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道徳の教科化について

 まずは「特別の教科 道徳(以下、道徳科)」という少々厳しい(いかめしい)教科について考えてみたいと思います。

 「道徳の時間」が創設されたのは1958年(昭和33年)で、それからちょうど60年後の2018年(平成30年)に「特別の教科」として道徳科が始まりました。

 しかし、「教科化」といってもピンときません。なぜなら「教科化」の前後でも、道徳は「週に1時間、年間35時間(一年生は34時間)」はやっていましたし、読み物資料を使った授業も今とそれほど変わりはありません。

 教科化に伴う具体的な運用上の変化については、後述することにして、ここでは、まず「教科化の背景」について専門家の見解を元に概観していきましょう。

 文部科学省の教育課程調査官であり、道徳教育に関する著書もある浅見哲也氏の『こだわりの道徳授業レシピ』(東洋館出版社 2020)によれば、第二次安倍内閣による「教育再生実行会議」の平成25年の「いじめの問題等への対応について」(第一次提言)などに触れつつ、「当時から全国的にいじめの問題が課題として残され、尊い命が奪われてしまう痛ましい事件が起きており」、それにどう取り組むかということで、「心と体の調和の取れた人間の育成に社会全体で取り組むために、道徳を新たな枠組みによって教科化し、人間性に深く迫る教育行う」ことが明示された、ということです。

 提言の具体的な内容としては、次の3点です。
①道徳を新たな枠組みによって教科化し、指導内容を充実する。
②効果的な指導方法を明確化し、すべての教員が習得できるように普及する。道徳の教材として、具体的な人物や地域、我が国に伝統と文化に根ざす題材等を重視する。
③家庭や地域で大人が率先垂範して一人の人間としての在るべき姿を示し、しつけるべきことをしつける

 ちなみに、平成23年にはメディアで大きく取り上げられた「大津市中2自殺事件」などがあり、いじめ問題への関心は高い時期だったことも関係していると思われます。

 また、浅見氏は、平成25年の「道徳教育に関する懇談会」の「今後の道徳教育の改善・充実方策について(報告)」で報告された、今までの道徳教育の課題について以下のようにまとめています。

①歴史的経緯に影響され、いまだに道徳教育そのものを忌避しがちな風潮がある
②道徳教育の目指す理念が関係者に共有されていない。
③教員の指導力が十分でなく、道徳の時間に何を学んだかが印象に残るものになっていない。
④他教科に比べて軽んじられ、道徳の時間が他の教科に振り替えられているのではないか。

 これらの「課題」は現場にいるものとしては実感できます。例えば、教科化以前の「道徳」について、僕が実際に聞いた現場の言説としては「道徳教育は学校教育全体を通じて行なっているから、特に道徳の授業をやる必要は無い」と言ったものです。また、教科書の指導計画に配当されていない「単元末テストの返却時間」だったり、「他教科の補習の時間」として道徳の時間が使われていたという実態は、よく聞いていました。ちなみに、これは「総合的な学習の時間」での議論でも似たようなものを聞くことができますね。
 また、戦前の「修身」を想起させることから、児童の内面への介入にもなり得ない積極的な道徳教育を忌避し、あくまで「道徳的価値の伝達」というのを意識している先生方もおられたように感じます。

 このような道徳の時間の課題を受けて、平成26年の「中央教育審議会」の「道徳に係る教育課程の改善等について(答申)」では、改善の方向性として以下の6点が打ち出されたと浅見氏は述べています。

①道徳の時間を「特別の教科 道徳」として位置付ける。
②目標を明確で理解しやすいものに改善する。
③道徳の内容をより発達の段階を踏まえた体系的なものに改善する。
④多様で効果的な道徳教育の指導方法へと改善する。
⑤「特別の教科 道徳」に検定教科書を導入する。
⑥一人一人のよさを伸ばし、成長を促すための評価を充実する。

 浅見氏によれば、このような段階を経て、平成27年3月に学校教育法施行規則の一部等を改正し「特別の教科 道徳」が誕生した、と述べています。