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【備忘録】朝日新聞「耕論」の「地政学批判」への批判

朝日新聞の論説面「耕論」に、今はやりの「地政学」批判を狙ったと思われる論考が載っていました。プロフィール欄で「気になったキーワードは、『地政学』『教養』『小室圭』」と書いている手前、気になって仕方なく、解約前提でデジタル版を契約してまで読んでみた。結果、強い違和感を覚えたので、思わず書き殴りです。

「耕論」に登場する論者は、北岡伸一氏(政治学者、前JICA理事長)、渡辺敦子氏(金沢大学准教授)、金野典彦氏(ポルベニールブックストア店主)の3人。地政学に対するスタンスは、北岡氏が中立~やや肯定的(ただし、「地政学という言葉を使わなくても大事なことは語れる」と話している)、渡辺氏はやや否定的(「地政学というマジックワードに惑わされず、国際関係と地理的条件の複雑な関係を直視していくべきだ」)、金野氏は否定的、という案配です。

全体として「皆さん流行に惑わされないように」というメッセージが伝わってくるが、とりわけ「あれれ?」と感じたのが、金野氏の見解です。

書店店主である同氏いわく、「『地政学』に関する本は置いていません。国家や国際関係を論じていて、主語が大きい。語られることを個人として引き受けられず、責任を持てないと感じます」。「主語が大きく個人として責任を持てない」と言うから、地政学だけでなく、国際政治・国際経済全般も扱わない、ということでしょうか。

とはいえ金野氏、後段では「地政学の本を置かないのは、それが支配のために学ばれてきたことも理由かもしれません」とも語っておられる。こちらが本音かなあ、と思いました。

地政学にあまりよろしくないイメージがつきまとうのは事実でしょう。代表的な地政学者ハウスホーファーがナチスと結び付いたという史実が決定的ですが、戦後も「権力政治家」のイメージが強烈なキッシンジャーが多用したことで知られています。北岡氏が指摘するように、地政学には、戦後日本が忌避してきた「パワーポリティクス」の印象が強いのです。

「地政学とは果たして学問なのか」という問いも繰り返されてきました。地政学は「戦略論」と並び、日本の大学では長い間、専門的な学問分野としてほとんど認知されてこなかった経緯があります。この点については、渡辺氏が「地政学の『力』は、普遍性や客観性より主観性を重視する点にあります」と述べておられる。

とはいえ一方で、地政学が米欧ロでそれなりにまじめに語られてきたのは事実だし、何なら金融の世界でも「地政学リスク」という言葉が頻出します。軍隊を動かす人たちが地政学を考慮しているなら、これを無視するのではなく、知識として把握しておくぐらいはしておかないと、現代の戦争への理解を欠くことになるでしょう。

今回の「耕論」の構成は、国際政治の権力政治的側面を軽視し、地政学とか戦略論とか軍事学を忌避してきた戦後日本の高等教育の在り方と相通じるものがあります。

アカデミズムの視点からは、地政学がやや曖昧な概念であることは否定しません。日本が軍事以外の分野で国際的に貢献していくべきだという論にも全面的に賛成です。

ですが、その貢献の前提として、パワーポリティクスへの理解と感度も十分高めておかなければいけません。「地政学とは何ぞや」「地政学的に日本を取り巻く状況をどう説明するか」という問いに答える努力は、必要だと思います。

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