【前編】人生を変えるヴィクトリースーツの生みの親、勝友美社長に聞く「コンフォートゾーンを抜け、ビジネスで成功する方法」
袖を通すたびに、自らを奮い立たせる原動力となる。それを実感した利用者から、いつのまにか“ヴィクトリースーツ”と呼ばれるようになったスーツがあります。今回のゲストはヴィクトリースーツの生みの親、株式会社muse代表取締役の勝友美さんです。信念を貫き働くことの意義とは何か。本記事は、前編・後編の2部構成でお届けします。
―― 日本では女性テーラーは珍しいとうかがっています。なぜ、この領域で起業をしようと考えたのでしょうか。
勝さん
私は子どものころからファッションが大好きで、高校を卒業したらアパレル業界に就職すると決めていました。ありがたいことに販売員になることができ、得た知識を補うようにして、この業界でキャリアを積んでいきたいと考えていました。そこで、最後に出会ったのが“オーダースーツ”という職人の世界だったのです。
以前は、百貨店の既製品売場に勤めていたのですが、どのブランドもレディースフォーマルウェアの構成比は10%程度です。当時は「女性活躍推進」のような言葉もありませんでしたし、キャリアウーマンもまだ少ない時代でした。私自身は仕事でスーツを着る機会があったのですが、心躍るようなスーツが世の中にありませんでした。本来スーツを着るときは、パフォーマンスを発揮しなければいけないときなのに、スーツを着ることで気持ちがマイナスになっている。そんな印象から、スーツが好きではありませんでした。でも、販売もスタイリングも経験していたので、次はものづくりの世界に入るか、雑誌社に入って世の中にファッションを広げていくかの2択でした。両方の採用面接を受けて気づいたのは、人と向き合う仕事がしたいということ。私を輝かせていたのは、ファッションを通じて人の役に立っているという実感だと自己認識できました。雑誌社の仕事はパソコンの前に座っている時間が多いので、より人と向き合えるスーツ業界に入ることを決めました。
オーダースーツは高価です。加えて、わざわざ予約をして採寸したり、生地を選んだりと、時間をかけて作ります。そこには、必ず目的を持って手にする人がいます。これまでに培ってきたノウハウを生かしながら、さらに知識を習得することができると期待に胸を膨らませてこの業界に入りました。
しかし、その期待はすぐに裏切られることになります。当時、ファストファッションが流行し始めたころで、その代表的なブランドの店舗が表参道にできていました。
時間をかけて一着を大切に着る文化はなくなっていく。すると、オーダースーツは売れなくなって衰退産業化していく。ならば、売るために価格を下げなければいけない。そのためには、接客時間を減らして回転率を上げる必要がある。だから、1分1秒でもお客様を早く帰す社員が高い評価を受ける。スーツ業界はこんな風潮から、オーダーメイドと真逆の考え方になっていたのです。これまでキャリアを積んで自信を持って接客していたのに、接客なんてしなくていい、とにかく回転率を上げなさいと。この業界に入ったことを心底後悔しました。
このような状況なので、技術継承も行われていません。スーツは採寸しないと作ることができないのに、技術継承しないでどうやって作るのでしょうか。技術を持たない私のような人間が接客をしたがために、中途半端な商品をお客様に提供してしまい「オーダーメイドってこんなものか」と受け取られる。そんな人たちを増やしていくようなことをスーツ業界自体がしていたのです。自分が売っている商品に自信が持てなくなっていきました。あんなにアパレルの接客が好きだったのに、お客様が来るのが怖くて……。毎日、吐き気と涙で会社に出勤するのが嫌になっていきました。
そんなある日、工場に見学に行きました。そこには、一心不乱にスーツを作っている職人さんがいました。「生地を切り続けて40年」「ボタンを付け続けて20年」といった話を聞いて、衝撃を受けたのです。職人さんに「どんなことを考えながら、ボタンを20年付け続けているのですか」と聞きました。すると、「このスーツをどんな人が着るのだろうと、着る人のことを考えて毎日ボタンを付けています」と職人さん。ここで魂に火がつきました。
本来なら職人さんの熱を冷ますことなくお客様にスーツを提供するのが私たちの仕事なのに、何をやっているのだろう。職人さんが長い年月をかけて習得した技術を駆使して作っているスーツ。その扱い方が間違っていると思ったのです。
勝さん
それから、働きながら色彩やパーソナルカラーの学校に通いました。また、「どのくらいサイズを変えたら人は感知するのか」という問いの答えを出すために、自分でさまざまなサイズの服を作って実験しました。結果、アームホールは2ミリから、ウエストは5ミリから体感することがわかりました。そんなふうにして、体にフィットして動きやすい服を研究していったのです。
