第十七話:暗殺に至る証拠
芽香寺がある永咲京は少し前まで公卿に位置する葦原貴族が統治していたのだが、現皇帝はそれを追い出し、自身が信頼している部下に新しく欧州諸国から取り入れた伯爵の爵位を与え、領主として赴任させた。
永咲京では新領主着任と同時に税額が見直され、取られ過ぎていた分の税金が再分配されたことにより、経済が活性化しつつある。
観光客も多く、現在は旅館と西欧風ホテルの建設ラッシュでにぎわっている。
「新しく賭博場と花街も作られるんでしょ?」
「寺社仏閣の京なのにね」
地味な町娘に扮したわたしと火恋は、葬儀場へ向かうため、大通りを歩いている。
古い町屋が壊され、景観を壊さない程度に瀟洒にデザインされた新しい町屋建築が建ち始めている。
「だからじゃない? こう、煩悩と悟りの間で揺れ動く人間性の坩堝って感じ」
「蠱毒みたい」
「翼禮にとってはあんまり得意な環境ではないよねぇ」
「うん。お寺とか神社を巡るだけでもとっても楽しい観光になるのに。カジノの利益で路上生活者のための保護施設や孤児院を建てるっていうのは聞いてるけど、他の方法で利益って出せないのかな」
「手っ取り早く働く場所を増やすっていう目的もあるんだと思うよぉ。カジノにはたいてい高級なホテルも併設されてるし。カジノで稼いだお金を使うためのブティックや飲食店とかだって入るでしょう?」
「ああ、そうか……。たしかに」
三か月もすれば、慣れ親しんだ街もすっかり様変わりしてしまう。
少しの寂しさと新しいものへの小さな恐怖がノスタルジーに変わる。
仕方のないことなのかもしれない。
「私にとっては仕事が増えそうでなんとも言えないかなぁ。閻魔様も頭を抱えてたよ。『人間は戦争が減ると別のもので争いを始め、闘争を求める。裁判が増えそう……。残業するしかないのかな……』って」
「地獄も大変だね」
「現世もね。まだ雇い主には言ってないんでしょ? 周波数渡航者だってこと」
わたしは久しぶりに聞いた自分の一族の役職名に、つい驚いて咳き込んでしまった。
「けほっ、けほっ。い、言ってない。というか、多分前の皇帝陛下も知らないんじゃないかな」
「え? でも、仙子族の杏守家が周波数渡航者なんて有名な話じゃないの?」
「幽界ではね。人間界では仙子族が妖精だってことも知られてないし、興味も持たれてないよ。そんな中で『実は多元宇宙間を移動できるんです』なんて言っても通じないよ」
仙子族、妖怪、獣化種族、鬼人族、魔法族、魔女族、精霊種などが生きている世界を〈幽界〉、または〈赫界〉と言うことも、きっと人間は知らない。
というか、この世は人間界だけで出来ていると思っているだろう。
「あらら、そうなの? じゃぁ、妖精王族のこともあんまり知られてないってこと?」
「うん。それぞれの周波数帯を統べる聖域の妖精王や妖精女王のことは人間界には伝わっていないと思う」
宇宙には周波数帯が違うだけで同じように様々な種族が暮らしている〈世界〉がいくつも存在している。
それを〈赫界〉では〈多元宇宙〉と言う。〈赫界〉の〈赫〉には周波数という意味があるのだ。
「じゃぁ、地獄は特殊ってことなのね。人間界でも有名だもの」
「妖怪も有名だよ」
「そう? 人間界で有名な妖怪なんて狐狸とか可愛い方の化け猫位だと思ってた」
「妖怪は人気あるある」
「ふぅん。人間の恋人でも探してみようかなぁ」
こんな会話が出来る友人は他にいない。火恋はとても貴重な存在だ。
ただでさえ友達が少ないわたしにとっては。
「あ、見えてきた。あそこが問題になってる葬儀場だ」
火葬場が併設されているらしく、長い煙突から煙が空へと伸びている。
人間は生活が変わってもいきなり健康になれるわけではない。
