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「われらいきものがかり」<3/3 後編>

全3回のうち第3回目 最終部の更新
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6・六月 第四週

 翌日の月曜から期末が終わるまで委員会はお休みで、結果発表日の木曜、期末の初日だって例外ではない。かわりにその日、飯田先生がみんなに速報メールをしてくれる約束で、私たちは試験勉強を一緒にするっていう名目で集まっていた。
 席の埋まってる学校の図書館を諦め、少し離れた市民センターの学習室にいく。高校生はほとんどいなくて、真剣に勉強してる大人たちでいっぱいだった。緊張感に飲み込まれるとすっきり集中できて、それは三人ともそうで、閉館のお知らせが流れるまで私もむっちーもまのちゃんも机にかじりついてた。
 勤勉な私たちは五時二十分すぎに市民センターを出る。集中して疲れた体で、ゆるい風が吹くなか黙って歩く。街道沿いのガストに入る。むっちーが「予選通過してたらステーキにする」っていうから、その流れで三人とも、注文するメニューを二種類決めた。予選通ってステーキはめでたいけど、落ちてたからってサラダだけじゃさみしい。落ちたからこそ、元気のでるものを食べたい。ってことで結局、それぞれの選んだ二種類は極端な差があるわけじゃない。店員さんに「まだ注文決まってません、すいません」って二回断ったあと、むっちーがテーブルに携帯を置く。三人で肩を縮ませ、頭を近づける。むっちーの携帯はそうやって三人の動きの中心になったけど、むっちーはホームボタンを押したあと、ロックを解除するため一瞬携帯を手元に回収してまのちゃんがウフフって笑う。いよいよメール一覧を開くと、飯田先生のあとに山下部長からの連絡も、ななひらからの連絡もあって、まのちゃんも私と同じように驚いたはず。飯田先生からの受信を開く。むっちーは高いお金を払ってステーキを食べた。私はねぎとろ丼を、まのちゃんは油淋鶏。それから三人でピザも。
 なんか楽しくなっちゃって、それまで言わずにいたこともお互いに話題に出した。むっちーってあんま慣れてない人の前だとめちゃくちゃキョドるよね。指摘されて頭を抱えるむっちーをからかう私にむっちーは、学期はじめに一回だけ持参してた「マイ早押しボタン」ってあれなんなの、あんなんどこで売ってんのって笑いものにしてくる。ついにまのちゃんがむっちーに直接ぶつける。さっき連絡きてたけど、ななひらとやりとりしてるんだね、結局なにがあったの。
 なんでも、てらばやしが委員会をやめたがってるらしい。それを食い止めようとするななひらと、好きにさせてやれよと(てらばやしではなく)ななひらに食ってかかるむっちーのあいだでトラブルがあったってことで、むっちーの言い分もわかるけど思ってたよりややこしそう。「前から相性悪そうだもんね」まのちゃんがいう。
「それはうん、まあ。なーんか、やなんだよ。だからって、あえて突っかかっていじめてやろうっつって、無理に割って入って揉め事おこしてって、そんなことはしないよ」
「わかるけど、むこうも言ってくる人がむっちーだから余計に反応するのかもね」
「それは、そうだねえ、それはあるかも」唇をとがらせてむっちーは携帯を見る。ななひらからのメッセージを確認しようとして、「ああいい、いい、いまはいいやめんどくさい」携帯をしまって、私に話しかける。「話変えるけどさ、どうしたの最近、なんか落ち込んでない?」ばれてた? なんとなく二人から視線をそらせて私が応えると、まのちゃんも「ばれてるばれてる」と繰り返す。「なんかいろいろね。よくない波がきてる」
「たとえば?」
「うーん」
 無理しなくていいよ、とも、いいから教えてよ、とも、なにも言わずに二人は待つ。私も、聞いて欲しい気持ちが素直に出揃うのを待つ。でもなかなかそうならない。「やっぱまとまんないや」そうか、それならしょうがない。ポテト頼もう。むっちーが注文ボタンを押して、店を出る時間は予定よりかなり遅くなった。発表を確認するために晩ごはん食べてくるとは伝えてあったけど、期末試験の初日にこんな時間に帰ってくれば叱られる。口答えして疲れてすぐに寝た。予選の結果がわかって、だいぶ肩の荷が降りた感じだった。
