海のマスターキートンは、最先端のデジタル機器を使いこなすフォトグラメトリ探偵だった件

タイトル:

沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う

キーとなる言葉解説:

 考古学:遺跡や出土品から歴史を探る分野。漫画『マスターキートン』の主人公は、パッとしない考古学者兼探偵さん。

 『水中考古学への招待 海底からのメッセージ』:筆者の出会う運命の本1冊目。

 『海底の1万2千年 水中考古学物語』:筆者の出会う運命の本2冊目

 水中考古学:海の遺跡を発掘研究する分野。陸上考古学の一部(本文抜粋)

 船舶考古学:農耕以前から存在する「ふね」を発掘して研究する、考古学の分野。きっと船オタク。

 テキサスA&M大学:テキサスの農工大。筆者の留学した語学学校と大学院もある大学。とっても大きいらしい。

 海と陸の遺跡の違い:陸の遺跡は、古くなると壊してその上に建築。海の遺跡は、天敵「フナクイムシ」「トレジャーハンター」さえ来なければ、タイムカプセル。

 フナクイムシ:木材を食べちゃう貝(?)。長くてグロいヒルにしか見えない。でも美味しいらしい。

 トレジャーハンター:沈没船のお宝を狙うワイルドな野郎のイメージでしたが、研究者にとっては海の遺跡を破壊して金目の物を漁って去っていく最低野郎という位置付け。

 発掘期間のハニートラップ:調査チームたち(若い学生たち)の共同生活では恋愛沙汰に。リアル版「バチェラー」現象が起こる(こともある)。

 キール:船の真ん中を通る背骨のような部分。水中考古学者の大好物。

 GRE:アメリカの大学入試の一つ。

 Non-Degree Seeking:大学院にある1年間仮入学制度。一定以上の成績を取れば、正式に入学できる。

 沈没船の復元再構築:沈没船の発掘パーツをパズルのように組み立て、当時の技術を推し量る方法論。

 フォトグラメトリ:沈没船やその他の出土品を、発見時の状態で撮影し、3Dデジタルモデル化する技術。

 GISソフトウェア:地理情報システム。GPSは位置情報。似てるようで違うらしい。目玉焼きと薄焼き卵くらい違う(と思う)。

 オルソフォト:遠近感の少ない、地図のような状態にする技術(?)。


本の要点:

 元野球少年の筆者は、卒論のテーマを選んでいた時に運命の2冊に出会い、水中考古学に、そして運命の本に登場するテキサスA&M大学に、興味を持ち始める。卒論なのだから、これから就職先探しでしょう。と思ってしまうが、両親は賛成して送り出してくれた。

 ここで最大の問題は、筆者は英語がからっきしダメだったという事だけ。

 留学は語学学校にまず入り、そこで期限内にある程度の英語の成績を取れれば、大学院に仮入学となるNon-Degree Seekingという制度があるらしい。筆者は、留学1年目のハードルどころか、初日からやらかしてくる。

[(主に)やっちゃったコト]
 ・タクシーの運ちゃんに当初の3倍料金をぼったくられる。
 ・マクドナルドでハンバーガーセットが注文できず、逃げ帰る。
 ・スーパーの店員さんに話しかけられ、逃げ帰る。
 ・留学中の滞在先を決めずに、テキサスにやって来る。

 結局、食料は調達できず、最初の1ヶ月は自販機のスナックで食い繋ぐ。

 今でこそ「やっちゃったなぁ〜!」な思い出だけど、きっと当時の筆者は、毎日がサバイバーだったと推察します。そこで挫けなかったのが凄い。水中考古学以前の現実を思い知った筆者は、語学学校の授業後に深夜3時までガッツリ勉強。スポーツ推薦の(元)野球少年は、初めての受験勉強を体験。その甲斐あって、GREやTOEFLで一定以上のスコアを獲得し、大学院に仮入学!

 期待に胸を膨らませて臨む、最初の75分「船舶考古学概論」の授業で、再び絶望の淵へを追いやられる。

 血の気がスーーーーーっと引いていった。(本文抜粋)

 メンタルの振れ幅がスゴい!
 ただ、この理由は何となく想像できる。歴史の授業は、それこそ専門用語のオンパレード。そして似たり寄ったりな年代がギッシリ。苦手な人は「レキシ」と聞くだけで嫌だろう。ソレが、全て英語なのだ。悪夢だ。どうやったって。仮入学数日で挫折してしまう留学生もいるらしい。筆者はパニックになった。

 ただしヒトは極限状態に陥ると、意外に活路を見出すのかもしれない。筆者は、聞き取れない英語を全てスッパリ聞き流し、映し出される写真や図、単語をノートに書きまくり、授業後は図書館で全て調べる日々をおくった。
 先生の許可を得て録音もして、分からない事はどんどん調べていく。毎週3回の徹夜で、必死に食らいついていった。

 まだ読み始めてから100ページも進んでないのに、ジェットコースターに乗ったような日々を追体験している。その後、無事に仮入学期間をクリア。本格的に大学院生活がスタートする。

 修士3年と博士4年をゲームのレベル上げ感覚で、楽しく過ごしたそうです。大親友とも知り合い、それまでのミソギが、ついに報われ始めたのですね。良かった良かった。そして恩師である教授に弟子入り。本来は、教授にヘッドハントされていくスタイルですが、めっちゃ日本風に飛び込んでいったようです。さすが野球少年。
 恩師は沈没船の復元再構築を研究していて、筆者は楽しくて仕方がなかったそうです。その恩師の元で、バリバリとレベル上げしていくうちに、資料を見ていたら脳内で自然と資料内のパーツがパズルのように動いて、船が組み上がっていくようになってしまう、スペシャルスキル「脳内スイッチ」を獲得したそうです。

