医工産学連携の基礎:(6) 共感① 「ニーズドリブン」と「デザイン思考」
この医工産学連携の基礎シリーズでは、ここまでまず医工産学連携のプレーヤーと、その中で一番わかりにくい人種「学者」とは何かについて解説してきました。
ここからは連携による技術開発・事業開発についての私なりの戦略について解説していきます。
まずはその根本にある思想と姿勢から。
信頼を形成するには?信頼の3要素
医療製品・事業開発とは直接関係はないのですが、ここではまず私の好きなTEDトークを一つご紹介します。TED2018でのProf. Frances Freiによるトーク、"How to Build (and Rebuild) Trust" です。
Frei教授はハーバード・ビジネス・スクールの教授で、またこのトークで触れられているようにUberの上級副社長(リーダーシップ担当)を務められた方でもあります。15分程度で日本語字幕・Transcriptもありますのでぜひご覧ください。
このトークでFrei教授は信頼を構築する3要素として
誠実さ authenticity
論理 logic
共感 empathy
を挙げられています。
このトークは、人間関係・組織における信頼は誠実さ、論理、共感によって形成されており、この3つが失われた組織において信頼を取り戻すための処方箋とは、というテーマで語られています。
この3要素を参考に、組織構築と同様に信頼される医療機器・ヘルステックサービスとは何か、を考えてみました。こうなります。
ユーザに対して「誠実」であり
「論理」的な機序を持ち
ユーザへの「共感」に満ちている
もう少し具体性をつけるとすれば
ユーザを騙すようなことはしてはいけない (誠実)
医学的・科学的なエビデンスと機序に基づいている (論理)
患者・医療従事者の痛みに寄り添っている (共感)
これらが医療機器にとって最も基礎的なこと&最も大切なことかもしれません。では「共感」とは具体的にどのような要素でしょうか?
ユーザへの「共感」:デザイン思考
このユーザへの「共感」に基づくソリューション開発によく用いられるのが「デザイン思考」(Design Thinking)です。
デザイン思考の定義には色々ありますが、最も有名なものの一つがStanford d.schoolで作成されたDesign Thinking Processの5 Stepを示したこの図です。
デザイン思考は、ユーザへの共感(EMPHATHIZE)から課題の定義(DEFINE)を行い、その解決策を発想し(IDEATE)、試作品(PROTOTYPE)を元に検証を行う(TEST)、このプロセスを繰り返すことでソリューションを生み出すというプロセス・思考法です。デザイナーのプロダクト開発手法を参考にした、ユーザ中心でのビジネス開発に用いられる手法です。
このデザイン思考プロセスはリニアなものでは無く何度も繰り返したり立ち戻ったりを輻輳的に行うことでブラッシュアップしていきますが、プロセスの起点には「共感(EMPHATHIZE)」があり、検証(TEST)によってより深い「共感」の獲得を目指します。
このプロセスの図においてEMPHATHIZEのところには
インタビューの実施(conduct interviews)
感情の掘り起こし(uncover emotions)
ストーリーの要求(seek stories)
と記されています。
すなわちデザイン思考における共感とは、非常に単純化していうと「現場でのユーザニーズの深堀り」です。信頼される医療機器の開発に必要な要素である共感は、患者・医療従事者の痛みに寄り添い、その本質的なニーズを的確に捉えることに相当します。
「共感」に基づく医療機器開発:課題解決/ニーズドリブン型事業開発
先駆的な医工学研究が研究として活力を持ってきた一方で、社会実装し現実の医療技術として現場に届けるという部分において本邦は弱いという問題に直面し、学術界・行政が取り組んできた歴史を振り返ってみると、ある時期から「課題解決型」の事業開発体制が重点的に取られてきました。
