ウツミガキ

 とある街の一角。
 小さな椅子に腰かけてタバコをくゆらせている老人に向かって、ホッパーは手を挙げながら近づいた。
 老人もホッパーに気付き、タバコの火を消して大儀そうに手を挙げる。
「まいど。1か月ぶりかね?」
「うん」
 老人は折りたたみ椅子を広げて自らの前に置いた。ホッパーはそこに、老人に背中を向けて腰かける。
「最近どうだい?」
「実は課長に昇進したんだ。ただその分ストレスも多くてね」
「そうかい」
 老人は喋りながらホッパーの頭を探り小さなツマミをひねった。カチリという軽い音が鳴ると、ホッパーの後頭部が左右にパカッと割れた。老人は脳みそを取り出して光を当てながらしばし観察する。淡いピンク色の表面にところどころ黒や茶色の染みができている。
「だいぶウツが溜まっているようだな」
「毎回通ってるんだからサービスしてくれよ」
「はいはい」
 老人はタワシに洗剤をつけて脳みそをゴシゴシと磨き始めた。タワシが往復するたびに表面にこびりついた染みが落ちていく。老人はふとある事に気付いて手を止めた。
「...あんたこの前タバコをやめたって言ってたけど嘘だな?」
「げ。タバコって肺だけじゃないの?」
「色はつかないけど染みが落ちにくくなるんだよ。タバコは脳に悪い」
「ふーん。てかあんただってさっきタバコ吸ってたじゃん」
「ワシの場合はいつでも磨けるからな」
「たしかに」
 老人は最後に歯ブラシでシワの隙間についた汚れを落とし、タオルでさっと拭いてから脳みそをホッパーの頭の中に戻した。
「はい、終わりと」
「サンキュー」
 ホッパーは老人にお金を渡し、ふっと顔を横に向けた。視線の先では同じ顔の動物がせわしなく動き回っている。
「”人間”ってウツミガキできないんだっけ?」
「ああ、”人間”は頭を割ったら死んでしまうからな」
「そうなんだ、辛いだろうな。じゃ」
 そう言ってホッパーは去っていった。


 一人になった老人は道具をしまい、頬杖をついて”人間”の方へ顔を向けてつぶやいた。
「...あいつらの脳みそは不味そうだな」

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