見出し画像

【備忘録】反撃能力は路線転換ではない

※画像は自衛隊鹿児島地方協力本部の公式ツイッターアカウントより

 日本政府は来週にも閣議決定する「国家安全保障戦略」など戦略3文書の改定で、「やむを得ない必要最小限度の自衛措置として、相手の領域内で有効な反撃を加える能力」(反撃能力)の保有を明記する方針だ。「反撃能力」の整備は日本を取り巻く安全保障環境の悪化に応じた防衛政策の発展の一里塚ではあるが、日米同盟路線という既存の政策枠組みからの方向転換を意味するものではない。専守防衛を掲げてきた防衛政策の「大転換」になるという指摘には、誇張がある。

「座して自滅を待つべし」にあらず


 日本の防衛政策には、防衛力整備、つまり「どういった装備・兵員をどれだけの量保有するか」と、運用方針、つまり「保有する戦力をどう使うか」という二つの側面がある。この二つはいずれも、「戦争放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を定めた憲法9条に由来する、自衛のための必要最小限の実力の保持・行使という原則と整合的だ。少なくとも、歴代政府が確立してきた論理では、そういうことになっている。

 反撃能力の保有で問題になるのは、このうち防衛力の整備の側面においてだ。この際、9条に直結した基本原則として機能してきたのが「専守防衛」である。

 専守防衛とは、「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛政略の姿勢」のことだ。文言上は、どういった場合にどういった形で防衛力を行使するかという運用上の原則も含んではいるが、専守防衛が問題になるのは、「どのような装備を導入するか」という議論が浮上した時がほとんどだった。

 例えば、専守防衛という言葉は当初、自衛隊として整備すべき航空戦力が9条の下で許される必要最小限の実力であると政府が主張するために登場した。1955年、杉原荒太防衛庁長官は次のように国会で答弁している。

 厳格な意味で自衛の最小限の防衛力を持ちたい。決して外国に対し攻撃的・侵略的空軍を持つわけではない。もっぱら日本の国を守る。もっぱらの専守防衛という考え方でいくわけです。

 従って、反撃能力を巡る論争の場合、これを保有することが専守防衛の原則を踏み越えることになるか否かが焦点になる。反撃能力の保有が、専守防衛の破棄ないし破棄に等しい変更を迫るのであれば、政策の「大転換」と言ってよい。

 注目すべきなのは、反撃能力、ないし岸田政権が反撃能力と言い換える前の表現「敵基地攻撃能力」の保有について、政府がどう捉えてきたかだ。この点に関し、政府の立場は1956年の鳩山一郎首相の答弁(船田中防衛庁長官代読)で示され、これは今も維持されている。

 わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である。

 もう一つ、専守防衛の下では「性能上相手国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器の保持は、いかなる場合も許されない」という政府見解も反撃能力と関係してくる。「壊滅的破壊に用いられる兵器」とは、具体的には大陸間弾道ミサイル(ICBM)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母を指す。

 これに対し、反撃能力として現在想定されているのは、巡航ミサイル「トマホーク」や12式地対艦誘導弾の改良型、極超音速誘導弾、高速滑空弾で、いずれも「敵国に壊滅的破壊をもたらす兵器」ではないのは明らかだ。

 ロシアはウクライナ侵攻以来、同国に短距離弾道ミサイルや長距離巡航ミサイル、極超音速ミサイルを計数千発を撃ち込んだが、ウクライナは屈服するには至っていない。米軍は1980年代の配備開始以来、各種の紛争でトマホークを使用してきたものの、この攻撃が敵対国家を壊滅に追い込んだ例はない。

 つまり、これまでの政府見解に照らしても、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有は専守防衛の原則の下で否定されているわけではない。反撃能力の獲得は、敵領域内の目標攻撃を用途とした兵器の導入は初めてという点で大きな変化ではあるが、憲法・政策上の論理としては従来の専守防衛の範囲内であり、防衛政策の方向性を180度変える「大転換」とは言い難い。

「先制攻撃」の誤解


 以上の説明は政府のそれとほぼ同じであり、専守防衛の堅持は「建て前」で、実態としてはコペルニクス的転換に相当するのではないか、という疑念を抱く向きも多いだろう。その代表例が、反撃能力は国際法違反の疑いが濃厚ないわゆる「先制攻撃」の手段となる、という懸念だ。

