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生成AI小説「時を超えた約束」(榊正宗)

 東京の摩天楼が慣れない星々を映していたある夜、2073年の地球は、一人の女性の瞳に焼き付いた過去を掘り返そうとしていた。

 真希はもう、かつての自分ではなかった。鏡に映るのは、白髪交じりで肌には疲れが刻まれ、衰えたその姿が、あの悲劇の日以来、時間をかけて変わり果ててしまった証拠だった。かつての丸みを帯びた顔は、悲しみで削ぎ落とされ、メガネの跡すら消えていた。視力回復手術は成功したが、失ったものの大きさに比べれば些細なものだった。本人的にはやつれたと思うのだが、古い友人には前より美人になったと皮肉をいわれることもあった。それだけ、昔は太っていたのだ。地味でオタクの自分に、まるで釣り合わないアイドルのような容姿の彼は、ほんとうに心から優しく接してくれた。そう、ひかるはこんな私を愛してくれたのだ。

 ひかるがこの世を去ってからの10年間、真希はその運命を変えるために物理の法則さえも曲げてしまおうと、執念とも言える研究に没頭していた。美しく、やさしい顔立ちのひかるは、真希の心の中で生き続けているが、彼女の目にはもうその姿は映らない。彼女にとって、ひかるはある種の幻想で、触れられない過去の象徴だった。

 彼女は自分の容姿がまるっきり変わるほど長い時間のなかで、ついに過去に戻る方程式を解き明かし、タイムマシンを完成させる。それは、まるで科学雑誌から抜け出たような、非現実的な装置だった。真希は、自分自身の破滅を承知で、過去に飛び、ひかるを救うと決心する。それは、ひかるの死を回避し、彼らの運命を再編するためだけのものだ。この装置は過去に戻ることはできても、未来へは帰れない。彼女はただひかるを救うためだけに一度きりのタイムトラベルにその身を投じることにしたのだ。

 彼女がタイムマシンのスイッチを押すと、周囲の空間がゆっくりと歪み始めた。彼女の視界は、まるで水面に投げ入れられた石が巻き起こす波紋のように揺れ動いた。時間と空間が交錯する感覚は、まるでSF小説の中にいるかのようだった。

 目を覚ました瞬間、彼女は公園のベンチで横たわっていることに気づいた。身体と身につけた衣服だけがタイムスリップした彼女は、未来への帰路を失っていた。タイムマシンは彼女を過去へと送り込んだ後、その役目をおえて時空の中に消えていた。

 周囲を見渡すと、ひかるの純真な目が彼女を見つめていた。彼の目に映る子供のような無邪気さが、彼女の心に深い感銘を与えた。時を遡って触れ合うことができたのは、彼の変わらぬ魂だけだった。未来に戻ることのない彼女は、時空を超える静寂な機械に導かれ、静かにこの時代へと溶け込んでいった。

「真希?」彼の声は不確かながらも、暖かみがあった。
「どうしたんだい、その顔は……」

「ひかる、私は未来から来たの。あなたを救うために」彼女は一瞬たじろぐが、落ち着きを取り戻し、彼の疑問に答えた。

「未来から? それはどういう……」ひかるの額にしわが寄る。

 彼女は深呼吸をして、彼の目を見つめた。
「信じられないかもしれないけど、私はこの瞬間を救うために戻ってきたの。あなたの……あなたの死を回避するために」

彼は真希の目をじっと見つめ返す。彼女の眼差しには、時間を超えた悲しみと決意があった。その瞬間、彼には彼女の言葉の重みが伝わったようだった。

「死ぬ、俺が?」

「ええ、でも、私がいるから大丈夫。一緒に未来を変えられる」

「そうか、真希がいれば……安心だな。俺は難しいことわかんないけど、真希はいつも俺をおどろかせてくれるね」彼の表情が変わり、柔らかな笑みが浮かぶ。

 その時、彼らの世界は一変する。過去の真希が現れ、その瞬間は破壊と創造の狭間で揺れ動いた。

「ひかる! この人は誰?」過去の真希は困惑と狼狽を隠せない。

「私よ、真希。あなたから10年後の……」未来の真希はあわてて取り繕うよう言った。

「10年後? なにをいってるの? あなた誰? なんで、ひかると……」過去の真希は怒りに震えていた。別人のような容姿をした未来の真希を過去の真希は自分とは認められなかったのだ。

「待って、おちついて話し合おう!」ひかるが両者の間に入り、手を振る。

「私の時間は、もうすぐ終わるの。あなたたちの邪魔はしないわ……」未来の真希が続ける。

 街灯が瞬く東京の夜、三人の影がアスファルトに長く伸びていた。過去の真希の目には、理解できない光景が広がっている。彼女の視線は、目の前の未来の自分とひかるとの間に漂う見えない絆に釘付けになり、その心は疑念と嫉妬で湧き立つ。