女性が活躍する時代は必ず来る。レディースフォーマルウェアの需要が10%しかないと考えるのではなく、90%の見込みがあると考え直しました。私はこの構成比をひっくり返したい。世界的にも文化がなかったレディースオーダーメイドスーツの領域で、イノベーションを起こしたいと思うようになります。
仕事は誰にどんな未来を届けるか。これだけだと思うのです。私は未来に希望を持っている人たちに自信を提供したい。そして、オーダーメイドスーツは、いざというときに自分自身を奮い立たせるための服。この当たり前の価値観に原点回帰させたい。そんな思いに駆られるようになります。当時、レディースのオーダーメイドスーツを作れる会社は日本になかったので、起業するしかないと28歳のときに Re.muse を創業しました。
―― 世の中の流れとは逆方向に進路をとられていますが、周囲の反応はいかがでしたか。
勝さん
当時は、5万円のスーツを提供していたお店がつぶれる時代、50代の敏腕テーラーがお店をつぶす時代です。しかも、日本に女性テーラーがいない中で、一桁違う本物のスーツを提供する。工場の社長には、「やめとけ、月10着も売れないからすぐつぶれる」と言われました。
―― それでも、突き進まれたのですね。
勝さん
自分の人生に納得感がなかったのです。雇われるのがそもそも向いていない。自分のトリセツがなんとなくわかっていました。物事は等価交換なので、雇われないのであれば自分は何かをささげないといけないですよね。ならば、リスクを取るほうがいいなと思ったのです。
―― 最初に大阪に出店されていますが、このときのお話をお聞かせください。
勝さん
私、起業する1年前に交通事故に遭いまして、「よし起業するぞ」と決めた1カ月後に保険金が380万円おりたのです。アパレルの仕事って本当にお給料が安くて、トップセールスだったときも手取りで13万円ぐらい。1週間に1回250円のクロワッサンがご褒美という生活だったので、貯金がまったくありませんでした。なので、その保険金を元手に起業しようと思ったのですが、内装の見積もりを取った瞬間に380万円は超えていて、借金まみれからのスタートでした。
従業員はいなかったので、すべて一人でしなければいけません。営業の経験はありませんでしたが、とにかくやるしかない。交流会に参加して、自分が何を成し遂げたくて会社を経営しているのかを一人でも多くの人に伝えることから始めました。
会社のビジョンは、「100年先にも、Re.museがブランドとして存在していること」。ディズニーランドもシャネルもリッツ・カールトンもしかり、創業者がいなくなってもなお、人に勇気を与え続けています。そういう会社をつくりたいのです。
100人と名刺交換をしたら、100人に連絡。そのうち3人が会ってくれて2人がスーツを発注してくれる。そんなことを繰り返す日々でした。人間関係を始めるには、自分がいちばん大事にしていることを伝える必要があります。だから、お会いした人に私のビジョンを伝えたうえで、その人のために私に何ができるだろうとずっと考えていました。過去・現在・未来をすべて聞く。この人は何がしたいのか。何を大事にしているのか。そういうことを知らないで提案すると「お前に何がわかるんだ」となってしまうので、とにかくいろいろなことを聞いていました。
―― 自分の話したいことだけ話す営業からは、買いたいと思わないですよね。
勝さん
営業で大事なのは的を射る速さです。「え、なんでわかるの?」と何回思わせられるか。そのためには、想像力が必要です。では、どうやって想像力を養うのか。それは、想像のレベルを上げることです。たとえば、レストランに入ったとき、10人の店員がいたとします。すると、どの人が店長だろうとか、自分にサービスをしてくれているこの人は入社何年目だろうとか詳細に想像する。メールをしているときも、相手の人はなぜこの会社で働いているのだろう、やりがいがあるからなのか、お給料が魅力なのかとか、そういうことを考えています。
開店当時は、明けても暮れてもずっと営業していました。睡眠は2時間ぐらい。家に帰ってお風呂に入って、起きてもまだ乾いていない髪を束ねて営業に行くような生活をしていました。すると、ありがたいことに半年経つころには予約が取れないほど忙しくなって。いろいろな人が紹介してくれるようになっていきました。
後編はこちら
ライター コクブサトシ @uraraka_sato
meetALIVE プロデューサー 森脇匡紀 @moriwaking
meetALIVE コミュニティマネージャー 小倉一葉 @osake1st
写真:集合写真家 武市真拓
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