 この問題に関しては、そもそも「先制攻撃」と「予防攻撃」を区別して議論する必要があるのだが、ここでは触れない。

 「先制攻撃」への懸念に対する簡潔な回答は、次の通りだ。自衛隊が敵軍事目標を狙った打撃力を用いる局面は、「武力攻撃事態」(日本有事)ないし「存立危機事態」(日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃のうち、日本の存立に直結するもの)である。平たく表現すれば、既に戦争に突入している状態であり、この段階における敵国領域内への攻撃について「先制的」かそうでないかを議論することはもはや無意味である。

 より厳密な言い方をすれば、自衛隊によるミサイル攻撃は、相手方が日本に対する武力攻撃に「着手した時点」で行われるのであり、アクション―リアクションという時系列では、リアクションに当たる。相手方の日本に対するミサイル攻撃を想定した場合の時間軸は、数日~数カ月ではなく、数分~数時間だ。自衛隊がミサイル攻撃を決断するより前に、日本に対する攻撃は始まっており、「先制攻撃」は敵に対する武力挑発となり危険だという議論は、観念的でリアリズムに欠ける。相手方としては、既に開戦の決断を下しており、「挑発に乗る、乗らない」という局面は過ぎているのだ。

 反撃能力の基軸となる通常弾頭のミサイルは、大規模な武力衝突を想定しない、標的を限定した攻撃か、これとは真逆に大規模な軍事作戦の一環として使用される。前者は米軍によるシリア空爆などが、後者はロシアによるウクライナ攻撃が代表例である。

 このうち前者は、特定の施設やテロリストの指導部など特定の人物を標的とした、他国領域における精密誘導爆撃で、自衛隊が「平時」にこうした作戦を実施することは現行の法律の枠組みでは不可能だ。日本が平時にこうした作戦の遂行を求められる場面も、現時点では想定できない。

 後者の場合、ロシアがそうであるように、ミサイル攻撃は戦時における軍事作戦の一環となる。相手の戦争準備が整う前に奇襲的に攻撃するという開戦パターンはあり得るだろうが、その場合でも、ミサイル攻撃は他の手段を含む大規模武力行使の一要素であるのが通例だ。相手の戦意をくじき戦争を回避する名目で、「先制ミサイル攻撃」に打って出る、などというシナリオは、いかに実戦経験に乏しい自衛隊といえども思いも寄らないはずだ。

 過去を振り返っても、これまで米国をはじめ各国が紛争で弾道・巡航ミサイルを使用してきた中で、これが挑発となって戦争を引き起こした例も、あるいは逆に、「先制ミサイル攻撃」によって相手国の開戦の決断を阻止できた例もないだろう。

 反撃能力に関しあり得るもう一つの懸念は、その保有が長年の専守防衛政策の恣意的変更と近隣各国に受け止められ、専守防衛という宣言政策の信頼性、ひいては平和主義を掲げてきた日本という国家に対する国際的信頼が崩れる、というものだろう。

 しかし、北朝鮮の核保有、中国による法外な軍拡と、ここまで安保環境が悪化している現状では、中国とロシアを除くほぼ全ての地域各国は、自衛能力の強化を目指す日本の姿勢は当然だと受け止めるだろう。現に韓国の尹錫悦大統領はロイター通信のインタビューで、「日本政府は北朝鮮のミサイルが自国の上空を通過するのを見過ごせないと考える」と述べ、日本の防衛費増額に理解を示した。

「盾と槍」から「剣と槍」へ


 反撃能力と専守防衛との関係は上述の通りだが、より広い視点から、日本の安全保障政策の基盤である日米安保体制ないし日米同盟路線と反撃能力保有の関係も考えてみよう。

 自衛隊が独自の打撃力を持つことで、日本領域の防衛は自衛隊が、領域外での打撃作戦は米軍が行うとした「自衛隊は盾、米軍は槍」の役割分担が意味を成さなくなれば、同盟に依存しない完全な「自主国防」という方向性も選択肢として浮上してくる。まさに防衛政策の「大転換」である。

 しかし、公表されている政府・与党の説明の中で、日米同盟路線から離れて「自主国防」の道に進むためだとして、反撃能力の保有を唱えたものは確認できない。

 自民党は今年4月にまとめた「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」で、早急な防衛力の抜本強化が必要な理由の一つとして、それが「同盟国である米国の対日防衛コミットメントを更に強固にする」からだと説明した。反撃能力の獲得は、米国離れではなく、米国をつなぎ留める方策の一つと位置付けられているのだ。