医療(機器)分野では革新的なシーズを元に一気に医療を変革するサービスを生み出すシーズプッシュ型よりも、患者・医療従事者の困難を解決する・必要としている診療技術を開発していくニーズドリブン型が比較的主体です。現場の痛みに寄り添って医療を変えていく、これこそが医療機器における「共感」に基づく事業開発の部分でしょう。
※したがって医療機器開発はユーザー中心のソリューション開発法であるデザイン思考との相性が良く、d.schoolを擁するスタンフォード大学は医療機器におけるイノベーション創出のための教育プログラムとしてStanford BIODESIGNを設置しています。
日本国内では東京大学・東北大学・大阪大学を拠点とするジャパンバイオデザインプログラムによるフェローシップが実施されています。
しかしこの「共感」、現場のニーズを汲み取る・現場の課題を理解し解決する、というのはそう簡単ではありません。そこには表層的ではない深いニーズ理解、いわゆるニーズの深堀り、「アンメット・メディカル・ニーズ」を汲み取る必要があります。この「アンメット・メディカル・ニーズを汲み取る過程」こそが医療機器開発における「共感」でしょう。
自動洗濯ロボット:真のニーズに寄り添ったシーズ
ここでアンメット・メディカル・ニーズのような隠されたニーズを掘り起こし汲み取ることの重要性を示す一例を挙げます。
私の恩師である土肥健純先生(東京大学・東京電機大学名誉教授、元医用精密工学講座教授)がよく講義で取り上げられ、同門の間で「自動洗濯ロボット」としてよく知られている話題があります。
かつてタライと洗濯板、あるいはブラシや棒で行っていた洗濯作業を機械化して自動化・省力化する際、従来の洗濯作業をそのまま踏襲して人間型双腕ロボットを開発して洗濯板やブラシでゴシゴシするような方法はもちろん選ばれませんでした。
人が介さずに衣類を洗濯することにおいて、目的は人の洗濯動作をそのまま代替することではなく、衣類の汚れを落とすことです。さらに願わくは、
水や洗剤の使用料は少なく
機械の開発・製造・維持コストは低く
一家の衣類全部を
少ない工数・短時間で
生地は傷めずに
洗濯することが望ましいです。
結果、ご存知のように電気洗濯機は洗濯槽が回転する形に落ち着きました。
現代の縦型回転槽式・ドラム式洗濯機と、従来の洗濯方法および(実在しない)洗濯板ゴシゴシ双腕ロボットの能力を仮に比較すると、汚れを落とすことだけでなく上記の全てにおいて現代の回転槽式洗濯機が勝っています。
顧客のニーズが「タライと洗濯板での作業を代替してくれる機械」と表層的なものに誤解すると、例え実装されても洗濯の品質は悪いままで、顧客ニーズは満たされず、ビジネスとして成功しなかったでしょう。ユーザの真のニーズを的確に捉え、ユーザに「共感」したシーズ開発が求められます。
※ なお洗濯機のニーズには、洗濯を担ってきたのがほぼ女性だった(今も)ことを考えると、女性を長時間の家事負担から開放し社会進出や他の活動を促すという側面もあります。ロボット掃除機や調理器具などもそうでしょう。極めて社会的意義の高いニーズとシーズです。
こういった事例は数多く見られます。登場からわずか10年ほどで馬車を駆逐したT型フォード(馬でなく移動手段)、DVD郵送レンタルサービスから発展し世界最大の動画ストリーミングサービスとなったNetflix(DVDでなくコンテンツそのもの)、もはや通話機能以外の情報端末としての機能が中心となったスマートフォン(電話でなくICT)など、ユーザの本質的なニーズを捉えたソリューションこそが世界を変革します。
医工産学連携での第一の共感はユーザニーズの深堀り
本記事では、医療機器・ヘルステックサービスを構築する上でのユーザニーズを捉えるための「共感」の重要性について述べました。
次の記事では、医療事業開発におけるもう一つの重要な「共感」、逆方向となる「ユーザからの共感」について解説します。
次の記事はこちら。
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