ、ここへ何の用事ですか」
彼女は笑いながら
「私はトラ退治に来たのよ」
と。彼は
「虎って僕ですか?」
と、面白い顔で言うため、私は涙が出るほど笑いが止まらなかった。こんなに笑ったのは何年ぶりだろう。ほんとうにストレス解消になった。三人で果物を食べながら一時間以上も笑い話に花が咲いた。この二人は出身地が同じなので気が合うようだ。この日を機に、仕事が終ってからの私たち三人は、この部屋で集まり憩いの時間を楽しむようになった。
 

椰子の実取りゲーム


日曜日の朝がやってきた。青空が広がり雲ひとつない快晴だ。椰子の実を取るゲームには最適の天気だ。さっそく社員たちに通知した。毎週日曜日は宿泊客も少ないため、社員たちは仕事をしながら喜んでゲームの時間が来るのを楽しみにしていた。
午後2時半、ゲーム開始!
各部所の代表者たちによる椰子の実採り合戦が始まった。選手たちが一斉に椰子の木に登り始めた。さすが島の子、木登り上手だ。私は目を丸くして、椰子の木の上に登って行く社員たちを見上げていた。
結果、一番たくさん椰子の実を取った社員は、保安係りの「陳海龍」だった。彼は、背は高くてちょっと貧弱な身体に見えるが、意外と体力のある青年だった。なんと彼は10分間に6個もの椰子の実を取った。他の社員たちはせいぜい一人2、3個、それでもよく頑張ったと思う。一位の陳海龍はすごいと思った。
夜9時過ぎからレストランのホールで、パーティーをすることにした。社員たちは楽しそうに準備をしていた。やはり、田舎で生きてきた若者たちだから、こんな小さな事でも楽しい刺激になればいいと思った。
海南島では大陸の大都市へ夢を求めて行く若者が多いが、長続きが出来ず戻ってくる人ばかりだ。最初は給料の事だけを考えているから喜んで出掛けて行くが、海南島で育った人間は大陸の冬の寒さと、汚れた空気が耐えられない。また学歴がない海南人は、大陸の大都市で高収入を得る事は難しい。それでも若者たちは、一度は行ってみたいらしい。日本でも同じだと思うが、若者たちの憧れの地は刺激ある大都会なのだ。この田舎の温泉地では満足のいく仕事に就ける若者は少ない。せっかくホテルの仕事を覚えたところで、すぐに給料の高い都会へと出て行ってしまうので、社員の入れ替わりは激しい、それは何処のホテルでも同じ状況だった。田舎で働いていては何の楽しみもなく、仕事をしていても夢と希望が持てなければ頑張れないのは当然のことだろう。
私は今回のゲームとパーティーを通して、彼らの真摯なまなざしと体中から湧き上がるパワーに感動をした。そしてキラキラと輝く瞳に心打たれた。あの輝きを永遠の光りに出来るのならば、彼らも素晴らしい人格者になるのではないかと思った。人は生まれた境遇を変えることは出来ないが、育った環境が人を変えることはできるのではないか、彼らの今後の人生に良い環境を与えたいと心の中で呟いた私だった。
夜のパーティーは上司と社員との垣根を取りはらった、家族の憩いの時間のように感じた。
「ママ、椰子のジュースをどうぞ」
と、社員たちが次々に私の所へ持って来てくれた。あの日の嬉しかった気分は本当に忘れることができない。
「謝謝!」
この言葉を何回も言い続けたあの日が今は本当になつかしい。私の命ある限り、この思い出が消える事は決してないだろう。    
22年が過ぎた海南島の生活で、いつも心の中で呟くのは「あの日に帰りたい!」この一言だけだ。それほどまでに私の心を動かした、あの素晴らしき日々はもう二度と来ることはないが、椰子の木を見るたびに私の心に鮮やかによみがえってくる。
この二年目の生活は楽しい事ばかりではなかったが、私の心にゆとりができた年だった。パーティー終了後も余韻が残り、なかなか眠りにつく事が出来ず部屋の窓を開けて夜空を見上げると、キラキラと輝く星たちが、まるで社員の瞳の輝きと同じように見えてきた。「この星のように、いつまでも輝き続けてほしい」と祈りながら見つめていた。
 
 

椰子の並木

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?