 そもそも反撃能力の柱となるミサイルの運用は、敵領域内にある目標の探知、選定、攻撃誘導といった多くの局面で、米人工衛星や米軍機からの情報の即時共有をはじめとする米軍の支援なしには成り立たない。情報収集のため低軌道上に多数の小型衛星を配備して連携させる「衛星コンステレーション」の整備をはじめとした独自政策により、将来の自衛隊単独による運用の可能性も完全には排除していないようにみえるが、現時点では米軍との連携強化という方向性しか見えてこない。岸田首相も、反撃能力の検討については「憲法及び国際法の範囲内で日米の基本的な役割分担を維持しつつ」進めると表明している。

 もちろん、自衛隊が一定の打撃力を保持することで、「盾と槍」という日米の役割分担は多少は修正されるだろう。米軍関係者の中には、自衛隊は「盾」に加え「剣」を手にしたとし、日米の関係は「剣と槍」になると評する向きもある。

 ただ、米軍という「槍」が必要不可欠という状況は不変であり、日米の役割の根本的変更に至るというわけではないだろう。反撃能力の獲得と日米同盟の関係については、次の論評が的を射ているように思う。

 日本独自の敵基地攻撃能力は、日米軍事協力の枠内でしか意味を持たないことは明白で、現状の米軍による「矛」の役割の一部を日本が肩代わりするという構図なのである。まさに、日米一体化が新たな段階に入ることとなる。
添谷芳秀「日米同盟と多国間安保-バージョン2.0」『論評-RIPS' Eye』

対中朝ゲームチェンジャーではない


 これまで反撃能力に関する日本政府・与党の説明および想定される運用について論じてきた。ここからは、反撃能力の戦略上の含意、つまり、それが安保環境に及ぼす影響を考察してみたい。もし自衛隊による反撃能力の保有がアジア太平洋地域の安保環境を大きく変えるものであれば、日本の意図に関わりなく画期を成すことにはなるからだ。

 この点を論じるには、岸田政権が強調する「抑止力」の観点から検討すると分かりやすい。

 抑止とは、「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」軍事力の役割である。通常ミサイルを軸とする反撃能力は、抑止力の中でも、相手に武力行使による目標達成は困難と思わせ、攻撃を断念させる「拒否的抑止力」に分類される。

 上記の定義を念頭に、まず反撃能力が北朝鮮の行動を抑止できるかどうかを検討する。

 北朝鮮の武力攻撃といっても、それがどういうシナリオになるのかを予測することは難しい。ただ、仮に南北統一を目指す南進(第二次朝鮮戦争)を想定した得た場合、北朝鮮にとって最も重大なのは、米軍の介入であろう。

 北朝鮮はこれを阻止するため、在韓・在日米軍やグアムの米軍基地・部隊に限定核攻撃を加える能力を保持し、核の脅しによって米軍を萎縮させる必要があると考えているだろう。多様な核ミサイルを開発し、米軍に対する限定核攻撃の成功の蓋然性を高めることは、米側に北朝鮮の核の脅威を真剣に捉えてもらうために必須となる。

 では、日本の反撃能力は、北朝鮮の計算に影響を与えるだろうか。換言すれば、日本の通常ミサイル戦力は、地域の米軍に対する北朝鮮の核攻撃を困難にするだろうか。

 そうした理由になると信じることは難しい。通常ミサイルをいくらそろえても、北朝鮮の発射台付き車両などに積まれた核ミサイルを破壊し尽くすことは不可能だろうし、ロシアの猛烈なミサイル攻撃を受けるウクライナ軍が健在である事実が示すように、北朝鮮軍全体の戦力をまひさせることもできない。つまり、日本の反撃能力によって北朝鮮の核攻撃能力が極端に削がれることはなく、従って、北朝鮮の開戦の意思決定に与えるインパクトは限定的である。

 中国はどうだろう。もっとも烈度の高い紛争として想定できるのは、台湾の武力併合を意図した米中開戦だ。この場合、日本に関係した中国の作戦目標は、台湾上陸作戦の前提となる南西諸島方面の航空・海上優勢の確保であり、最大の障害となる前方展開米軍部隊とその根拠地である在日米軍基地は主な潜在的標的となる。

