見出し画像

らっきょうの匂い

小さい頃からなんでもよく食べる子供だった。
それでも進んでは口にしない、存在意義の解せない食べ物はあった。
食感がグニュっとしていて捉えどころがなく、味もほとんどしない、茄子。
味噌汁に入っているのは大好きだが、冷奴のように1品料理になってしまうと質素な味が物足りなく感じてしまう、豆腐。
そして、らっきょうである。

幼い頃、家にはいつも祖父母がいた。
祖父母は夕食を17時くらいに食べていて、私も一緒にテーブルを囲んでいた。その時よく食卓で目にしたのがらっきょうの甘酢漬けである。
これが、臭うのだ。らっきょうのツンと鼻にくるネギ類独特の臭いと、さらに甘酢の刺激的な臭いで、他にどんな料理が食卓に並ぼうとも全てがらっきょう臭に包まれてしまう。その支配力のある臭いのために、私はらっきょうの甘酢漬けが嫌いだった。食卓に出されても絶対に手は出さなかった。

それを食べるのは祖父だった。
祖父はその白い物体をひょいと箸でつまみ上げ、ぽいっと口へ放り込む。そして透明のコップに入った日本酒をきゅっとあおり、旨そうに小さく息を漏らしたりする。その様子を信じられない思いで眺めつつ、私は夕飯を食べていた。
そう、祖父は夕飯時になるといつもコップ1杯の日本酒を飲んでいた。私は日本酒も臭いが苦手で「なんで大人はこんな臭いものを飲むんだろう」と全く理解できなかった。
祖父が日本酒のあてにらっきょうを食べ終えると、らっきょうが残った小鉢にぴっちりラップをかけて早く冷蔵庫へしまうよう、祖母にせがんだものだ。

とにかく、らっきょうとは強烈な異臭を放つものであると幼い頃に脳へ刷り込まれ、以降私とらっきょうは決して交わることのない人生を歩んできたのだった。

ところが今、私の目の前にはらっきょうがいる。
しかも土付きのらっきょうだ。
決して交わることのなかった平行線が、重なった。

以前、どこかの飲食店でごはんを食べた時に、料理の付け合わせでらっきょうの甘酢漬けを出された。
うげ、らっきょう!と怯んだのもつかの間、臭いも発さず、控えめな様子で佇む姿に驚いた。このらっきょうは付け合わせである己の分をきちんとわきまえている。幼い頃の記憶にあるらっきょうとは異なる風情に心をひかれ、思い切ってぱくっと口に入れてみた。
しゃり、しゃり、しゃりとらっきょうの皮に歯が当たる小気味よい食感。すぅっと清涼感のある風味が甘酢と合わさる。なにこれ、おいしい。
そして驚くべきことに、あの臭いが全く感じられないのだ。
臭くないらっきょうの甘酢漬けが存在すること、そしてらっきょうの甘酢漬けがおいしいということに、この時ようやく気付くことができたのだった。

衝撃の再会を経て、初めてらっきょうの甘酢漬けを手作りしたのは昨年である。
その時は皮を剥いてきれいに処理したらっきょうを、そのまま甘酢に漬け込んだお手軽な作り方だった。しかし今年は、塩で下漬けしてから甘酢に漬け込む本格的な方法で作ることにした。

土付きのらっきょうをざぶざぶと水で洗い、皮を剥く。艶やかな白い肌があらわになると共に、あの香りが漂ってくる。少しつんと鼻を刺激するけれど、でも記憶ほどにキツくはない。
ふと脳裏に浮かんできたのは、美味しそうにらっきょうの甘酢漬けと日本酒をやる祖父の姿だった。
あの時嫌いだったらっきょうの甘酢漬けを、今の私は好んで作ろうとしている。
さらに言えば、日本酒も好きになってしまった。

歳月というものは真に不思議なものだ。

私は大学入学を機に実家を出た。それから程なく祖父は体調を崩し、介護が必要な状態になった。私が大学を卒業して、社会人1年目であくせくと日々を過ごしている初夏に、祖父は亡くなった。
それから約10年。昔、祖父が旨そうな顔をしていたのが、やっと分かるようになった気がする。

毎年こうしてらっきょうを漬けるたびに、祖父のことを思い出すのだろう。
去年の甘酢漬けはカレーの副菜にばかりしていたけれども、今年は日本酒とやってみようかな。その組み合わせの妙を解せるかどうかはわからないけれど。
らっきょうの小鉢を挟んで、祖父と大人になった私が酒を飲み交わす、そんな画が心に浮かんで、私は小さく微笑んだ。

らっきょうの甘酢漬けのレシピ お手軽バージョン

《材料》
土付きらっきょう 1kg(新鮮なもの)
グラニュー糖 100g
塩 15g
酢 400ml
水 200ml

《作り方》
①水をためた大きめのボウルにらっきょうを入れ、流水で洗いながら、株になったらっきょうを1つずつばらす。
②包丁で、らっきょうの根元(付け根ぎりぎりのところ)と穂先(乾いた部分)を切り落とす。
③再びボウルに水をためて、らっきょうを洗いながら薄皮を剥く。傷があるものは、きれいなところが出てくるまで皮を剥く。皮を剥いてきれいに洗えたものから、ざるに上げる。
④鍋にグラニュー糖、塩、酢、水を入れて一度煮立てて、グラニュー糖と塩を完全に溶かして甘酢を作る。清潔な瓶やジッパー付き袋に③を入れ、熱い甘酢を注ぎ入れ、封をする。

※冷蔵庫で保管すると安心。1ヶ月くらい漬けると食べ頃になる。
この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ありがとうございます!次の投稿もぜひ読んでください!
53
食品加工を全力で楽しむ人。ラボ(我が家の台所)で試作したものを、食品加工の原理を絡めつつレポートにして公開していきます。食べ物エッセイもぼちぼち書いています。

こちらでもピックアップされています

note編集部お気に入りマガジン
note編集部お気に入りマガジン
  • 16431本

様々なジャンルでnote編集部がおすすめしている記事をまとめていきます。

コメント (4)
はじめまして(*^^*)味覚って変わりますよね。私は漬けこんであるものが苦手でらっきょは生のまま、味噌をつけて食べるのが好きです。
私も最近らっきょうをいただくことがあって、日本酒と一緒に食べました。
匂いが苦手でしたが、食わず嫌いだということが判明してからはぱくぱく食べてしまいました。
ちなみに塩漬けのまま食べると少し辛くて美味しかったですね。
NAMINO KANATAさん、コメントありがとうございます。らっきょうって生のまま食べられるんですね!らっきょう初心者なので知りませんでした。新鮮なものが出回る旬の時期だからこそ楽しめる食べ方ですね。試してみます。
はげめがねさん、コメントありがとうございます。塩漬けのままでも食べられるということ、私も最近知りました。でも今年作ったものはすべて甘酢漬けにしてしまって…。塩漬けで食べるために、もう一度作ろうかなと思っています。早く日本酒と一緒に食べたいです。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。