 土曜の試験のあとは当番だったけど、世話したのはタクヤだけ。松崎さんと二人でタクヤを運んで、日曜はもう勉強を続ける気力がない。どうせ月曜で期末もおしまいだし、試験休みにどこに出かけるか、むっちーとまのちゃんと博士と計画をたてて、ついついだらだらしすぎる。もはや試験の出来なんか気にならない。
 定期試験の期間だけ、四月のときの出席番号順の座席に戻る。前に矢島くんがいて、横に宮本さん、その前は宮原さんで、宮本さんのうしろは百瀬くん。私のうしろには渡邊くん。次の春になるまで、試験のたび懐かしいこの並びを繰り返す。
 試験が全部終わったあと、矢島くんと木ノ下くんと青田くんと四人で学食に行ってから学校の外を散歩した。珍しい組み合わせがおもしろかった。一学期が終わった、夏がくる、これから新しいステージだぞっていう感じがあって、わけもなくけらけら笑って、教室に戻ると普段の矢島くんの座席のとこに紙袋が置いてある。なんだろ、首をかしげる矢島くんより先に木ノ下くんが走って席までいって、なかを覗いて「鈴木先生だ」報告する。納得する矢島くんのそばで、学校に鈴木先生なんていたっけって考えるけど、紙袋のなかは「鈴木先生」っていうタイトルの漫画だった。「これ日高さんに貸しててさ、一学期中に返すっていわれてたんだけど、なあんだ持ってきてくれてたんだ。タイミングあわなかったなあ」受け取りましたありがとうって、矢島がいってたって伝えといてくんない? 頼まれて私は、内心ほんのり気まずさを覚えながら頷いた。それから、てんちゃんが矢島くんに漫画を借りてたってことに若干の引っ掛かりを覚えて、それが誰に対してなのかはっきりしない。私は独占欲が強いのかもしれない。「漫画、持って帰んなきゃなあ」矢島くんがため息をつく。
 矢島くんのロッカーには漫画が詰まって、詰まりすぎてる。「寄生獣」と「綿の国星」「殴るぞ」全巻、少しの「ぼのぼの」と「宝石の国」と「海街ダイアリー」。宮崎夏次系、よしもとよしとも、西村ツチカ、水城せとな。「pink」、「南瓜とマヨネーズ」。矢島くんはマンガ代を稼ぐために古本屋の店番のアルバイトをしてる。バイト中に「あしたのジョー」と「ドラえもん」を全部読んだらしい。いまは「銀河鉄道999」読破中で、韓国語の勉強はもうしてない。私が読んだのは「綿の国星」と「ぼのぼの」と持って帰っちゃった「岡崎に捧ぐ」と「ソラニン」。宮本さんのCDだって似たようなものだけど、誰もが固有名詞や具体的ななにかをぶつけあったりわけあったりして、自分と似たものを持ってる誰かを探したり、つくりあげようとしてる。自分をつくってるものや経験を分けあい、自分のような誰かや、誰かのような自分と出会いたがってる。
 いつもの私の席にも、宛名付きで封筒が置いてあった。裏を見るとてんちゃんからだ。中身はメッセージの書き込まれたプリントだった。演劇コンクールの、西高の出場する舞台のお知らせだ。最近あんまり遊べなくていやだったけど、その分がんばって練習してるから、よかったら飼育委員のみんなでも誘って見にきてください。てんちゃんの字はきれいだ。私は一瞬で、私がまるごと、すごくむきだしになってるような感覚になった。どういう種類の気持ちなのか、自分でうまくつかまえられない。
 痺れたような感覚のまま、ほとんど夢遊病みたいにして三応にむかった。三応の手前で足が止まった。それ以上進めない。三応に入れない。私が面倒を見てないうちに、誰かがマサヒロの世話をしてる。それをマサヒロはどう感じてるんだろう。
 逃げるようにトイレに入った。まとまったことは考えられなくて、切ないような気持ちに満たされていたけど、いやな感じじゃなかった。このうじうじはらはらした気持ちを愛おしく思った。思い出して、てんちゃん宛てのメッセージを打つ。矢島くんがありがとうって。私にもお知らせありがとう。そういう内容だった。下書きだけ書いて送信はしない。文章を考えたら少し落ち着いてくる。目をつむる。息を数える。矢島くんがてんちゃんの連絡先を知らないのは信じられなかった。
