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第168話 戦乱の業火


 落武者がいる。
この一週間ほど、ふとした瞬間に落武者が脳裏にチラついている。

 大概の意味不明なビジョンとは、何かを浄化することでアカシックデータに処理がなされた後にビジュアル化して消えていく副産物のようだったが、この落武者に関しては、日毎に存在が色濃くなってくるので何となく気にはなっていた。

 それがある時、意図せずその落武者と私の意識が合わさった。苦悩に満ちた声が響いた。

「民を守れなかった。」

 そんな台詞を声を聞いた瞬間、この人はスサナル先生の過去世なのだと直感した。


 戦国の世、彼の装束は鎧姿。兜を被るための一つ結びが解けたことで落武者の髪型になっていただけで、実際に戦場から“落ち延びた”武者という訳ではないらしかった。どう呼んだらいいかわからなかったので、少し時代違いない気もしたが、ひとまず“お侍さん”と呼ぶことで落ち着いた。

 当時の平均身長が低いと言われている通り、焼け野と化した領土を茫然と見つめるお侍さんの立ち姿は、あってもせいぜい150センチといったところだろうか。一国の元領主はかつての面影なき焦土を目の前に、今も自分を責め続けていた。

「民を守れなかった。」

 何度もそう繰り返す彼に向かって、どうして民を守れなかったのかとゆっくり質問をしてみた。最初こそ、答えてしまっていいものかと躊躇う様子が見えたので、ここが安全であること、私に傷つける意図がないことを伝えたことで、ようやく少しずつ視えてきた。

「騙された。」

「騙された?……それって、何か裏切りに遭ったの?」

「ああ、裏切られた。部下に裏切られ、内通の末に謀られた(はかられた)。
民を、皆巻き込んでしまった。」

 彼の責め苦は酷かった。
後悔の念、懺悔の念……。信頼していた部下が敵に通じていて、そのせいで手の内が筒抜けのまま迎えた戦では当然の如く大敗を喫し、愛する国土も国民も、すべてを犠牲にしてしまっていた。それに対して『全部自分のせい』だと言って、頑なに自分を許せずにいる様子はとても痛々しかった。
 本当は一歩も身動きが取れないほどたくさん闇を背負っているのに、まるでそれらの感情を、一人ですべて負ってもまだ足りないといったように心は固く閉ざされていた。責任の苦痛に耐えることこそが唯一の償いであるかのようで、私に話してしまうことにすら抵抗してもがいていた。

「大丈夫、大丈夫だよ。
私に話したからといって、私は巻き込まれてしまったりしないから心配しなくて大丈夫だよ。
それよりね、あなたを慕っていた部下たちも国の人たちも、あなたが自分を許さないときっと極楽へと行けないと思うの。あなたに付いていくと忠誠を誓った人たちは、あなたを置いて、先に自分だけ極楽に帰ってはいけないって思ってるかもしれないよ。」

 おそらくは、仏教と封建制度とがベースにあるだろうこの時代。こんな風に話しかけると、彼がハッと息を飲むのが伝わった。

「あなたはもう、一人で充分背負ったよ。あなたはとっくに許されているのに、それでも自分を苦しめているんだよ。
……あのね、お釈迦様はそれをあなたに伝えたくて、それできっと私のことを、あなたの元に遣わしたのかもしれないって思ったの。
お侍さん、あなたは全部許されているよ。だから私が側にいるんだよ。」

 いつの間にか、二人で大号泣だった。私までたくさん切なくて仕方がなかった。
 ああこの人は、姿も時代も違うけれど、やっぱり一番大切なスサナル先生の魂なのだとそんなことを実感した。人に裏切られ、傷ついている過去世のそんな彼もまた、私にとっての大事な愛しい人なのだと心の底からそう思えた。

 それからまた、こんなことにも気がついた。
先生の魂に昔から憑いていた『イグアナの人間不信』が出てきたことで、他者に騙されたという『先生自身の人間不信』のカルマの過去世がこうしてようやく浮上してきた。
 螺旋を辿るとカルマとは、“克服されない限り”同じテーマで繰り返し取り組むことになるもののようだった。

 私にも、元々リトという『淋しさ』の核があったことで、それを餌にトカゲの淋しさという意識体が付着することができたと推測できる。
 ということはイグアナに憑依されるよりもずっと前、おそらく地球に来る前の先生にもさらに何らかの騙された体験があって、それを克服するために、再び同じカルマに挑んだのではないだろうか。結果は例え……またもこうして闇に沈んだとしても。

……

「おなご。」

 それから何日もお侍さんを視ていくと、いつの間にか私のことをそう呼んでくれるまでになっていた。

「おなご、そなたのお陰だよ。」

 初めて出会った時よりは、明らかに心がほぐれてきていた。とはいえそれでもまだ、彼が背負った闇の影は、長く、長く伸びていた。



written by ひみ

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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

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相変わらずビジュアライゼーションが苦手なんですが、拙い(つたない)ながらもこうして時々ビジョンで視えてしまうと、当時の様子にびっくりすることがあります。
このお侍さんの身長に関しても「なるほど!」。
般若になった女の子が、最初にお父さんに三つ指ついた文化にも「なるほど!」。
こういうことが、残された文献以外で感じ取れるのはおもしろいです。
なのでクレアボヤントさんが羨ましい笑

この、落武者ヘアに関しては当時調べました。
戦国武将って髷(まげ)ですよね。でも兜を被るには、頭より高い位置に髷があると邪魔で被れないので、首の後ろでポニテにしてから被るらしいんですね。(ドラマとかで観たことあります。)

で、兜っていうのは蒸れるので、月代(さかやき)といって頭頂部を最初から剃ってしまうんだそうです。
それで、負けて落ち延びようとする時重たい兜を脱いで逃走するので、ほどけた髪と月代のおかげであの髪型になってしまうそうです。
(実際には落ち延びるって、戦以上にサバイバル。まず生きて逃げきれなかったようですが。)
なるほど!文献ってすごい!

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←今までのお話はこちら

→第169話 曇りのち鶴のち花吹雪

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