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サイコパスに狙われそうになった話

鬼は怖くありません。豆を投げれば追い払えるし、近づかなければ害はない。本当に怖いのは、人の仮面を被った悪魔です。

悪魔は良い人を装い、己の正体を悟られないよう振舞います。また本人でさえも、心の中に悪魔が隠れているのを知らないこともあります。もしかしたらあなたも、悪魔なのかもしれません。

ところでこれは、私が出会った悪魔の話です。何かされたわけでもないですし、本当に悪魔であったのかさえわかりません。ただひたすらに憶えているのは、胸に植え付けられた恐怖だけでございます。

大学2年生の春、サークル活動の帰りでした。21時ごろだったと記憶しております。私は友だちと2人、大学近くの小さなデパートに来ておりました。雑談をするためです。

私たちは入り口横のベンチに腰掛け、サークルや共通の友だちの話に華を咲かせおりました。ごくありふれた日常のワンシーンのはずでした。

20分もして、もうすぐ帰ろうかという空気になっていたところ、黒い人影が目に入りました。歳は30にいかないほど、誠実そうな印象がするスーツを着た男性です。こちらに歩いて来るので、となりのベンチにでも座るのだろうと考えました。

ところがそうではありませんでした。段々と寄ってくる男は、明らかに私を睨みつけていたのです。

慄きました。血液が一気の凍るのがわかりました。やばい、立ち去ろう。そう思うのですが、身体が言うことを聞きません。やがて膝と膝がぶつかるほど近寄り、座ってる私を見下ろしたのです。

眼が、イカれてました。犯罪者特有の血走った、もうすでに誰かを殺して来たような眼。

男の両手はスーツのポケットにあって、もし眼を離せば、そこからナイフを抜き出して私と友だちを刺し殺すだろう。そう予感してしまいました。私は死ぬほど怖かったですが、そんな様子を隠して男を睨み返していました。

どのくらい経ったでしょうか。たぶん1分ほどだったと思います。男は無言のまま踵を返したのでした。

しばらく待って、体内に安心感がすっと広がるのがわかりました。友だちと目を合わせた私は、固まったままの表情筋で苦笑し、「急いで帰ろう」と言いました。

友だちは涙目になっていました。よっぽど怖かったのでしょう。実際、私も死を覚悟しましたから。

さてさっさと帰ろう、そう思った矢先のことです。男が戻って来たのです。今度は足早に、明確な目的を持って。

人って不思議なもので、あまりに恐怖を感じると楽観的になるようです。この男が実は警察官で、私たちを高校生と勘違いして注意しに来たのだと思いました。そう考えると血走った眼も、確かに犯罪者と接する警察官にもよくある眼つきです。

勝手に納得した私はすぐに、その答えが間違いだと理解しました。また膝を付き合わせて、男は言ってのです。

「お前ら、付き合ってるのか」

警察官の言わないセリフ。私たちをカップルと思ったのでしょう。 いっさい表情を崩さす問いました。私は震えた弱々しい声で言いました。

「付き合ってないです」

すると男は無言で、デパートの奥へと消えて行ったのでした。

見えなくなったのを確認して、私たちは駅に向かいました。言葉を交わさず、「気をつけてね」と一言だけ残して、それぞれの帰路についたのでした。

ちょうどサラリーマンの帰宅時刻と被っていたのか、先刻の一件があったからか、妙にスーツ姿の男が目に入りました。その全てが私の首を狙っているように感じました。その感情はしばらく続いたのでした。

果たしてあのとき「付き合っている」言っていたら、どうなっていたのでしょう。考えたくもありません。

どんな人間にも裏の顔はあるでしょう。私にも人には言えない一面くらいあります。しかし普通そうなサラリーマンの悪魔的顔には気をつけようと思ったのでした。

#エッセイ #実話 #恐怖体験 #ホラー #サイコパス

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