 しっかり遅刻して委員会に顔を出す。期末が終わったばっかだけど、週末には県本選なのだ。出場十六校のうち全国にいけるのはたったの二校。夏休みによろこぶのはまだはやい。
 久々の委員会を終え、放課後の当番のまのちゃんとれいしと博士を残して学校を出る。電車の中でてんちゃんに、矢島くんと私と、二人分のお礼を送った。「わざわざありがと!!!ちょうど練習おわったとこ!!!おたのしみに!!!」文面だと力強いところも、てんちゃんのおもしろいところだった。


7・七月

「動物園なんて中学生以来だ!」っていうけど、半年前まで中学生だった。入ってすぐの広場でチビっ子たちが集合写真を撮ってて、間違えて写りこみそうになって慌てる。博士はわざと、動物のイラストのTシャツを着てきてる。胸のとこに小さく、オランウータン、フラミンゴ、リクガメ、マレーバクのステッチ。なんか独特な並びだ。先生や同級生の噂と小学生時代の遠足の話にはじまって、自分たちがチビっ子のころの話。いちいち別におもしろい出来事の話とかじゃないし、「へえ」くらいのことしか返せないけど、そんなのはどうでもいい。各々が思いついたことをなにも考えず口にするだけ。
 まのちゃんを前に、まのちゃんはレッサーパンダに似てる、いやプレーリードッグだ、なんてやりあって、キリンの前ではむっちーが小さいころいつも一緒だったキリンのぬいぐるみのことを思い出す。活発に走るゾウをおもしろがって、生臭い建物のなかでじっとワニを見下ろした。なんのタイミングでもないのに、急に博士がやりはじめた中山ちゃんのモノマネがそっくりで爆笑して、動物園を出ると四月ぶりに、同じメンバーでまのちゃんの家に遊びにいった。まのちゃんのお母さんの用意してくれてた冷やし中華を一瞬で平らげて、学校や部活の様子をまのちゃんのお母さんに紹介して盛り上がる。しゃべり疲れた私たちは、前後に列でソファに座って、懐かしの「魔女の宅急便」を観る。スタジオジブリのDVDがたくさんあって、どれが一番好きかって話をしてたら、むっちーがほとんど覚えてないことが判明したのだ。そのなかでも、「魔女の宅急便」はもしかしたら観たことないかも。「ジブリ未履修の人なんてありえないですよ」博士が大真面目にいう。「じゃあなんの映画を見せられてたんですか?」
 とはいえ私も久しぶりで記憶はあやふやだし、わくわくしながら見はじめた。最初の曲がかかるとぞわっとする。主人公のキキは修行中の魔女で、使い魔の黒猫のジジとずっと一緒で、だけど物語も中盤になると、ジジといきなりしゃべれなくなる。ジジの言葉がわからなくなる。私はマサヒロのことを思い出した。魔女修行のスランプにはまっちゃったキキは箒にも乗れなくなる。結局スランプは乗り越えるけど、ジジとはしゃべれないまま、それでも映画は、しあわせそうに終わっていく。私はマサヒロと距離をとっている。それでどうにかなるとは思ってないけど、どうすればいいのかわからない。

 試験休みがあけて土曜、終業式のあとの例会はかなり気の抜けた雰囲気だった。夏合宿のしおりが配られる。合宿っていうより、高校大会お疲れさま! ってみんなで遊ぶだけ。合宿所で練習に打ち込む、みたいなことにはならない。どこにも行かず、学校で毎日いきものの世話をしてる日常のほうが、いってみればストイックな感じなので。
 まのちゃんと二人、学食で買ったパンを食べるのにちょうどいい場所を探して校内をうろつく。理科棟四階、化学実験室の外階段に座って、運動場を見下ろしながら総菜パンをほおばってると、グラウンドのむこうでてんちゃんと青田くんが並んでゆっくり歩いてるのが見えた。なにを話してるんだろう。もぐもぐしてるまのちゃんに、私はおそるおそる、マサヒロとうまくコミュニケーションがとれなくなってることを打ち明けた。まのちゃんはもぐもぐしたまま「ふうん」みたいな音を出す。「キキとジジみたいな感じ。はじめはさ、ただタイミング悪かったのかなって感じで、まあでもそれもちゃんとショックだったんだけどね、ふられたみたいで。でもさ、その次もまた相手してくんなくてさ、なんかちょっと、近寄りづらくなっちゃってさ、最近あんま会ってすらなくって」パンを飲み込んでまのちゃんがいう。「ふられたことあるの?」
