見出し画像

ホタルックがやってきた

 令和四年秋の終わり頃、我が家は少し困っていた。娘はまだ八歳と幼く細かい事情を知らないので厳密に言えば私と夫だ。
 事の次第を知っていただくにはまず我が家の照明の話からになる。賃貸マンションに住んでいる我が家の台所の照明は、十一年前に引っ越してきた時すでに取り付けられていた備え付けの備品である。点灯するためにカチッと引く紐が垂れていて見た目も少し古い、良く言えばレトロであり、そして蛍光管を使用している。一間しかない部屋のほうには照明が備え付けられていなかった。まだ結婚前でもあった私と夫はお金の余裕がなく、初期費用だけなんとか用意して引っ越したので生活に必要な物は何も買い揃えられずに新生活のスタートとなった。あまりのことに見るに見兼ねたのか夫の母親つまり今は義理の母親が引っ越し当日の夜に布団一式を買ってくれた。真冬の引越しだったし、冷たいフローリングに寝ることは避けられたので本当に感謝している。夜には部屋は真っ暗になるため台所に段ボールをテーブル代わりに置いて台所の照明を使って過ごし、眠る時は部屋で布団を敷き眠った。
 その内少しずつ余裕が出来る度、最低限必要な家電などを順番に揃えてゆき、部屋のほうにもLEDのシーリングライトを購入して取り付けて部屋で快適に過ごすこともできるようになった。
  ここでやっと冒頭の困っていた事の本題に入りたいと思う。台所の照明は20ワットの直管蛍光灯で、買い替える時はホームセンターなどを利用していたのだが……。
 今年、買い替えようとしたら夫が色々探しても売り場にない。いや、選り好みせず一般的な蛍光色や昼白色なら安い値段でたくさん売っている。しかし私は娘を妊娠したのをきっかけに光に過敏になり電球色でないと目と頭がつらい。八歳の娘も電球色でずっと育ったせいか、白い色は嫌がるのでどうしても電球色が良い。夫が探し回り一ヶ所では電球色を見つけたが値段が高かったと言う。それならばいっそLEDシーリングライトが安かったから付け替えても構わないだろうかとマンションの管理人さんに相談した。ところが確認してもらったら型が古いのか古さは関係ないのかシーリングライトが付けられないらしい。
「蛍光色じゃだめなの?」
 管理人さんにそう聞かれたことに少し驚いたのは、電球色で暮らしている自分たちを当たり前と思いすぎていたのだろう。シーリングライトに根元ごと交換するなら工賃含め実費になってしまうと告げられた。それはそうだ、安くで売っているものがあるのに色が嫌だからなんて私たちの我儘でしかない。結局ネットショップで検索して「ホタルック」というどこか聞き覚えのある商品が電球色という表記もあり、案外お手頃価格だったのでお試しで買ってみることにした。
 二日ほどで商品は届き、夫が大きい梱包用段ボールから20ワットのホタルックを取り出した。
「残光性って書いてあるけどなんやろう?」
 と商品を持ちながら夫が言うので、注文を担当した私はネットショップの商品説明の部分にもそう書かれていたことを説明した。勿論私とて残光性がどういうことなのかは特に気に留めていなかったので詳しく分からず、なんとなくその字から電気を消してもぼんやりと常夜灯のような薄いオレンジ色の光が残るものを想像していた。
 分からないものをとやかく言っても埒が明かないので夫が取り付け、照明のスイッチを入れた。新しいからなのか思っていたより明るく感じた。眩しいのが嫌いな娘が「明るーい!」とぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しそうにした。明るいが電球色なので目に優しい。娘の飛び跳ねている様子から察するに娘も大丈夫なのだろう。
 しばらく「よかったね、ちゃんと電球色だ」などと言いながら夕飯作りをしたり食後の歯磨きをしたりして過ごし、全部の用事が済んだので台所の照明を消した。その時は多分三人皆が驚いたと思う。
 ホタルックが柔らかに青く、光っていたのだ。
 思わぬ残光性の正体に皆それぞれ「え!青い!」と口にする。物珍しさもあり私たちは各々好きな体勢でその青い光を見つめた。私は仰向けになって、夫や娘も似たような体勢でホタルックの残光をじっと見つめている。
 「なんか海の中にいるみたい。それか皆で星空見上げてるみたい」
 私がそう言うと、特に後者の部分に夫が賛同してくれた。星空と言えば私たちには運転免許がなく電車を使う以外で遠出するようなことが出来ないため、のんびり星空を家族で見上げることなど考えていなかった。精々マンションの階段の踊り場から時々夜空を見上げるくらいだ。それも近隣の迷惑にならぬよう早々に引き上げるようにしている。
  しかし望む色の蛍光灯が近場では安価で見つからなかったという出来事から、思わぬ形で台所の天井に星空が現れた。
 青い光は私たちに見上げられながら徐々に照度を下げ、薄い青色を経てゆっくりと消えていった。その静かで豊かな余韻に浸り、満たされた気持ちで私たちは眠りについた。そしてホタルックの電球色が存在し続ける限りこの商品を買いたいと思ったのだった。

この記事が参加している募集

#買ってよかったもの

58,888件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?