第二十八集:大胆不敵

「誰に奪われたって?」
 英王、簫 祁潤しょう きじゅんは予想通りとなった襲撃と予想とは違う敵の姿に、息子、簫 青爽しょう せいそうに聞き返した。
「父上、あれは人間ではありません。赤く燃えるような色をした九尾の狐でした!」
 青爽せいそうは思い出すとまだ恐ろしいのか、手が震えている。
「いったい、誰がそんな面妖なものを雇えるというのだ……。それに、理由はなんだ? 我らの企みを知る者がどこにいるというのだ」
「それはわかりませんが……」
「まぁ、奪われたところで、あの兵器が意味するところが解る者はこの瓏安ろうあんにはおるまい……。いや、九尾の狐ならもしや……」
「しゅ、蒐集屋敷の連中は」
「あやつらには掟がある。それを守っているからこそ、長年国に黙認されてきたのだ。暁星逸品の中には、この先どんな法が出来ようと裁くことのできない呪物もあるからな」
「で、でも、もし、我らの知らない特異点のような存在が現れて……、兵器の中身について知識のある者に見せたら……。あああ! 我らの計画が露見しますぞ、父上!」
「もうよい。そんな特殊な存在ならとっくに私の情報網にひっかかっておる。それに、我らにも特異点はいるではないか。立派なのがな……。それよりも、狐面の行方は追ったのか」
「いえ。空へ飛びあがったと思ったら、次の瞬間には消えておりました」
「ふむ……。今一度、手の者たちの動向に気をつけよ。裏切り者はすぐに殺せ」
「はい、父上」
「計画が漏れているのだとすれば、我らの命運に陰りがあるということ……。突き止めるのだ。何が起こっているのか。誰が起こしているのか、を」
 英王はあごひげを撫でながら空を見上げた。
 月のない暗い夜。十七年間、着実に積み重ねてきた計画が、暗礁に乗り上げるかもしれない不安因子が出てきた。
 それだけは取り除かなくてはならない。
 ただ、相手が何なのかも、何人いるのかも、何故邪魔してくるのかもわからない。
 まずは調べなければ。
 間者なら、たくさんいる。
 優秀で悪辣な特異点も。
 英王は口元をゆがめ、邪悪な微笑みを浮かべた。
「来るなら来い。受けて立ってやろう」
 
 
★☆★☆★☆☆★☆★☆☆★☆★☆
 
 
「ううん、敵ながらファンタスティック!」
 屋敷中に響いたスペンサーの大声に驚き、わたしは図書室から急いで作業室へと走っていった。
「ど、どうしたんですか! 大丈夫ですか!」
「おお、すみません、翠琅すいろうさん。いやぁ、この新兵器とやら……、なんて性格の悪い精巧な武器なのでしょうか」
 スペンサーは設計図通りに分解した兵器を見ながら楽しそうに唸っている。
「これはもう、本当に最低の兵器です。作りは最高ですけど」
「あの、わたしは科学には疎いのでよくわからないのですが……」
「本来、反魂珠はんごんじゅというのは、数珠などのように術者の手か足の近くに装着し、術式をもって展開するものなのです。この兵器は、その術式を呪墨じゅぼくでプログラムし、量子化した呪力で……」
 まるで呪文のようだ。スペンサーが何を言っているのかまったくわからない。
「あの、すみません。せっかく説明していただいているのに、やっぱりわからないです」
「ほほほ! まぁ、専門知識が必要なものですから。仕方ありません。ただ、これを作ることが出来る人はそう多くないでしょうね」
「設計図があってもですか?」
「ええ。そもそも、呪墨を扱える人が少ないでしょうね……」
「ということは……、呪術師とか魔術師ですかね」
「そうですね。英王殿下に加担して鬼霊獣グゥェイリンショウをこの現世に出現させた人物と同じ人物でしょう」
「そういうことですか」
 十七年も英王に仕える術師。何がそんなに忠誠を誓わせるのか。
(見落としていることがあるのか……?)
 わたしは図書館へ走って戻り、ここ三十年以内に起こった戦争の記録を調べた。
 梅寧軍が討伐した、敵の記録。
 国境線戦はまさに国家存亡をかけた戦の最前線。
 その勢いも内容も、必然的に厳しく、恐ろしいものになる。
 もしも、梅寧軍に滅ぼされた民族の残党が、言葉巧みに操られ、英王に加担しているとすれば……。
「……これか?」
 今から二十年前、皇帝の号令により出撃した梅寧軍によって滅ぼされた民族、〈ズナアク族〉。
 占星術を得意とし、呪術で用いて外敵から身を守ってきた民族で、青狼せいろう国の自治区にて遊牧しながら暮らしていた。
 しかし、青狼せいろう国と花丹かたん国の戦争に巻き込まれ、二十年前、梅寧軍によって討伐された。
(生き残りはいないと書いてあるけれど、もし、秘密裏に英王が保護していたとしたら……)
 皇兄英王は、皇帝にも弥王にも恨みを抱いている。その両方をつぶせる兵器があるのなら、たとえそれが危険な存在であろうとも、きっと使うだろう。
 どんな災厄を招く結果になったとしても。
 わたしはまたスペンサーがいる作業室へ行くと、スペンサーが接客していた。
 螢惑けいこくに変化し、近寄っていった。
 いつもはそんなことはしないのに、何故かそうしなければならない気がしたのだ。
「おお、来ましたか、螢惑けいこく。こちらのお客様が、昨夜あなたが盗んだものを返してほしいと言っているのです」
 ズナアク族は太陽と月の動きに合わせて生きる遊牧の民。褐色の肌に珍しい銀色の目を持つその姿から、別名、銀鉤ぎんこうの民と呼ばれている。
 今まさに、目の前に立っている人物がそうだ。
 三十代くらいだろうか。精悍な顔つきに、がっしりとした体つき。
 深衣に似た袖から見える腕には、隙間なく文様が彫り込まれている。
「……失礼ですが、人間ではありませんね」
 雷鳴のように低く轟く声。
 わたしは机の上にある組み立て終わった兵器を手に持つと、目の前で握りつぶして見せた。
「おやおや……、わたくしの用心棒が壊してしまったようです。申し訳ありません。弁償いたします」
「その必要はありません。ただ、どんな奴が盗んだのか見に来ただけですので」
 そう言うと、男は一礼し、去って行った。
「わたくしの記憶が正しければ、ズナアク族は滅んだのでは?」
「わたしもそう思っていましたが、どうやら、少なくとも一人、生き残りがいたようですね」
 男は屋敷を出る瞬間、大きな帽巾フードをかぶって出ていった。
 つまり、わたしたちにわざわざ自分の正体を明かしたということになる。
「厄介なことになりましたね」
「もし、螢惑けいこくきょう 翠琅すいろうだとバレれば、わたしの両親の命も危ない。兄も姉も、弟も……」
「これまで以上に警戒しましょう。我々も慎重にやっていくしかなさそうですね」
「反魂珠の気配を追ってきたんですね。自分で作った物なら、簡単にわかるはずですから」
 スペンサーは私が握りつぶした兵器の欠片を拾いながら、笑いだした。
「受けて立とうではありませんか。面白くなってきましたね。まったく、これだから人間との付き合いは辞められないのです」
 わたしもしゃがんで欠片を拾い集めながら、男が去って行った方をじっと睨みつけた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?