「え? いやそういうことはないけど」
「ふうん」
「あとさ、てんちゃんともさ、なにってわけじゃないんだけど、距離ができちゃってて」
「お互い忙しいからじゃないの?」
「それは、そうだと、思いたいけど」
「繊細になってるんだね」
「そう、そういうことかも」
「マサヒロ、会ってないってそれ、気になんない?」
「気になんないってどういうこと?」
「会いたいなら会ったほうがいいんじゃない? 見捨てられた、みたいに思われたら悲しいじゃんか、こんなに気にしてるのに」
「そうかなあ」
「そうだよ、いまいってきなよ」
「いま?」うん。力強くまのちゃんは促す。いつものにこにこ穏やかな感じじゃなくて、もっと真面目な、まっすぐな表情をしてる。「反抗期かもだしさ、「しばらく」そっとしといて欲しいってことかもだしさ、わかんないけど、嫌いなわけないもんあんなに懐いてたんだから」いってきなよほら。有無をいわせない態度のまのちゃんは、半ば強制するように私を歩かせた。マサヒロを見つけだすのはまのちゃんのほうが早かった。見つけると、「ほら、いってきな」って私の肩を押す。私は、まのちゃんのことを感じながらマサヒロに近づいた。遠慮がちな足取りで、まるでいたずらを白状しにいくように、おそるおそる。
 鍵のかかった物理実験室の冷たい扉に気持ちよさそうによりかかるマサヒロのそばにしゃがむ。マサヒロが身をこわばらせたのが伝わってきた。しばらく待てば、そのうちこわばりもほぐれるかもしれない。いうべき言葉も見つからないし、私はただそばでしゃがんだままだ。マサヒロのことも好きだし、てんちゃんのことも好きだし、まのちゃんのことも好きだし、大好きな人たちがたくさんいて、それってすごく恵まれてるし、しあわせなことなはずだ。私は結局なにがしたいんだろう。マサヒロは逃げ出さず、体に力を入れ、息を殺したまま私の前にとどまっている。私は何度も、そっとしてもらえてることに救われてきた。まのちゃんなんて特にそうだ。それが、今日ばかりはしっかり背中を押してくれた。まのちゃんのやさしさはなんだろう。私はいつか、あんなふうになれるだろうか。私がいることで、誰かを励ましたり慰めたりできるだろうか。たとえばいま、目の前にいるマサヒロになにができるだろう。大切にしたいと思ってはいる。単純にしばらくそっとしておいて欲しいだけかもしれない。そっとしといてあげるっていうのは、無視することとは違う。私のほうからマサヒロを遠ざけるっていうのとは違う。それはどういう違いだろう。そっとしておいてあげるってどういうことだろう。わからないけど、私はこれを、時間をかけて考えないといけない。それがなにになるかはわからない。なににもならないかもしれない。けど、なにもしないよりかはましであって欲しい。引き続きしばらく、マサヒロのことはほっといてあげよう。だって目の前のマサヒロはずっとこわばったまんまだし。でも心のなかで気にしてるだけじゃ、相手には伝わらない。
 結局マサヒロとのぎこちなさは解決してないけど、久々に対面して、ちょっと気持ちが切り替わった。とにかく県本選をがんばろう。心なしか軽い足取りで三応に入ると、明日の話で真剣に盛り上がってる。新鮮な緊張感が充満していた。
 県本選は体を使う。体力勝負だし、運次第だ。去年は、校舎のなかに放された犬と猫をどれだけ集められるかっていうやつだった。相当楽しそうではあるけど苦戦しそう。探しだしたところで、捕まえられないと得点にならない。西校はこれで敗退した。
 過去問のなかでも目立って独特なのは、赤ちゃんの泣いてる理由を答えるやつ。アクリル版で仕切られたたくさんの部屋に、それぞれ子供が保護者と一緒にいて、誰かが泣くと、連絡を受け選手たちが部屋までいく。アクリル板越しに様子を見て、泣いてる理由をフリップに書く。(アクリル板のこちら側は暗いから、向こう側からみえない)この本戦はさんざんな批判を受けたけど、おかげで伝説的な出題になってる。まあ、たいていは、会場になる大学のなかにいる生き物たちを探したり捕まえたりっていうルールのことが多い。