 では、日本が通常ミサイルで中国沿岸部の航空拠点をたたく反撃能力を保持していれば、中国軍による航空・海上優勢の確保はより困難になるだろうか。答えがイエスなら、反撃能力は中国側の作戦発動の衝動を抑える要因になる。

 高橋杉雄氏によれば、中国の航空基地の破壊を念頭に置いた場合、弾道ミサイル・極超音速ミサイルを「数量的には数十、多くて100を少し超える程度」そろえればある程度の効果を期待できる*1。ただし、足の遅い巡航ミサイルだと「最低でも数百の単位、できれば千を超える数」でないと戦略的インパクトはごく小さい*2。

 高橋氏はその上で、日本としては、中国の海上優勢の確保を阻止することを目標とし、対艦ミサイルを使った飽和攻撃能力を強化する方が「セオリー・オブ・ビクトリー」(政治目標を達成するための戦争の大まかな戦い方=勝ちパターン)にかなっているとの考えを示唆している*3。日本が掲げる戦術目標として合理的なのは、航空優勢ではなく海上優勢の確保の阻害だという指摘だろう。そして、そのために必要な対艦ミサイルは敵領域内での打撃を意図した兵器では必ずしもない。

 いずれにせよ、千発単位のロシアのミサイル攻撃を受けてもウクライナ側の航空戦力が決定的損害を被っていないという「戦訓」を踏まえると、保有するミサイルの数量やその性能次第とはいえ、自衛隊の反撃能力が中国の開戦の意思決定を左右する決定的な要素になると断言することはできない。少なくとも、ゲームチェンジャーと呼べるようなインパクトを与えることはないだろう。

 中国は、いわゆる第1列島線(九州~沖縄~台湾~フィリピン~南シナ海)内での米軍の行動の自由を制限し、かつ第1列島線と第2列島線(小笠原諸島~米領グアム~パプアニューギニア)の間で米軍部隊の接近を阻止する「接近阻止/領域拒否(A2AD)」戦略の推進、対米核戦力の増強と生存性の向上、サイバー能力の強化といった既存の軍拡路線を粛々と推し進めていくはずだ。日本の反撃能力保有を受け、沿岸部の航空基地の抗たん性強化などを迫られるというコスト賦課に直面する可能性もあるが、台湾有事での米軍の介入阻止能力の拡充という基本路線は不変である。

 従って、日本の反撃能力が北朝鮮や中国を過度に刺激して軍拡競争を引き起こし、安保環境の重大な悪化を招くとは考えにくいし、逆に、反撃能力によって地域の軍事バランスが日米優位の方向に大きく傾くという可能性も低い。中朝が敏感に反応するのは、米軍の動向の方ではないだろうか。

抗たん性と継戦能力の向上が重要


 それでも政府が反撃能力獲得に走る背景には、安保環境が悪化する中でも日本は拱手傍観しているだけだというメッセージを、中国や北朝鮮に送るわけにはいかないという事情がある。さらに、同盟国・米国の信頼維持のためにも、自国防衛や地域の軍事バランスの維持に向け積極的姿勢を示すという思惑もあろう。

 つまり、反撃能力の獲得は受け身の政策であると同時に、多分に政治的思惑から導き出されたという側面がある。「軍国主義」の再来といった懸念がもしあるとすれば、的外れな議論だ。

 抑止においては、自国の先制攻撃では相手方に大きな打撃を与えられないと敵対国家に思わせることが重要だ。この点で、今回の戦略3文書の改定では、反撃能力以外にも重視すべきポイントがある。

 まず、自衛隊や在日米軍基地の抗たん性の向上が急務だ。自衛隊や米軍が攻撃を受けてなお部隊を動かし、作戦を遂行する能力を一定程度維持できると相手方に思わせることができれば、相手方は先制攻撃の効果について慎重に考えざるを得なくなる。

 同様の理由で、弾薬の備蓄をはじめとする継戦能力の向上も重要だ。いずれも地味な上にカネがかかる課題だが、反撃能力に過度にとらわれることなく、足元を固める地道な努力を忘れてはならない。

*1 高橋杉雄「ポストINF時代の日本の課題」『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房、2020年)317頁。
*2 同上、320頁。
*3 同上、319頁。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?