あと一年は路上で突然死の遺体を見かけるだろう。
「陽も落ちたね。人通りは多いけど、裏に回れば侵入は簡単そう」
「行こう。今回は罪を犯す理由も聞いておいてほしいって閻魔様に言われてるから、いきなり殺しちゃだめだよ」
「わかってるよぉ。来る前に私も言われたもん。……今の今まで忘れてたけど」
「だと思った」
わたしと火恋は橡色の水干に着替えると、頑丈な鉄筋コンクリートの建物内へと窓から侵入した。
「まずは処置室。遺体を軽くするならそこしかないもんね」
事前に手に入れていた地図を確認し、薄暗い廊下を進む。
気配はない。職員の多くは火葬場か事務室にいるのだろう。
「……お、現行犯」
処置室のドアには硝子のはめ込み窓がついており、そこから中の様子が見られた。
エンバーミング用の機器や液体、化粧道具、銀色の台、遺体を洗う長いノズルのシャワーなど、まるで検死室のような空間が広がっている。
その中で、例の僧侶と三人の技師が遺体を前に手を動かしている。
「あれは……肝臓? 抜き取ってるよね?」
「とってる。見た」
わたしと火恋は勢いよくドアを開け、中へと入っていった。
「何してるんですか?」
僧侶たちは慌てた様子で銀色の台から跳び退いた。
「おおおおおお、お前たち、何者だ!」
「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「帰り給え!」
背中が丸まっている。威嚇しているつもりなのだろうか。
瞳孔が縦長に開き、指からは爪がメリメリと伸びてしまっている。
「正体が見えちゃってますよ」
「はっ! な! 何なんだよ……」
「ご遺族から預かっている大切な遺体から勝手に臓器を抜き取るのは犯罪なのでは?」
動揺し、耳の位置がだんだんと頭上に上がってきてしまっている僧侶たち。
「化け猫ってバレてますよ」
「な、なあんだと!」
わたしと目を合わせた火恋は、自らの姿を本来の大妖怪火車へと変化させていった。
「か、火車……」
「あんたたち、化け猫の風上にも置けないことをするんじゃないよ!」
「そ、そんな……」
「で、でも!」
化け猫たちは小さく唸りながら、必死で理由を説明し始めた。
「近年になって人間たちは風葬をやめ、火葬を始めやがった。そのせいでこっちは食事が難しくなっているんだ!」
「昔はよかったんだぜ。鳥辺野や蓮台野、化野に行けばいくらでも人間の死体が転がっていたんだ。食べ放題さ。それに、死体が無くなっても誰も気にしやしない」
「だから葬儀社で奉仕しながら、どうせ焼いて灰になっちまう可食部をちょこっと拝借してるだけだ。人間たちは『穢れ』がどうのこうのって、処置した後の遺体は直視しないからな。焼くまでバレねぇんだ」
「そ、それによぉ、人間を襲うよりいいだろう? これは秘密なんだが……、骨なんかは買ってくれるんだぜ。人間がな」
わいのわいのと喚く彼らの言葉の中の一つに、わたしは嫌な予感を覚えた。
「人間が……買う? それ、本当ですか?」
「ほ、本当だよ! 月に数回、欲しい骨と受け渡し場所のメモ、それと代金が入った封筒がポストに入ってんだ」
「俺たちはそのメモに従って手に入れた骨を袋に詰めて指定された場所に置く。だから購入者のことは何も知らねぇが、においはわかる。封筒からにおってくるのは人間のにおいだけだ」
「そう、ですか……」
だれが何のために骨を買うのか。
嫌な予感は鐘の音のように大きく脳内に鳴り響く。
「あんたたちには、死んでもらわなきゃならない」
「な! そんな!」
「幽界に風評被害が及ばないようにするためには仕方がないんだよ」
「そんな! ひどすぎやしないか!」
「これは葦原国だけの問題ではないんです」