 そして翌日。私たちはメタセコイア並木のある、おおきな大学の、おおきなホールに集合する。学会発表ってやつはこういうとこでするんだろう。マイクを握った二人がスクリーンを挟んで左右に立って、元気のいいかけあいの開会宣言。県大会ではお笑い芸人とかタレント事務所の新人さんが司会をする会場もあるって話を聞いたことがある。
 まず知らされたのは、六人のチームを三つつくれって指示だった。試合がはじまってから変更してもいいけど、とりあえず六人チームをまず決めてください。西校の部員は全部で二十人、三年が七人、二年が五人で一年が八人いる。けど一年のゆじおはもうこなくなったし、最後の学年の山佐さんは足を骨折してるから、参加できる人数はちょうど十八人でぴったりだった。会場にきてる山佐さんはなにか言いたげな、切なげな目で、でもなにも言わずにみんなを見守っていた。会場には歌詞のない曲がかかってる。
 どの高校も、まるくかたまってやいのやいの相談する。備え付けの椅子が邪魔だ。私たちもチーム分けについてわんわん話しあう。山下部長は様子見で二チーム目、一チーム目は山尾さんと山瀬さん、松島さんと松崎さんと博士とてらばやしの、三学年二人ずつチームになった。へんな高揚感にうわずってる。三チームのメンバーをとりあえず決めて、それを記入したシートを飯田先生が提出、登録票とシールを持って帰ってくる。一チーム目のメンバーは名前の記入された参加者シールを胸に貼る。これですでに一時間ほど経過、もう十時だ。
 BGMの音量ががんがんにあがって、それから突然途切れ、司会の二人がふたたび登場した。それではいよいよ本選の開始です。出場するメンバーは立ち上がってください!
 構内にあるおおきな緑地に、いくつもの種類の、いくつもの生物たちが、今日だけ放されてるという。その種類と数を調べ上げるというのが試合内容だった。試合時間はたったの六十分、一試合目、二試合目、三試合目それぞれ、一部の生物は回収され、新しく放たれる。試されてるのは「ここにこんな生き物がいるわけない」って判断できる知識、そして「長いことここに生息してるはずがない」という全体との食い違いを判断できるバランス感覚。
出題に質問がないか確認されたあと、ついにホールの扉はひらかれて、その先には試合領域まで、赤いシートがのびていた。本戦がはじまったのだ。当たり前だけどトランシーバーはない。もちろん携帯も禁止、トイレ以外に外には出れない。ホールに残された部員たちはただ、そわそわして過ごすだけ。
 はじめのうちは、小声で試験内容の予想を交わしてた。緑地に生き物が放されてるっていったって、鳥だと飛んでっちゃうし、早く動ける動物じゃ逃げられちゃうだろうし、虫だと食べられちゃうし死にやすいし、せいぜいそこに生えてることがおかしいような木が用意されてるくらいなんじゃないのか。それか亀とか、鶏とか。真剣な予想トークも気づけばいつもの雑談に変わってる。何人かで好きな犬種について話してると、うしろから山下部長がささやいてきた。「ねえちょっといい?」一瞬身構える。「こないださ、博士がデートしてるのみちゃった」むっちーは目を輝かせる。私も声がおおきくなりすぎないよう気をつけながら、相手がどんな人だったかを尋ねた。博士よりも背の高い、しゅっとした感じの人だったよって教えてくれた。
 試合を終えた人たちは、また別の待機会場に通されるから、これからの出場者は経験者の話を聞けない。いったいどういう戦いが行われているのか、わからないままに試合が進む。
 二チーム目の試合時間は十二時から十三時までになるので、昼食の時間に注意してくださいとアナウンスが流れた。そのアナウンスを合図に、二チーム目をちゃんと確定させてないことを思い出す。慌てて頭をつきあわせて、山下部長と飯田先生が話し合い、三年三人、二年一人、一年二人のチームで決定する。一年で選ばれたのは、れいしとまのちゃんだった。
