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7-03「鈴木におまかせ(仮)(2)」

連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回はC.Tanaka「リズム」でした。

「前の走者の文章をインスピレーション源に作文をする」というルールで書いています。

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center

【前回までの杣道】

7-02「リズム」

7-01 「鳴らない音」

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また、今回の原稿は、蒜山の6週目の原稿「6-07「鈴木におまかせ(仮)(1)」」の続編としても書かれています。

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(前回からのつづき)

<結局死なないんだ> 少年の言葉を反芻しながら、内側からふさがれた玄関を眺める。異様な家。荒川修作の「死なない建築」という言い回しを思い出す。人間の感覚をジュースにする巨大なミキサーとしての部屋。思い出した理由はわからない。暑さでぼーっとしている。私は少年に問う。
「彼、死にそうだったんですか?」
「さあ。自分ではそう言ってましたけどねえ。日陰に戻りませんか」庭へとむかう少年のうなじが、日に焼けてスモークチーズ色だ。
「死ぬ前に豪遊しようってことで借金しまくったのかな」
「知りませんよそんなこと」
「それで、君や君のお姉さんは、どういう関係なの、桐谷さんと」
 蝉が一声鳴いて、すぐに黙る。
「母の元夫です。つまり俺からしたら、桐谷は、まあセイブツガクテキには父親ってこと」
「あ、そうなの。それで、なに、お母さん、そのあと再婚は? いまひとり? 女手一つでふたり育ててるんですか。養育費たくさん入金されてるのかな」
 少年は立ち止まり、こちらを振り返って、視線をまともに合わせてくる。
「あなたも借金取りですか?」
 私は、自分を下げる笑い顔を、高校生相手にも全力で示すことができる!
「いや、その逆で、ちょっと都合してもらえないかと思ってね」
 桐谷の息子はいらだちの吐息を吐く。私は庭に設営されたテントを示し、
「テントのなかは暑いでしょ。ずっとここにいるつもりなんですか? ほら、だってほら、お姉さんがこの家のなかにいるかどうか、実際はわからないわけで」
「それはなに、いったん家に帰る俺についてきて、ついてくることでウチにあがろうとしてるってこと?」
「や、そんな、初対面の方にいきなりお金の話なんて」
「お金の話なんてしてませんけど」
 死なない建築。あれはどういう理屈でそう言ってたんだっけ。暑さでぼんやりする頭に、ある思い付きが浮かぶ。<この家には案外誰もいないんじゃないだろうか>それが、住宅という概念をいじくる思想に結び付き、フレーズをつくる。<住人がいなくなることで完成する建築>ほとんど自動的にそんなフレーズを思いついた私にある種同調するかのように、少年が呟いた。「シュレディンガーの猫ってやつだな」私にむけられたわけではない小さな呟きを、私はしっかり受け止めた。ああ、そうか、桐谷は「いる」と「いない」をさまよってるのか。そういう可能性もあるか。
 や、それだけじゃなくて、「いなくなった」、つまり、内部で死んだ、という可能性もありえるなあ。「ない」ではなくて「なくなる」。私も少年も、空間についての話と、時間についての話を混同しているのかもしれない。なんかちょっと飽きてきた。集中力が続かないのは、暑さのせいか、年齢のせいか。テレビで流れる「ロボットの作動音」みたいな音がどこかで鳴って、咄嗟に体をびくつかせる。盗撮を連想して、やましいことなどないはずなのに、なぜか焦りを覚えたのだ。しかし少年はむしろ目を輝かせる。
 少年の視線を追うように私も目を動かす。玄関の方角に目をむける。で、どういうことなのか受け止められず、思考停止に陥った。そのあいだにも、「それ」は玄関からこちらへと近づいてくる。「それ」は、首から下は人間だが、頭部が完全にカメラになっている。映画館で流れる、盗撮防止の啓発映像に登場するキャラクターのような見た目。近づいてきた「それ」は、人間の頭よりもおおきなレンズで私をまっすぐとらえ、それから少年にむきなおる。
「どなた?」
 唐突に知らない声が降ってきた。混乱は増す。しかし少年の様子を見て気づく。いまのは、頭部がカメラの「それ」の声であるらしい。私は思わず、
「喋った! どこから?」そう口走る。するとカメラ人間はカチンときた様子で勢いをつけて首をまわす。その巨大レンズでこちらを直視し、
「どこ? 口からですけど」はねつける口調。そばから少年が補足してくれる。
「これ、姉です。頭はカメラだし、シャッター押せば写真が撮れるけど、ほかのところは普通の人間ですよ。父にされたんです。父がきもいんです。だって、娘をカメラにするなんてきもいでしょ。だから離婚されたんですよ」説明を切り上げ、少年は改めて姉に聞く。「父ちゃんは?」ふたりの間では、桐谷はそう呼ばれているらしい。
「出られないみたい」そう答えたカメラ人間が、家に顔、というかレンズをむける。本人の言動と関係のあるように思われないタイミングでウィーンと作動音がたつ。カメラと首との繋ぎ目を見たくて目を細めたら、まぶたにひっかかっていた汗の玉が目に入り、思わず目をつむった。目の奥深くに塩気がしみる。
「出てこさせないと」姉、が呟く。 
「そんなにしてまでして、桐谷さんに会いたいわけです?」
 挨拶もせず不躾に急に話しかけた私を、カメラ人間は見返さない。私ではなく、弟にむかって口を開く。
「“してまでして"だって。変な人だね」
 それからキッとこちらを、まっすぐ見て話しはじめる。
「家のなかは本棚とか、家具でぎっしり詰まってて、桐谷は外に出たくても、家は家具で埋まっちゃってるから、だから出ようにも、出そうにも、そう簡単にはね難しいね、けど出てこさせたい」
「ちょっとすみません」私は割り込む。「その、私まだ、ごめんなさいね、見た目にね、慣れてないから、あなたにそんなに見られ続けるとかなりこわい。あと言ってる内容がすげえわかんない。なに?」 
「今日が暑くてよかったっすね」少年がからかう。「頭ぼーってなる天気じゃなかったらもっとテンパるもんね」 
 私は意味なく笑みをこぼす。不随意の笑み。カメラ人間がまばたき? をした。まばたき、なのか、シャッター音こそ鳴らないものの、レンズのむこうで一回絞りが縮んだのだ。なんのためだ? 
「桐谷は外に出たくて仕方ないんですよ。本人なりに苦労してるみたいなんだけどねえ。次こそ、今度こそ! って、そうやって期待するたび家具が増えるんだよね。この暑さでしょ? 食べ物もないし、死ぬかもしれない。死ぬのは別にいいけど、桐谷にシャッターが握られてるのは気持ち悪くて、」
 目の前で巨大なカメラが喋っている。フィルム式なのだろうか。首から下は「三脚」なのか……
「単に私のシャッター握ってる人が、なんていうか、追い詰められてるような状況っていうのか、そういうとこにいるのが嫌なんです。気持ち悪くて。父ちゃん自身のことが心配なんじゃなくてね」姉、はむしろ軽やかな口調でさらさらとのたまった。 「出てこさせたいんだよなあ」
「協力してもらう?」私を目で示しながら少年が姉に問う。カメラ人間は視線をはずし、どうやら提案を吟味しはじめた。私の見守るなか、いきなりカメラの作動音が響く。本人も「あっ」と短い声をあげる。シャッターが押されたらしい。

<<つづく>>


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