「ひかるは私のものだ!」彼女の声は、夜の静寂を裂き、震えるほどの怒りを帯びていた。

「聞いて、これは誤解よ、私たちはただ……」未来の真希が彼女をなだめようと前に出る。

 しかし、言葉は途切れる。過去の真希が未来の自分に向かって、思いもよらず突進してきたのだ。彼女の動きは、痛みと混乱に満ちた絶望の表れだった。

「やっぱり騙してたのね! 地味でオタクの私なんかに……最初からおかしいと思ってたわよ!」と叫びながら、彼女は未来の真希を突き飛ばす。バランスを崩した未来の真希の体が後ろに傾く。

 その瞬間、ひかるの本能が反応する。彼は無意識のうちに動き、未来の真希を庇うために身を投げ出す。彼の動作は、まるで時間を凍らせるかのように緩慢で、そして美しかった。

 しかし、その美しい試みは、冷たい現実によって翻弄される。突然の車のヘッドライトが彼らを捉え、短い悲鳴が夜を切り裂く。ひかるの体が、まるで紙片のように軽々と宙を舞い、そして無残にも地面に叩きつけられる。

 未来の真希は、時間が逆行するかのようにゆっくりと地に膝をつく。彼女の目から流れ落ちる涙が、アスファルトに点を打つ。ひかるの運命は、再び、そして予期せぬ形で尽きてしまった。過去の真希は、冷たい現実に打ちのめされ、言葉を失い、自分の行動の重大さを理解し始める。静寂の中、痛ましい事故の残酷な結末が、彼らの未来を再び塗り替えた。

 月明かりがひかるの横たわる体を照らしていた。未来の真希の手は微かに震えながら、自らの終わりを意味する冷たい銃を握りしめていた。ひかるを救ったあと彼女はこの銃で自らの命を断つつもりだったのだ。しかしその銃口はいまや過去の自分に向けられている。彼女の瞳は、ひかるの運命を変えることができなかった無力さと、その結果として訪れる自らの苦悩を映し出していた。

 ひかるを救えるはずだった。その一心で、時間の奥深くに飛び込んだ。しかし、彼を失った後の自分が辿るであろう苦しみの未来は、もはや避けられない。未来の真希は、瞬時にすべてを判断し、その苦悶を終わらせるため、過去の自分に銃口を向けた。

「これでなにもかも本当におしまいね……」未来の真希の声は、悲痛で、それでいてどこか安堵を含んでいた。

 過去の真希は、彼女の選択を理解したように、一瞬の静けさの中で未来の真希を見つめ返す。彼女の表情には、悲しみと理解が混じり合っていた。すべてを悟ったかのように、静かに頷く。

 トリガーが引かれ、一瞬の閃光が夜を切り裂く。時は凍りつき、続くのは銃声と共に降り注ぐ静寂だけだった。血の花が、過去の真希の体から広がり、彼女はゆっくりと地に倒れ込む。

 そして、ひかるを失い、自らの末路を選んだ未来の真希の姿は、静かに、まるで霧のように消滅していった。残されたのは、ひかると共に、未来への希望を失った過去の真希だけだった。月光が、哀しみに満ちた遺体を照らし続ける中、未来を変えるはずだった女性の時間は、切なく、美しく、永遠に終わりを告げた。

 夜の帳が東京を静かに包み込む。遠くの空には、時を越えた旅人たちの目にだけ見える星が、ひそやかに輝いている。

 そこにひっそりと姿を溶け込ませていた未来からの観察者は、暗闇の中でこの悲劇の全貌を見守っていた。彼の目に映るのは、人類が初めてタイムトラベルを成し遂げた貴重な瞬間だ。

 彼は深くため息をつきながら、ガイドブックを閉じる。そのページには、タイムトラベルの危険性と、この夜に起きたことの重大さが記されていた。人類の歴史ではじめておこなわれたタイムトラベルの結末は、その後のタイムマシン研究に大きな影響を与え様々なルールを生み出したと書かれている。

「噂には聞いていたが、たしかにこれはひどい……タイムトラベルに厳しい規制とルールがつくられるわけだ……」と男はつぶやいた。彼の時代のタイムマシンは自分の生きていた時代へのタイムトラベルが出来ないようにロックがかけられているのだ。人類史上最初のタイムトラベルがもたらしたのは、未来に希望の光を与える発見ではなく、タイムパラドックスと倫理的ジレンマの複雑な絡み合いだった。

 彼の手がタイムマシンのコントロールに伸びる。一瞬、機械が静かなうなり声をあげ、彼の姿は霧のように溶けていった。

 夜の都市は知らぬ間に、時間の流れを変えるほどの愛と悲しみの物語を見せつけられた。そして、それは未来に語り継がれることなく、静かに終幕を迎えるのだった。


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