 三組目の一年はつまり、私とむっちーとななひら。やっかいな組み合わせに巻き込まれちゃったな、とほんのりひやひやする。むっちーとななひらのほうがもっとそうだろうけど。っていうか結局、てらばやしはどうするんだろう。委員会、やめたがってるんだろうか。幽霊部員になったゆじおもいて、大会もあって、そういうのに気を遣ってるのかもしれない。

 出場時間にあわせて昼食をとるという方針のために、わざわざお昼休みっていう時間はなかった。第二対戦が終わってから一時間ほどの調整時間があっての十四時、最後の組の試合がはじまる。ずっと高揚感に浮かれてた私の体は温まってた。
 どきどきしながらレッドカーペットを駆け足で進む。緑地の手前に三角コーンとロープが並んでる。それは緑地全体をとりかこんでるらしく、これが試合の範囲だろう。誰ともしゃべらず緑地に入る。各高校、緑地に入ってからお互いを遠ざけながらばらばらにかたまって、作戦会議をはじめる。
 手元にはバインダーとボールペン。会場に到着してから開くよう指示された紙は緑地の地図で、どこになにがいたのかをこれに書き込むのだ。同じ高校でかたまって動かないといけないわけじゃないけど、手分けできないと結局ロスが生まれるし、自分たちがなにかを発見したとき、そばにほかのチームがいたら簡単にカンニングされてしまうから、遠ざけ役やおとり役もうまく使う必要がある。三人ずつに分かれるのは少なすぎるような気もしたから、私たちは六人でまとまって動くことにした。
 緑地は実はめちゃくちゃ広い。単純に散歩するだけでもきっと六十分じゃ足りない。外からみると緑地というか、公園にみえるけれど、実は真ん中の部分にはくぼんだ低地が広がってもいて、私は、動物園のなかにあるサファリパークを思い出した。地図によれば、低い場所まで降りるためのエレベーターもあるらしい。
 とりあえずとにかく動きまわったほうがいいのは間違いないから私たちはとにかく進む。五分もせずに、最初の不自然な生き物に遭遇した。明らかに葉の色がおかしい細い木が植わっていたのだ。こんな背の高さで、この日射条件で、こんな黄緑になるわけがない。でも、それがなんの木なのかがわからない。似た木を知らない。バラ類なのは確実、でもそれ以外わからない。ひょろひょろしてて、すべすべしてて、上のほうに細長い葉がついてて、葉脈は先端まで伸びてて。帰りにもう一度チェックすることにして、場所だけ地図に書き込んでたら、今度はそこに突然クジャクが現れた。みんなで顔を見あわせる。木のことで自信をなくしてるから顔色をうかがいあってるのだ。おそるおそる確認しあう。これは、このクジャクは普段からここにいるやつっぽいよね? 堂々としてるクジャクは茂みのなかへと姿を消して、「やばいぞ、結構これやばいぞ」とみんなあやしい笑い声をあげる。油断してた松河さんがギャッと声をあげると、立派なヤマボウシの日陰でミズトカゲが涼んでいた。明らかにきれいだしかなり戸惑ってる感じだから、これは連れてこられたやつだろう。上級生たちが全会一致で納得する。私はぜんぜんピンとこなくて、レベルの違いを思い知る。
 動物で目立つやつだとカピバラを見つけた。ファインプレーだったのはおっきなサイカチの木で、どうやってこんなものを運んだんだろう。周囲にノビルが群生してるはおかしいっていって山崎さんが土を掘った。サイカチには根っこを包む布がついたままだったから、これはここのサイカチじゃないと判明する。
 試合が終わってから、飯田先生が予約してくれた焼肉屋さんでお疲れ様会をやった。その席で博士は真面目に怒っていた。地区本選みたいに、映像資料でのクイズ大会でじゅうぶんじゃんか。不確定要素というか、どうなるかわからない状況に実際の生き物を数時間さらすのってどうなの。
テーブルにいた飯田先生もまじえて、珍しく真面目な話ばっかりやりあって、それはそれでおもしろかった。煙をたくさん浴びて、お店の外は蒸し暑い。知らないうちに雨が降ったらしく湿気がすごくて、博士の眼鏡が一瞬で曇った。