 そしてフォトグラメトリ。発掘調査に使えるレベルではないと判断されていた技術でした。ただ年々精度が上がりつつあったけれど、学術調査でどう活用すれば良いのかわかんない技術だったのです。
 筆者のターニングポイントとなる発掘で、恩師から依頼されて、遺跡の3Dモデルを作っていました。遺跡の調査では、「どこで」「何が」「どんな状態であったか」が、とても大事。なんだか殺人現場みたいですね。なので、これまでの沈没船発掘の経験を活かして、筆者なりにフォトグラメトリを水中考古学に特化させるカイゼンを行ったのでした。

[水中考古学向けのフォトグラメトリ]
 ・水中遺跡全体の座標データ化
 ・遺跡内の発掘エリアを撮影→3Dモデル→オルソフォト(地図のような状態)→GISソフトウェア(地理情報システム)でマッピング
 ・遺物のデータを、そのマップに位置データとともに入力
 ・プラスチック紙の実測図を制作し、ダイバーは海中で情報を書き込む
 ・進捗は即日で反映され、翌日には新しい実測図で発掘する
 ・3Dモデルから船体の断面図を作成し、ダイバーによって船体の継ぎ目などの位置情報が書き加えられる
 ・遺跡全体の実測図も定期的に作成。発掘計画に役立てられるようにした

 効率化のオニのような所業。
 この効率化メソッドを作り上げた事により、筆者は博士論文のテーマをフォトグラメトリに変えました(通常はできないらしい)。無事に書き終えるも、今度は就職難に突入。本来なら留学生が居座るなどできないのだか、恩師や他の教授たちがポケットマネーで筆者を1年雇ってくれた。メッチャ良い人たちで感動しました。

 そんな優しい人たちに支えられながら、2015年ポーランドで開かれた「造船史と船舶考古学」学会で、博士論文を発表することに。
 15分間の発表を、筆者は緊張しすぎてあまり覚えていないらしい。『伝説の船舶考古学者の方法論を、デジタル技術を駆使して進化させた!』というような内容だったそうです。チャレンジャーですね。そして恐怖の質疑応答。

 最初にマイクが渡った人物。彼は、世界的な船舶考古学の権威(そして恩師と犬猿の仲)でした。筆者は「終わった。。。」と思ったそうです。

 かの人物は「このデジタルツールは使える!」と、予想外の賞賛の言葉を贈ってくれました。潮目が変わったとは、まさにこの事かもしれません。この出来事がキッカケで、筆者は世界中の水中考古学の学術研究に呼ばれる存在となります。

 そして臨んだ、エーゲ海の学術調査。ギリシアの沈没船には、ワイン壺が積んであり、この形状で時代を判断する、とっても大切な壺(らしい)。問題なのは、沈没船が58隻と多すぎて、ワイン壺もありえんほど多いって事です。また水深60メートルというのは、なかなか潜らない深さらしく「自分も青の一部になる」という、潜ったことのない人からすると、ヒヤヒヤしつつも想像力が掻き立てられる世界が広がっているそうです。
 調査チームは、既にフォトグラメトリ技術をトライしていました。ただ精度が低く、役に立たなかったという苦い経験になっていたそうで、筆者は呼ばれたものの、当初あまり期待されていませんでした。ここで「じゃあ呼ぶなよ!」と、ならない。筆者は調査チーム(特にガンコそうな博士)の傾向と対策をしっかり練り、ワイン壺の情報いっぱいの実測図を作ってあげたところ、とても喜んでくれたそうです。そしてこのチームに誘ってくれた飲み友は、後ろでニヤニヤしていたそうです。

 綺麗な海もあれば、ほぼ味噌汁なドブ川にも潜る。学術調査は、好きじゃないとやってられないですね。水質の問題からか、チームの半分は感染症で耳をやられてしまったそうです。恐ろしい。。。川だから流れもあり、自分を同じ位置に居させることにも、雪解け水の冷たさにも一苦労。ただ、この苦労が報われたのは「古代船」というSSR級な船だったから。そして筆者は、どんな透明度の水にも潜れるようになった!レベルアップ!

 謎は、遂に解けた!
 コスタリカ人のルーツを探る、学術調査。その鍵を握る2隻の沈没船は、国立公園の湾内にある。この調査で問題なのは、その地点には珊瑚もあり、自然保護の観点からも、確証もないままでは本格的な調査ができないという事。筆者の手元にあるのは、沈没船に関する当時の資料と、フォトグラメトリを元にした、実測図。そこには2隻が積んでいた大砲数門と積荷だったレンガが写っている。
 探偵は、どのようにしてこの謎を解き明かすのか?!18世紀に沈没した船が、果たしてコスタリカ人の誇りとなり得るのか、否か。当時の技術と情勢を知り尽くした名探偵の推理が光る。
(謎解きは、本書を読んでね)

ターゲットとしてる人達:

 歴史・考古学好きな方々
 マスターキートン好きな方々
 留学した時に、やっちゃった経験がある方々
 海が好きな方々(ダイビング好きな方々など)

心に刺さった内容:


 「何が正解か?」

 「道がないなら、自分で作る」

 筆者が悩んでいた時の自問と、有名な船舶考古学者の言葉。

読了日:

 2022/1月

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