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8-03「鈴木におまかせ(仮)(3)」

連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回はC Tanaka「スタイル」でした。

「前の走者の文章をインスピレーション源に作文をする」というルールで書いています。

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center

【前回までの杣道】



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また、今回の原稿は、蒜山の6週目の原稿「6-07「鈴木におまかせ(仮)(1)」」および「7-03「鈴木におまかせ(仮)(2)」」の続編としても書かれています。

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「あっ」
「あっ、あっあっ」
 どこか別のところにいる桐谷に、遠隔のシャッターを握られているらしいカメラ人間=桐谷の娘が、本人の意思とは無関係に写真を撮りまくる。桐谷にシャッターを切られまくる。そのたび短い叫び声が漏れる。
 少しだけ風が吹いてきて、暑さは少し曖昧になる。カメラ人間は次のシャッターに怯え、その横で私は少年に話しかける。
「お父さんさ、ほかの人にはこういう改造ってやってるの? もともとお医者さん? じゃなくてカメラが好きな人なのかな」
「なんですか。質問するなら一つずつにしてくださいよ」
「ごめんごめん。だってすごいじゃん、これはお金になる技術ですよ。そりゃ君からしたら、お姉さんがこんなんにされちゃうのは嫌だろうけど」
「こんなん?」姉=カメラ人間が語気を荒らげこちらを見る。人の頭より大きなレンズだけでも五十万はするに違いない。
「お金にできたら、あんな借金もしないでしょうよ」少年はぼやく。私はひらめく。
「じゃああれだ、次の発明の資金だ」
「お金のこと以外話せないんですか? 桐谷と、どこで会ったんです?」
 夏の大きな虫が飛んできて私はのけぞる。「仕事の付き合いだよ」
「桐谷は仕事なんてしてませんでしたよ」
「そうですねえ。うーん、いわば仕事、かな。つまりだ、世間的なもの、というのにこだわらない種類の人々が集まってね、交流をするわけです」
「ギャンブルですよね」
「最初から知ってたなら、へんに迂回して話すことないじゃん、ずるいぞ」私は指摘する。「あっ」背後でまた、頭部が巨大なカメラになった若い女が線路の写真を撮る。内側から家具で塞がれた家に立てこもる桐谷を引きずり出す算段を、私は少年に提案する。
「それで、どうするの。本棚なら板薄いから、割っちゃえば、家んなか入れると思うけど」
 少年は黙ってうなずいて、裏庭を探りはじめた。板を割るのによい道具でも探すんだろう。けれども夏の繁茂はすさまじい。
 織田信長が自らの城下に鍛冶職人を囲い込む以前、鋳鉄は寺社の管轄だった。寺社同士のネットワークを借り、鉄の技術者たちが秘密の連絡網を取り結びはじめたのは桶狭間のころ。それは親・信長も対・信長も関係のない、別種の倫理秩序が、ある種リゾーム状に関節したもので、フリーメーソンのごとく「秘密結社ごっこ」を遊んでいるだけである気配さえある。ネットワークは一時、東北にまで延びていたらしい。しかしこれが十八世紀には衰弱し、特に江戸において機能不全に陥ったため、中部網と東北網は隔絶された。地上の日本ではその後、十九世紀末から二十世紀初頭にかけ、西南の者どもが跋扈しくさる。江戸の権力体系は姿を変え存続するが、動きもあるからその分少し、風の通り道に変化はある。中部では無政府主義の花が開き、そして古びた地下網にまた息が吹き込まれた。山梨山中に「郷」が創設されると、東北のネットワークに信号を送り始める。東北は東北で、明治期より、隠れキリシタン用の偶像の生産流通のため、やはりネットワークは再発見されていた。
 いまや鋳鉄技術とは無関係、闘争の精神が強い中部が、生き延びることを目的とし、東北と再び合流する。その中継地点はかつての江戸城下をわずかに東にずれた、千葉だった。
 桐谷にはスポーツ賭博の場で、中谷芙二子の話をされた覚えがある。霧で彫刻を作る芸術家という以上のことは知らない。私はそれよりも彼女の父、中谷宇吉郎のほうにならまだ親しみがある。私はそれでたとえば、宇吉郎の弟、考古学者の治宇二郎を親友と呼ぶ数学者の岡潔は、なんやかんやと理由をつけ戦時中には北海道に逃げていたが、戦後、特攻の死は日本らしい美であるなどと随筆にきらきら書き込んで、ああいったものを吉村昭が読んだならば真っ赤になって憤激したろうなどと、戦後名士の固有名詞の詰まった議論の記憶である。考えてみりゃ、なんらかの精神性を起動力にして繰り返されてきた実践のなかで培われた技術を武器に活躍した中谷芙二子をありがたがる桐谷は自身のことを、技術者ではなく芸術家と見なしているかもしれない。いま、この家のなか、いる=いないを矛盾なく両立させる桐谷自身の視覚のありかたはわからないが、彼がシャッターを切るタイミングは、どこで判断の下されているものなのだろうか。賭博会の参加者たちが見つめる試合では、ラミレスと石川雅規が続けてホームベースに走り込んだ。身体の目でそれを認めた桐谷は面白がっていた。
 われわれの賭博は金銭譲渡を伴わない。そうではなく、権利権力をやりとりする。地下網に対しての発言力や権限を左右するいくつかの物品、定期的に変更される暗号や合言葉が再采配されるものだ。それはそうと、私にはいま、現金がありがたい。ということで、それなりの額の貨幣をゆすれるだろう秘密を握り、ふさわしい相手を絞り込み、私は平山を目指していたのであった。しかし電車が止まって、桐谷宅へと行き先を変更し、そしていま、彼自身の手によって改造された彼の娘を背に、彼の息子の持ち出してきたやたらに重いシャベルを握り、内側から塞がれた家に無理やり突入しようとしている。
「お母さんはどうにかされてるの。改造というか」
「跡はあるけどいまは普通」
「跡?」
「はい。桐谷は自分にはしないんだよ」
少年は何も言わず私に背を向け、テントに入っていく。自家製の麦茶のペットボトルを自分の分と私の分と、二本持って戻ってくる。かなり冷たい。礼を言って喉を潤す。
「桐谷さん、動物には改造は?」
「動物はよくやってたよ。意味なく亀にテプラつけたり。スピーカーとか、ラジオとか」
「家電にしちゃそこまで便利じゃないというか」
「どういうことです?」少年は三口ほどで、麦茶のほとんどを飲み切っている。
「家事を代わりにやってくれるような機械ではないじゃん、あったらあったで便利、くらいの。まあカメラもそうか」
「なんかよくわかんないけど」そういって、飲み終えたペットボトルをテントまで戻しに行く。母にある「跡」というのを気に留めつつシャベルに手をかけ、振り返って玄関のほうを見たら人がいた。不愛想な男が二人。玄関の前に佇み、こっちをじっと見ている。睨み返すわけにも、しらばっくれるわけにもいかない。
「お疲れ様です」呟いて目を伏せた。
 近づいた少年が私の背後で、「借金取りです」と正体をささやく。意外ではない。

<<つづく>>

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