移動ペット販売

夫が、どうしても廃棄物処理業の会社を辞めろというので、急に辞めました。
社長は、その日まで働いた分のお給料をすぐにくれましたが、
「あんた毎日遅刻してきたから少し引いておいたよ」
と言いました。
「好きな時間に来ていいって言ったのに〝遅刻〟って…」
保育園が始まる時間に合わせて子供を預けても、道路も渋滞しているし、
私が会社に着くころには、もう皆が働き出して何時間か経っていたので、
「やっと来た」
くらいの感覚だったのでしょう。
実際、すぐ出発できる状態で(全員がトラックに乗り込みエンジンもかけて)待たれていたこともありました。
まぁ、お昼もおやつも飲み物もついて時給1,000円ももらっていたんですから、文句はなかったですけど。

子供を保育園に預けていたため、何かしらの仕事をしていなければならなかったので、
「どうしようかな…」とぼんやり過ごしていると、
さすがに少しは申し訳ない気持ちになったのか、夫が
「これいいんじゃない?」
と、新聞に挟まれていたチラシを1枚渡してきました。
期間限定のペット販売のチラシで、下の方に、その期間働く人も募集ということが書かれていました。
小さい動物のお世話をしてお金がもらえるなんて、なんて素敵なお仕事でしょうか?

早速連絡してみると、面接もなく採用され、次の日から行くことになりました。

場所は、市街のはずれにある古い倉庫でした。
私より少し年上かな?と思うくらいの社長(男性)と、タトゥーが入った若いお兄さんの2人が、県外からたくさんの子犬を連れて来ていました。
そして、私のように手伝いで採用された人が、
若い女の子2人と、若い男の子が1人いました。

ダンボールを組み立て、
中にペットシーツを敷き、
水を入れたおわんを入れ、
子犬を入れます。
そのダンボールをずらっと並べた列が4列はあったでしょうか。
子犬は全部で50匹はいたと思います。

小さめの子犬できょうだいの場合は、
1つのダンボールに2~3匹入れていました。

1日に何回か、ドッグフードをふやかし、
おわんに入れて、ダンボールの中にいれます。

うんちをしたらとり、
ペットシーツがあまりにも汚れてしまったときには、交換します。
ごはんを食べるとすぐに出るので、その時間は大忙しでした。
また、子犬達が動いているときにはよく水のおわんをひっくり返してしまうので、何回も水を入れ直しました。

子犬なので、寝ている時間が多く、ほとんどの時間はただ子犬をながめていました。
もともと犬が好きで、種類もだいたい知っていたので、社長と社員のお兄さんが忙しそうなときには、お客さんに聞かれたことを答えたりしていました。

元気が良い子は、ダンボールに穴などをあけてしまうのでダンボールを新しくしたり、子犬自身が汚れてしまったら拭いてあげたり…何一つ嫌なことはない仕事でした。

日曜日だったでしょうか。
夫が仕事場に送ってくれて、帰りも迎えに来てくれた時に
「自分では気が付かないかもしれないけど、ものすごいにおいがするよ」
と言いました。
私と女の子2人は、いつも近くのコンビニでお昼を買っていたのですが、
「こいつらいつもくせぇなぁ」
と思われているんだな、と、そのとき初めて思いました。
コンビニの店員さんに嫌な顔や態度をされたことはなかったのですが。
以前、歯科医院で働く友達と遊ぶ約束をして、仕事帰りの彼女を迎えに行ったとき、彼女が車に乗り込んだ途端に、あの、歯科医独特のにおいが充満して、しばらくは車中からそのにおいがとれなかったことを思い出しました。
その後は、仕事帰りにスーパーなどのお店に寄ることをやめました。


お客さんは毎日たくさんやってきて、
子犬たちはじゃんじゃん売れていきました。
何十万もするのに、ローンを組んだりクレジットカードも使えるせいか、
若いカップルなども買っていくのでした。
自分のお気に入りの子が売れていくと、
「よかったね」という気持ちと、
「もう会えないのか…」
と、やっぱりちょっと寂しい気持ちになってしまいました。
お客さんの人相を見ては
「きっと可愛がってくれるだろう」
と思ったり
「え…大丈夫かな…」
と思ったり。

一緒に働いていた若い女の子は
1人は外見はギャルっぽかったのですが、ほわ~~んとしていて、
若い男の子とカップルでした。
もう1人は、ぽちゃっとした化粧っ気の無い子で、犬オタクという感じ。
お客さんにも積極的に話しかけて、知識を披露していました。
社長と社員さんは、特に犬が好きだからこの仕事をしています、という風ではなく、儲かるからしている、という感じで、子犬達にもクールな対応でした。
タトゥーの入った社員のお兄さんは、自宅でもその頃人気だったミニチュアダックスを育てて、増やしていると話していました。
県外のご出身でしたが、市内にある刑務所に入っていたことがあるからなつかしい、とおっしゃっていました。

犬オタクの女の子は、特に大型犬が好きらしく、サモエドという真っ白でフワフワした子犬がすっかり気に入ってしまい、ローンを組んで買いました。


しばらくすると、
子犬が次々に死んでしまうようになりました。
パルボウイルスという感染症が拡がってしまったそうでした。
お客さんに、子犬をさわるときにはビニールの手袋をしてもらい、
違う子犬をさわるときには手袋を交換するようにお願いしましたが、
なかなかそれは守ってもらえませんでした。

仕方なく、子犬は見るだけにしてもらい、
抱っこは禁止となってしまいました。
それまでは、さわり放題・抱き放題だったのですが…

たくさんいた子犬が、売れてもいないのにどんどん減っていきました。

そうはいっても、
私は死んでしまった子犬を見ることはありませんでした。
朝、出勤すると、もう元気な子犬だけが残っていました。
先に来た社長と社員のお兄さんで、死んでしまった子をよけ、
元気がない子は、奥の見えないところに置いていたようでした。
若いお兄さんだけは、その仕事を手伝っていたそうです。
社長はパッカー車を用意していて、死んでしまった子は、そこに入れられているようでした。

廃棄物処理業の会社で働くまでは、ゴミ収集車は、ゴミ収集車という名前で、ゴミを回収する仕事をしている人以外が所有することもある車だとは想像もしませんでした。
そんなにたくさんの子犬の死骸を、どこに捨てるのでしょうか…?
焼却施設に捨てた場合、残った燃えカスの中に骨があったら、騒ぎにならないのでしょうか…?
子犬だから、かたちもなく灰になってしまうのでしょうか…?

社長は仕事をしている期間、全く嫌な人ではなかったのですが、
その事実を知ってしまうと、さすがに見る目が少し変わってしまいました。

サモエドを買った子は、自分の子もパルボがうつっていないか心配していましたが、買った数日後から元気がなくなり、やはり死んでしまったそうです。
ローンを組んでいたので、そのことでごたごたし、仕事に来なくなってしまいました。


動物を扱う仕事は、ただただ楽しく癒される仕事だと思っていたのですが、命を扱う以上は、見たくないものも見えてしまうんだな…と感じました。

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