何てことない風呂の話

大晦日、おれは寝込んでいた。女から風邪を伝染されたのだ。

女とは12月半ばにSNSで知り合い、LINEでメッセージをやりとりしていた。お互いに興味が募り、「一度会ってみよう」という話になった。

12月28日(土)、女の地元のマクドナルドで会う約束をし、おれは車で1時間かけて到着した。昼過ぎに無事合流。初対面ではあったが世間話もそこそこに、ふたり逃げるように近くのホテルへ入った。

コトの合間に色々と話を訊けば、女は年末年始に特に予定がなさそうだった。「なら、ちょうどいいや」とそのまま女を自宅に連れ帰った。12月28日(土)から2泊させて12月30日(月)の朝。起きた時からおれの体調はおかしかった。

せきや鼻水は出ないが、寒い。ダルい。

女が数日前まで悩まされた風邪と症状が一致しているとのこと。そもそも暖房の効きが悪く肌寒い部屋の中で、服も着ないでアレコレしてたのだから仕方ない。

風邪をひいたきっかけは女かも知れないが、悪化させたのは自分である。とりあえず、寝込んでしまう前に女を車で送り届けた。

その夜、症状はさらに悪化。とにかく寒い。厚手の部屋着を着て、布団を3枚かけて寝ていても寒くてガタガタ震える。スポーツドリンクをたくさん飲んで寝た。汗をたくさんかかなければいけない。

死んだように寝て夜を明かした翌日、大晦日。

昼くらいに起きたものの、まだダルさと悪寒がある。起き上がるのもツライが、ずっと横になっていたため身体はバキバキになっていた。『ずっと横でいるのも大変なんだなあ。疲れるなあ。』などと考えながら、しぶしぶ起き上がる。おれには寝太郎の才能はないようだ。

換気扇の下でタバコを吸っている間、浴槽にお湯を溜める。普段はシャワーで済ませてしまうため、浴槽を使うのは7ヶ月ぶり。

寒気をまぎらわすために風呂に入ろう。温泉シリーズの入浴剤も多めに入れよう。浴室にタバコと灰皿とミネラルウォーターとスマホを持ちこんで準備万端。

お湯につかる前に頭や顔、身体を洗う。浴槽にお湯を溜めた日は、シャワーを使わない。浴槽のお湯を風呂桶で汲んで、行水で泡を流す。

その時、ふっと幼いころの記憶がよみがえった。小学校にもあがらない4歳か5歳の頃、親父や母ちゃんと一緒に風呂に入っていた時のこと。

親父も母ちゃんも、おれの頭や身体を毎日丁寧に洗ってくれた。「ほら、目をつぶりなさい」と言われるのが(泡を流すための)お湯掛けの合図だ。目に泡が入らないよう、必死に目をつぶって待っていると、頭上から大量のお湯が降ってくる。それはアトラクションのようで少し怖くて、でも楽しかった。

今でも必死に目をつぶって、お湯を浴びているおれは。素性のよく知らない女を年末の自宅に連れ込み、風邪をうつされ、大晦日まで寝込んでいるおれは。

変わってしまったなあ。こんな風になるなんて思わなかったなあ。

そんな呆れと苦笑の混じった感情まで洗い流せたらいいのだけど、そうもいかないからお湯につかろうとした時、浴槽のふちに置いてたスマホが鳴った。

母ちゃんから「風邪はひいてない?いつこっちに帰ってくるの?」とLINEが届いた。

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