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視覚を閉ざした食事体験 〜シンガポールのブラインドレストラン”NOX”

今年の9月にシンガポールを旅した中で、最も印象に残っている出来事。

それが、ブラインドレストラン「NOX」でのディナーである。


「ブラインドレストラン」とは、人間の五感のひとつである「視覚」を完全に遮断し、真っ暗闇の中で食事をするレストラン。

視覚がない状態で料理をいただくことで、嗅覚や味覚、触覚など、その他の感覚が研ぎ澄まされ、普段とは全く異なる食事体験をすることができる。


NOXの暗闇は、ちょっと手元が見えづらいかも……という、生易しいものではない。完全なる暗闇である。

自分の手を目の前に持ってきても、それすら見えないほどの暗闇。目を開いても閉じても、景色がほとんど変わらないと言っても、過言ではなかった。


NOXの外観。


事前にNOXのホームページでディナーを予約しておき、当日訪問。

@ 83 ClubStreet, Singapore, 069451


まずは1階のバーラウンジで、ウェルカムドリンクとアミューズをいただく。

このアミューズ、海鮮系風味のミニソフトクリームみたいな見た目の料理だったのだが、後述する真っ暗闇でのコース料理も含めて、NOXでの食事で最も正体がわからなかった。

なんだったんだろうあれ。いまだに謎だ。


バーラウンジ。写真撮影できるのはここまで。


その後、荷物をロッカーに預け、2階のダイニングルームへ。

ダイニングルームでお客さんを案内してくださるNOXのスタッフは、皆さん視覚障がいをお持ちの方。何も見えず、移動すらままならない私たちを、優しく手を取ってサポートしてくれる。


完全なる暗闇の中で、料理を運んだり、テーブルを片付けたり、流れるように給仕をしてくださるスタッフの方々。

NOXのコンセプトのひとつに、「視覚障がいを持つ人たちに寄り添い、その世界を想像する」ということがある。

それは決して、目が見えないから不自由であるとか辛いとか、健常者目線で彼らを測り、比較することであってはならない。

それは、視覚以外の感覚を用いて生きるとはどういうことなのか、彼らが知覚している世界がどういうものなのか、身をもって経験するということだった。


NOXのディナーは、前菜・メイン・デザートの、3構成のコース料理である。何が提供されるのかは、お客さんに事前に知らされない。

何が出てくるかわからない緊張下で、匂いや味、食感を頼りに、自分が何を食べているのか想像、推理しながら食事をする。

これが新感覚で、非常に楽しい体験だった。

https://www.noxdineinthedark.com/menuより引用。

NOXのコースでは、上の画像のように「12時・3時・6時・9時」の方向に一品ずつ、4皿の料理が提供される。

前菜・メイン・デザートの3構成になっているため、合計12皿の料理をいただくことになるのだが、真っ暗闇の状況では、この固定化された料理の配置が、非常にありがたかった。


ネタバレになってしまう可能性があるため、詳しいメニュー内容は割愛するが、NOXのコースはとにかく美味しい! どの料理も、本当に絶品である。

暗闇で食事をするという特殊な趣向に甘んじず、味も本格的なのが嬉しいところ。お皿の配置や彩りなど、料理が見えないことを悔しく感じるほどだった。

それもそのはず、NOXでは、三ツ星レストランで活躍したシェフが料理を振る舞ってくれるのだ。美味しくないはずがない。

様々な国や地域の趣向が取り入れられた、多国籍な本格コース料理。味にこだわりのある方でも、きっと満足できるはずだ。


食事をしていて非常に面白かったのが、自身の五感が徐々に鋭敏になっていくのを感じられることだった。

お皿を鼻に近づけると、その匂いから食材の情報を色々と読み取ることができる。料理を口に運ぶと、鼻に抜ける風味や食感を頼りに、記憶の中から合致する情報を引っ張り出す。

どれも、目が見えている状態で食事をするときには、少なくとも意識的には行っていない情報取得である。自分の眠っていた感覚が呼び起こされ、稼働しているさまが面白かった。

ちなみに一緒にNOXを訪れた友人は、最終的に視覚も研ぎ澄まされ、全く見えないはずなのに対面に座る私の挙動を読み取ることができるという、「ONE PIECE」の”見聞色の覇気”みたいな能力を獲得していた。



食事を終えると、バーラウンジで「あなたは何を食べましたか?」というクイズ形式のアンケートに答える。

一緒に食事をした友人と、意見が合致するところもあれば、全く食い違うところもあって、とても面白かった。

視覚のない状況で食事をすると、人によってこんなにも感じ方が異なるのだな……と、感動すら覚えた。

同時に、普段意識することはないけれど、食事をするとき「自分が何を食べているのか」を確かなものにしてくれる役割として、私たちは大部分を視覚に頼っているのだと思った。


アンケート回答後、スタッフの方が、写真付きでコース料理の答え合わせをしてくれる。これも楽しい。

「ブロッコリーなんて入ってた!?」とか、「2種類あったケーキをひとつに混ぜて食べてしまっていた」とか、思いもよらない気づきがあって大盛り上がり。

そんな答え合わせも含めて、NOXのディナーは、そこでしか味わえない貴重な発見や気づきに満ちていた。

料理の味も本当に美味しいので、シンガポール旅行を計画される際は、ぜひNOXも旅程に組み込むことを検討してみていただきたい。


少し調べてみたところ、日本でも「ブラインドレストラン」体験ができる場所があるようだ。浅草の緑泉寺。気になった方はぜひチェックを。



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