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【ウクライナ情勢】プーチンには治療が必要だ

 一線を越えた。21世紀によみがえった帝国主義の亡霊か、とあきれる気持ちもある。ロシアによるウクライナ東部の親ロシア派支配地域の独立承認と直後の全面侵攻は、ウクライナという国家の領土の一体性をこれ以上ないほど明確に毀損し、疑う余地のない国際法違反だ。入念に作戦計画を練り数カ月をかけて15万人を超える兵力を国境付近に集結させた末、三方からウクライナ侵略に着手したロシアの行為は、国連憲章が禁じる「武力による威嚇および武力の行使」による一方的な現状変更と見なす他ない。そこには自衛の概念の一片も認めることはできない。

 「ウクライナはわれわれ自身の歴史、文化、精神的空間の切り離しがたい一部」「現在のウクライナはすべてロシアによってつくられた」「ウクライナは真の国家として安定した伝統がない」。ナショナリズムと被害妄想にとらわれたプーチン氏の演説には、目まいを催すような違和感を覚える。ロシア政治を大学卒業後30年以上観察してきた同僚の感想は、「ぞっとした」である。

 独りよがりな思い込みで暴走した関東軍でさえ、満蒙領有の口実を得ようと柳条湖事件を自作自演して傀儡国家・満州国を建国する程度の小細工を弄したが、ロシア軍は口実づくりすらまったく放棄して唐突にウクライナ東部の独立を承認した。ロシア軍が東部情勢とは何の関係もない首都キエフの奪取とゼレンスキー大統領を狙った「斬首作戦」の遂行にまい進するに至っては、もはや正規軍の皮を被った無法武装集団に等しい。

 プーチン氏は北大西洋条約機構(NATO)がロシアの安全を脅かしているからこその自衛の措置だと主張するものの、NATOがロシアを「武力で威嚇」した事実などない。そもそもウクライナはNATO加盟国ではないし、緩衝地帯を備えた「勢力圏」が存在しないと枕を高くして眠れないなどとプーチン氏が考えているなら、治療が必要なレベルの病的な精神状態だろう。

 今回の侵略から暗い予感を持って想起するのは、「勢力圏」という19世紀型の権力政治的発想を信奉するロシアと国境を接する日本の地政学的位置の不安定さだ。なんとなれば、日本には隣人として、「中華民族の復興」という19世紀以来のルサンチマンにまみれた思想と「強国」を掲げる共産党一党支配下の大国・中国も抱えているからだ。権力政治の亡霊に憑依されているロシアおよび中国と、領土的野心やナショナル・プライドの充足を超克した新たな幸福の実現を(少なくとも建前上は)目指す国家群との分断線の最前線に、日本は位置しているのだ。

 分断線はこれまでも見えていたが、見えないふりをしてきた。今回の戦争を境に、それをないものとして扱うことの危険がはっきり分かってしまった。それでも穏健良識派のブリンケン米国務長官はまだ分断を糊塗することは可能と考えたのか、ウクライナ東部の独立承認という悲しいニュースの直後に中国の王毅国務委員兼外相と電話会談し、ウクライナの主権と領土の一体性を保護する必要があると訴えた。「いかなる国の合理的な安全上の懸念も尊重されるべきだ」とした王氏の回答に誤解の余地はない。ロシアの安全上の懸念を尊重せよ、ということだ。「中ロ枢軸」というと表現が強いかもしれないが、50年前にニクソン訪中を受け入れ米国の対ソけん制に手を貸した中国外交の姿は歴史の彼方に消え去り、中ロ協調は既に可視化されている。

 個人的には、「国益の追求」とか「勢力均衡」とかといったリアリズムに根差した国際政治観からはオサラバしたい。がしかし、広域指定暴力団の脅しさながらの展開をこうして再び見せ付けられては、国家の、そして国家という共同体の中で暮らす個々人の安全を保障するには、国家間の力関係に基づくリアリズムを無視できるわけがない。フォースにはダークサイドとライトサイドがあり、その均衡が重要だ、とハリウッドの偉い人も諭してきた。ロシアのダークフォースが裂度を増した時に、「ウクライナへの軍派遣はない」とフォースを使ったパフォーマンスすら端から排除してしまったバイデン米大統領に今日の事態を阻止することは不可能だった。辛酸をなめているのはウクライナの民草であり、徴兵の名の下戦地に送られ無用な蛮行を強制された息子の死を嘆くロシアの母親たちである。

 露西亜帝国会プーチン会長と共産中華復興会・習近平会長(と金剛山王統会・三代目金正恩組長)がシマを張る不穏な町内に住むノンポリサラリーマン・日本が最後に頼りにするのは、米警察のバイデン本部長だが、米警察はこのところ内紛で職務への意欲を失いがちだ。どうすれば良いのかとため息をついていて済むならそれでいいが、そういうわけにもいくまい。

※22日アップロードしたものをロ軍の全面侵攻着手を受け改稿しました。

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