第五十三話:兄弟姉妹
次の日、主上に呼び出され、清涼殿へ行くと、わたしたちはすべてを話した。
先に、太皇太后から聞かされていたようで、主上はただただ真剣な表情で聞いていた。
「養母上の言う通りなのだな。戦うしか……、そうするしかないのだな」
「おそらくは。本物の玉印も文章も、そして菊宸殿下も、禍ツ鬼の王のもとにあります。もはや取り出す術はありません。こうなれば、烏羽玉を討つしか……」
「そうか……」
実の父親が判明したのに、もう二度と会えない場所にいる。
主上にとっては受け入れがたい事実だろう。
竜胆はわたしに目配せし、頷くと、話し始めた。
「幸い、烏羽玉に加勢する禍ツ鬼の皇子たちはいないようです。何せ、彼は半分人間ですから。他の皇子や公主からすれば、半端物のくせに王からの寵愛が厚かったせいで疎ましかったことでしょう。実際、私も疎まれていますし」
「竜胆が疎まれている、とは……?」
烏羽玉と戦うにあたり、竜胆の正体も明かすことにした。
これは、竜胆がそうしたいと言ったのだ。
「……そうか。まさか、竜胆が私の兄弟……、姉妹か? まぁ、どちらでも、家族に変わりはないということか」
「私がいれば、必ず烏羽玉を倒せます」
竜胆は自分に聖女の血が流れており、いざという時は禍ツ鬼を殲滅する力があることを話した。
「いや、自死だけは許さん。竜胆の身体がどんな爆弾を抱えているとしても、それは使うべきではない。生きて戻ってきてほしい。そして、家族として、私を支えてくれ。翼禮と共に、この先も。そうすれば、私の治世は安泰だ」
「……身に余る光栄にございます」
竜胆は目に涙を浮かべながら、微笑んだ。
「翼禮、勝算はあるのか?」
「腕の立つ者に何人か覚えがあります。ただ……」
「わかる。家族は巻き込みたくないのだな。でも、それはもう手遅れだと思うぞ」
「え、それは……」
すると、廊下から二人分の足音が聞こえてきた。
「翼禮……」
「兄さん、姉さん!」
そこには、今にも泣きだしそうな姉と、困ったように笑う兄が立っていた。
「ど、どうして……」
動揺が止まらない。なぜここに、巻き込みたくないと願っていた兄弟姉妹がいるのだ。
「翼禮の様子が変だったから、失礼を承知で美綾子様に頼んで陛下に合わせてもらったの。それで、さっき全部聞いたのよ」
「一番自由に育ったかと思えば、どうしてこうも巻き込まれ体質なんだお前は」
兄と姉の言葉が、頭の中をぐるぐると巡る。
「だめ、絶対に、絶対に関わらせないから!」
「お前が頑固なのはこっちも十分承知だ。だから、提案させてくれ」
兄は姉と視線を合わせると、頷き合った。
「私と兄さん、それに、父さんと母さんで、弟とこの京を守る」
「で、でも!」
「日奈子様が烏天狗たちと一緒に守りを固めてくれるし、そもそも、妹に守られるほど落ちぶれてないんでね」
「翼禮はあの呪術師の子と竜胆、それに火恋ちゃんも来るんでしょうから、協力して戦うのよ」
「女王陛下にも援軍を頼んでおいた。仲間の仙子族も来るぞ」
「翼禮が望むように、私たちだって、妹を失いたくないのよ」
まだ朝なのに。なんだったら起きたばかりなのに。涙が止まらない。
顔を洗ったことが無駄になるんじゃないかってくらい、涙が流れてくる。
やめてよ、抱きしめたりしないでよ。
泣かないでよ。兄さんも姉さんも、お願いだから、笑っていて。
わたしは負けたりしないから。
必ず、家族のもとに、帰るから。
「と、いうことだ、翼禮。おとなしく家族の力を借りるんだな」
「陛下がしゃべらなければ、こんなことにはならなかったんですよ」
「お前の姉上怖いんだもん」
「何かおっしゃいましたか、陛下」
「いや、何も」
久しぶりに見た。主上が心から幸せそうに笑う姿を。
竜胆はニヤニヤしながらこちらを見ている。
「兄さん、姉さん……。戦日が決まり次第、すぐに言うから」
「わかった」
「充分、準備するのよ」
「うん」
二人はわたしからそっと離れ、主上に平伏してから部屋を後にした。
「陛下、恨みますからね」
「うんうん。何年でも、何十年でも、受けて立つ」
「はぁ……」
人生がうまくいったためしなんてないけど、結構幸せに生きてきた。
わたしにとっては常に家族がすべてで、他は二の次。
自分のことはもっと後ろの方でもよかった。
それが、たった数ヶ月でこんなことになって、いきなり人生が大幅に進みだした。
「作戦立てて来ましょうか、竜胆」
「そうね。何事も早い方がいいわ。もうすぐお盆で大変だし」
「そうですね。祖霊の皆様まで巻き込むわけにはいきませんから」
「なんだなんだ、百鬼夜行でもあるのか?」
「陛下は大人しくしていてください。くれぐれも、陰陽術師たちの言うことを聞き、安全に日々を過ごしてくださいね」
「わかっているさ。もちろん」
わたしと竜胆は主上に軽く挨拶をし、自分たちの仕事部屋へと戻った。
夏の陽射しが庇に差し込み、手で触ると火傷しそうなほど欄干を温めている。
少し遠くでは陽炎がゆらめき、まだまだ暑くなるのだと示唆しているようだ。
「今日のお昼はおそばにしましょうよ」
「いいですよ」
他愛のない話が出来るのも、平和だからこそ。
この日常を守るのだと、わたしは心に強く誓った。
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