牛乳配達

2人目のこどもを出産しました。
ありがたいことに、この子もあまり手がかからない子でした。
夫が週末しか帰って来ないうえ、親戚も親しい友人も近くにはいない生活の私にとっては、本当に助かりました。

でも、こどもというのは、手がかからなくても、生きている以上はお金がかかるものです。

夫も私も独身時代の貯金はなく、お給料日当日に、あちこちに支払いするお金を振り分けると、残りは毎月雀の涙ほどでしたので、何とかお金を稼ぐ方法はないかと考えました。

ちょうどその頃、ママ友に、彼女の友人が、自分の軽自動車の助手席にこどもを乗せながら、昼間に牛乳配達をしているという話を聞きました。

昼間、こどもを連れて…というのは抵抗がありましたが、
二人が寝ている早朝のうちなら私もできるかも?と、考えました。
話を聞いてすぐに、近くに牛乳店はないものかと探してみました。

地図を見ると、わりと自宅の近くにあることがわかりました。
早速電話をして面接の約束をとりつけ、履歴書を持って訪ねてみました。

地図上では近かったのですが、その牛乳屋は山の上の方にあり、山の入り口までぐるっと遠回りをして行かなければならず、自宅からは車で20分ほどかかってしまうのでした。
でも、とても人のよさそうな奥さんが対応してくれ、彼女も私のことが気に入ってくれたようでした。
「とりあえずやってみよう!」
と、その場でいつから始めるかを決め、週に3回、早朝に牛乳配達をすることになりました。


いざ初日を迎えると、自分の考えはとても甘かったことがわかりました。

まず、配達する牛乳は想像以上に多く、自分の車に乗りきれる量ではありませんでした。
(まあ、面接時に自分の車でと言ったところ、「汚れちゃうからお店の車がいいよ。」と言われ、ではそうします、と答えはしたのですが)
牛乳を配達する軽トラックは、乗り慣れないマニュアル車でした。
更に、私の配達担当の地区は、牛乳店から15分ほど先へ行き、しかも坂道だらけの細い一方通行を行ったり来たり、ぐるぐるとまわるコースだったのです。
配達するお宅が、坂の下にあり、その坂道がやっと車1台分の幅で、Uターンもできない、というところまでありました。
前進で坂を下りてしまうと、そのままバックで坂道を登って出ないとならないのでした。
それは難しいので、最初にバックで坂を下るように入り、坂道で停車し、前進で出る、という方法をとらなければなりませんでした。
自動車教習所で練習した『坂道発進』が役に立つときがきたのです!


牛乳をとっている人には、もちろんいろいろな人がいるわけです。

牛乳を入れる箱がいつもキレイで空の瓶もきれいに洗ってくれている人、
瓶は洗ってあるけれど、箱が汚く臭い人、
飲んだままの空瓶を洗わず箱に入れてある人、
汚い箱に洗っていない瓶を入れてあり開けた瞬間から耐えられない臭いの人、
箱がコケだらけだったり、
ぼうぼうの木の枝をよけないと箱に牛乳が入れられない家もありました。
今にも飛びかかってきそうな大きな犬にわんわんと吠えられる家もありました。
ときには、前回配達した牛乳がそのまま入っていることもありました。

箱の底は、あまり汚いときはタオルなどを持って行って拭くように言われましたが、そんなことをしながらだと配達にとても時間がかかってしまいます。
お客さん自身も、箱を開けた時に「おえっ」とならないのかしら?と思いながら、いつも嫌がらせのように汚い家は、気付かないふりをしてそのまま配達していました。


配達の仕事を始めてすぐ、台風の日がありました。
ものすごい暴雨風。。。それでも配達を休むわけにはいきません。
カッパを着て配達しましたが、最初に牛乳をトラックに積み込む時点でもう下着までびっしょりでした。

家に帰ってから、体にはりついた濡れた服や下着を脱ぐと、全身がふやけていましたし、感覚はなくなっていました。
幸い丈夫な体でしたので、風邪などひくことはありませんでした。


担当の配達地区は、とにかく一方通行の道ばかりでしたから、1件でも間違えてしまうと、たとえそれが2件前でも、間違えた家まで戻るためにぐるりと回らなければならず、そんな時には家に帰ると、こども達がもう目を覚ましていることもありました。
長女はそのとき幼稚園の年中さんでしたが、しっかりした子でしたので、泣いて騒いだりせず、テレビなど観ながら下の子と待っていてくれました。

家を出発してから配達を済ませ家に戻るまでに、3時間はかかってしまうその仕事が嫌で仕方なくなったころ、ちょうど夫の転勤が決まりました。

牛乳配達の仕事は、ママ友で「私もやりたい」と言っていた人が、そのまま引き継いでくれることになりました。

後日談を聞いたところ、
彼女は、私もよく吠えられた大きな犬に噛まれたことがあり、
また別な人は、配達途中で交通事故にあい、片足を失ってしまったそうです。

めったにないことでしょうが、そんなことも起きてしまう可能性がある仕事です。

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