 こうして夏休みがはじまったけど、当然、みんなの面倒を見に学校には行く。授業期間は朝と夕方の二回だったけど、お休み期間は一日一回だけ、部員ひとりあたり週に二回か三回程度。相変わらずマサヒロはヘソを曲げたままだけど、そこまで気に病まずにいられるようになった。期末が終わったからかもしれないし、夏になったからかもしれない。もちろん、明るい気持ちでいるわけじゃない。高校生活だってはじまったばっかだし先のことはわからないからって自分に言い聞かせて、悲しくなりすぎないよう気をつけてる。一方、ようやくタクヤが私にも慣れてきたみたいで、それはちょっとうれしかった。
 夏休みになってから、七月の猛禽類の日があった。私としては五月以来、二か月ぶりのこと。誰も食べそびれないよう先に全員を探して、踊り場まで運んで、がっつかないよう押さえつけてる間に、別の部員たちが鳥を用意する。私は鳥を並べる役割。いきものたちは明らかにテンションをあげていて、はやく食べたくて仕方ない。わかりやすく感情を表に出すマサヒロを見たのはすごく久しぶりだった。パウチされた袋からぬるっとでてくる常温の鳥の羽毛は濡れていて、哺乳類の出産シーンみたいだ。ラインナップはいつもの通り、モズとヨタカとチョウゲンボウ。用意がすむと、いきものたちは競い合うように肉食の鳥に殺到する。私たちは屋上の扉を開いて、遠慮がちに外に出る。壁に背中をくっつけて、ほかの生徒にばれないように気をつけなきゃなのに、先輩は平気で屋上の真ん中までずんずん歩いていく。そうか夏休みだから校内にいる生徒の数も少ないし、今月と来月は大目にみてもらえるみたい。唇に指をあて、静かにするよう注意する松島さんのあとに続いて私も足を踏み出して、蝉の声が降る夏の屋上に飛び出した。中庭のベンチに寝そべる誰かを見下ろす。

 土曜日、まのちゃんを誘って、ふたりで高校演劇部のコンクールをみにいった。数日間にわたっておこなわれるコンクールの、土曜の午前の部の最後が西高の出番だった。
 話は、ある家のリビングルームを舞台に展開していく。でもそこに家族は登場しない。家族を装って住んでる人たちのところに、仲間の人たちが何人もやってきて、よくわからない「計画」について話し合ってる。ぶつかりあったり、説き伏せたり、邪魔が入ったり、コップを倒してしまったり、そんないちいちの出来事のなか、直前で方針が変更になった計画をどう実行に移すかの相談が続けられるけど、計画とは関係のない喧嘩で、話し合うような雰囲気ではなくなって、すっと舞台は終了する。地味で、静かで、おっきな起承転結があるわけじゃない。けど不思議とさわやかな感触が残る。てんちゃんは最後のほうにちょっとだけ登場した。口数が少なくて、でも気は強そうで、なにかを我慢してるような表情、泣く寸前みたいな表情で、はじめてみる表情だったのに、すごくてんちゃんらしい感じがした。てんちゃん本人がちゃんとそこにいるっていう感じがしっかりあった。



エピローグ 合宿

 お風呂で温まったあと、そのまま部屋で寝てた私をてらばやしが起こす。「寝てる場合じゃないよ」首筋に急にすっごく冷たいものがくっつけられた。ひゃあ! 声をあげ体をのけぞらせると、てらばやしがけたけた笑う。ほかの何人かの笑い声も届く。いらいらしながら体を起こすと、寄ってきたむっちーが私にパピコを渡してくる。「ウェルカムドリンク」さっき首筋につけられたやつだろう。「あ、違います、ウェルカムも、ドリンクも」パピコをくわえながら私は聞く。「で、いま何時?」「もうはじまるよ!」山瀬さんが叫ぶ。
 合宿所は古くさくて、それは「歴史ある」みたいな意味じゃなくてただシンプルに古くさい。周辺一帯が、数十年前に避暑地としてはやった地域らしい。二泊のなかですることといえば虫採りと桃鉄、大富豪とバーベキュー、花火とあと、私たちの選ばれなかった全国大会をテレビでみることだ。「いいなあ、会いたかったなあ」番組がスタートしてすぐ、山下部長がそういって後ろに倒れた。腕を伸ばして、「会いたかったなあ」繰り返しながらむっちーの膝頭をぽんぽん殴る。進行役のお笑い芸人は中山ちゃんに似てる人で、そういえばむっちーはお笑い好きだって聞いたことあるから、たまに山下部長と二人だけで盛り上がってるのは、あれはお笑いの話をしてる、つまり山下部長もお笑いファンで、あっ、それでいつか、私のクラスの副担任が中山ちゃんだっていうことに「羨ましい」って言ってたのか、と、全然どうでもいいことなんだけど「つながった!」っていう気持ちよさがあった。そんな私の表情をみて「どうしたん?」ななひらが不思議そうに話しかける。