わたしは杖で地球儀を出し、説明を始めた。
「葦原国では『人間以外の種族も存在し、住んでいる』というのがなんとなく黙認されていますが、諸外国ではそもそも人間以外の知的生命体の存在は認識すらされていないんです。同じ命として生きることすら出来ずにいます」
地球儀の上で、困った顔をしながらうずくまる人間以外の種族を映す。
「彼らは人間社会で隠れて暮らしています。毎日人間に素性がバレるのを怯えながら。かつて魔女族は人間の少年の怪我を魔法で治しただけで酷い扱いを受けました。いわゆる『魔女狩り』です。今度そのようなことがおきれば、間違いなく異種族間戦争に発展するでしょう。我々はそれを防ぐために妖精王族や地獄の統治者から依頼を受け、任務を遂行しています」
化け猫たちは小さくうずくまりながら、震え出した。
「そ、そんな……」
「問答無用。地獄に連行するからね」
火恋は鉄で出来た手錠と鎖を取り出し、四人を繋いだ。
「じゃぁ、よろしくね」
「まかせて。私、連行は得意だから」
そう言うと、火恋は鋭い爪で空間に穴をあけ、そこから地獄へと下っていった。
引きずられ、むせび泣く化け猫たちと共に。
「閻魔様からの依頼は物理的に殺さなくていいから楽だな……」
閻魔大王からの暗殺依頼は『人間に悟られることなく地獄へ連行、または殺害して黄泉平坂へ送る』こと。
もしあの化け猫たちが暴れて攻撃してきたら、戦い、殺すしかなかった。
大人しく捕縛されてくれてよかった。
もしこれが妖精王族からの依頼だったなら、間違いなく『即処刑せよ』だっただろう。
「仕事は上手くいったけど、骨を買っているっていう人間についてはかなり気になる」
覚えているだろうか。ブティックで見た手配書を。
あの連続殺人鬼には世間に知らされていない大きな特徴がある。
それが、『遺体から骨を抜き取ること』だ。
毎回抜かれている骨は様々だが、それが模倣犯と真犯人を分ける大きな違いとして警察署でも数人しか知らないことになっている。
なぜわたしがそれを知っているのか。
それは、主上を調査している中で、ある献上品に触れたことがきっけだった。
誰から贈られたものなのかがわからず、検品する中で結局廃棄が決まったそれは、とても精巧な作りの機巧人形だった。
姿かたちは水干を着た可愛い男子の人形。
どの時代でも、人形をしたものを棄てるときはお祓いをする。
忙しい陰陽術師たちに代わり、それを引き受けたわたしは、人形を持ち上げた瞬間、強烈な悪寒を感じ、つい手から落としてしまった。
何かの部品がずれたのだろう。
小さな歯車が人形の裾から落ちた。
拾い上げ、よくみてみると、それは人間の骨を削って造られた歯車だった。
すぐにわたしは人形を分解した。
部品のすべてが人間の骨で出来ており、人形の髪は人間の頭皮から抜き取ったものだということが分かった。
錬金術師の研究所へ行き、誰の骨から作られたものなのか調べたところ、三人分の骨が組み合わされており、そのすべてが連続殺人犯の被害者のものだったのだ。
これは強烈な呪に他ならない。
生体物質を使った呪は他のどんなものよりも強力だ。
「連続殺人犯は……、人間ってこと……?」
奴は今も強力な呪を作っては売っているかもしれない。
可愛い可愛い、お人形として。
「痛っ……」
痛みで気付くと、左腕が血塗れになっていた。
棘薔薇が皮膚に食い込みながら巻き付いている。
「呪を作り出す連続殺人鬼の人形師と、呪われた棘薔薇の仙術師か……」
わたしすらまだ見極めていない現皇帝を、勝手に殺すなど許可できない。
絶対に。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?