合宿所のプロジェクターを使って、閉めたふすまにテレビを映してた。二十人近くがそれを見るとぎゅうぎゅう詰めで、インドの電車の写真を思い出す。私の肩にはてらばやしがよりかかってて、私はまのちゃんの座る椅子の足によりかかる。「富士急いきてー」まのちゃんがつぶやく。全国の決勝は富士急のお化け屋敷を借り切って行われるのだ。このなかにいきものがたくさんいて、探して集めるのが試合内容。やってることは、私たちが毎日朝と放課後にしてるのと同じ。
 西校のいきものたちは高校大会のことなんて知らないし、いま、こうして私たちがぎゅうぎゅうに寄り合いながら決勝を見守ってることだって知らない。マサヒロだけじゃなくて、ツヨシも、ゴロウも、タクヤも、ツバサも、みんな、夜の学校でどういうふうに過ごしてるのか。ま、別に心配ではない。どうせ元気でしょう。マサヒロたちの生活は私には知りようのない時間がほとんどだけど、知り合ってしまったからには、今夜みたいに「いま一緒にいない」っていう時間も、二人の時間のうちに数えてしまっていいと思う。それはマサヒロのことだけじゃなくて、いきもののことだけじゃなくて、てんちゃんのことだってそうだし、いま一緒にいるみんなのことだってそうだ。
 コンクール直後の西高演劇部を、私は遠くから眺めてた。片づけとかあるだろうからって遠慮する私に、まのちゃんは無理にでも行ってこいなんて言わない。なんかちょっと飼育委員会っぽい話な気がしたな。まのちゃんの感想はそのときはピンとこなかったけど、富士急で走りまわる高校生をみてると、なんとなくわかるような気がした。いいとも悪いとも言えない状況のなか、なんだかよくわからないものを探してる。実はもうわかってる気もするし、なにもまだつかめてない気もするし、繰り返しにうんざりするときもあるけど、煮え切らなさに一喜一憂してるのが毎日なのかもしれない。そんなことを思いつく大袈裟な自分がばかみたいで、安心したくて、椅子に座るまのちゃんをちょっとだけ盗み見る。
 CM中携帯を確認すると、弟から「?」とだけ送られてきていた。合宿所の周辺はぼろぼろになった建物ばっかりで、駅前からしてめちゃくちゃにさびれてて、これはもしかしたら、と、てきとうに何枚か撮った廃墟の写真を、一言も添えずに送りつけていたのだ。っていうことを説明したら、てらばやしが「こっわ、やだあ」と笑う。弟に、さらに何枚か写真を送るとすぐ返信がくる。「合宿を楽しめよ」弟くんいいじゃん、いいよいいよ、私たちのそばに場所を移動したむっちーが、へんな角度であおってくる。
 CMが明けると、かつて決勝戦に出場した人が、いまどんな人生を過ごしてるのか紹介するコーナーがはじまった。「あっ」むっちーと部長が食いつく。あんまりテレビには出ないけど、長いことお笑いファンには支持されてる芸人さんらしい。アルバイトをして、オーディションを受けて、またバイトをして、ステージに出て、急に飲み会に呼ばれて、そういう慌ただしい日常が紹介される。「やっぱ芸人なんで真面目なこといいたくないですけど」って照れながら、部屋で飼ってるウサギを撫でる。ひとつもボケないじゃんってむっちーがからかう。「部活っていうか地元に帰ってないんで、連絡とったりとかは全然ですけど、まあでもこう見えて楽しく暮らしてます、狩猟生活って感じ。おすすめはしないけど」さすがにカットされてるだけだよなあ、むっちーは心配そうだ。私は毎年、このコーナーになると涙目になってたもんだけど、むっちーがちゃちゃをいれるからか全然平気だった。
 明日の朝には合宿所を出て、その足で学校にむかってる予定だ。合宿翌日の当番なのだ。目の端でマサヒロを気にしながらいきものたちの様子を見守って、みんながいつもの毎日を繰り返せるように、細かいことに気を配る。これといったようなことは起こらないだろう。


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