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医工産学連携の基礎:(8) 実例①学会・展示を通じたユーザへの共感の深化と技術の強化

前記事までで、大学研究者の実体、「共感」の重要性について解説しました。

ここからは私が大学研究者として開発に関わった医療関連製品の実例などを元に、

  • 知の開拓と公開が必要な大学研究者との協業のメリット

  • オープン開発環境での共感の獲得と増強法

を示していきたいと思います。

注) ここで扱う実例は医療関連製品ですが薬事品ではありません。薬事品の場合は規制に対応した特別な対応が必要となりますが、薬事品でも応用可能な医工産学連携のポイントを述べていきます。

学会の活用

まず最初に産学連携に関するメディア記事を一つ紹介します。

こちらは練習用持針器 "CNK" (日本高分子技研(株))の開発過程に関連したインタビュー記事です。

ポイントは私の解説部分のここ。

「我々の声に応えてくれた企業は、医療機器の製造販売経験はなかったが、試行錯誤を重ね期待に応えてくれた。」
(中略)
「我々が繰り返したのは「たとえ練習用でも臨床用と同等の品質を実現しないと使ってもらえない」点だ。医療現場の特殊性を理解してもらってからは早かった。」
(中略)
「この企業は、積極的に医療関係の学会にも参加し事業化に成功している。」

ニュースイッチ

試行錯誤を繰り返す、医療現場の特殊性を理解してもらう、というのはまさに「ユーザへの共感」の強化とそれに基づく課題定義・発想のプロセスです。

共感から課題を定義しシーズを発想、試作・検証・評価を繰り返して製品に到達

さらにここで強調したいのは、

「この企業は、積極的に医療関係の学会にも参加し事業化に成功している。」

の部分。共感強化には学会は非常に有効です。

archelisの事例

同僚の川平洋先生(消化器外科医)とともに手術用ウェアラブルチェア "archelis" (NITTO・アルケリス(株))の開発を始めたのは2014年10月頃。上記CNK練習用持針器を共同開発してくださった日本高分子技研の井上雅司社長からニットーの藤澤秀行社長をご紹介いただいたところから始まり、さらにデザイナーの西村拓紀さんにご参画いただいたことで一気に意匠と機能が進化し、完成形へと繋がりました。

最初の試作1号機(2015年3月)からほぼ完成形(製品仕様)の試作5号機まで約1年でこぎつけました。割と早いペースでの開発だったと思います。

アルケリス試作1号機から5号機への変遷 ©NITTO・archelis

で、この2016年3月の試作5号機からすぐに製品発表にたどり着いたかというと、実は最終的に製品発表会を行ったのは2018年11月。5号機完成からさらに2年半を費やし、最終製品はなんと試作14号機をベースとしています。

この間、当然製造ラインの整備や販売チャンネル、アフターサポート体制など事業上必要な作業にも時間をかける必要がありましたが、この間さらに9回もの試作を繰り返すというのは一体何をしていたかというと…

日本内視鏡外科学会総会 展示会場
日本機械学会ロボットメカトロニクス講演会(ROBOMECH) 一般演題ポスター発表
EMBC (IEEE Engineering in Medicine and Biology Society) 一般演題ポスター発表

Poster session. 19 July 2018. #EMBC18

Posted by IEEE Engineering in Medicine & Biology Society (EMBS) on Thursday, July 19, 2018

(EMBC Poster Session @ Hawaii Convention Center の
オフィシャルによるビデオ on Facebook

4:30頃から約1分半にわたって私のプレゼンの様子が記録されています。
ビデオが表示されていない場合、画面クリックで別タブで開かれます。)

国内外の医学系・工学系・生体医工学系の学会、そして展示会での積極的な発表や展示を通じたシーズとニーズの深化です。展示会だけでなく学会でも、実機での体験を重視して実機持ち込みが可能なポスターセッションでの発表を行っています。

学会での発表は議論を通じて学術的に仮説検証を行う・シーズを評価・考察することが目的ですが、特にこの事例では実機体験でいただくご意見から、本当にこの装置がユーザーのニーズにそった体験を提供できるのかというニーズの深堀りを重点的に継続して行っていました。ニーズの深堀りは学術的にも研究の社会的意義を考察する重要な過程です。

一般的な医療製品の開発段階でユーザとなる医療従事者・患者の声を多く聞くことは、大型の多施設共同研究などで無い限りなかなか難しいです。基本的にはチーム内の医師とその周辺でしか意見を収集できません。しかし学会や医療機器の展示会ならば一気に多くの将来ユーザと学識者の声を聞くことが出来ます。この様な場はここしかありません。

といって一般の企業開発者、とくに中小製造業ではいきなり学会に乗り込んでいくのは敷居が高く勇気がいります。医工産学連携で研究者をチームにいれることのメリットには、学術研究での開発や検証のほか、この敷居を乗り越えて共感深化を行えるという点もあるのです。

archelisはこの学会・展示会を活用した  ニーズ深化→改良点の洗い出し→新たな技術の開発→試作→また学会・展示会で…  のループを9回も繰り返し、基本的な体幹支持機能だけでなく装着感やバランス、動作自由度・範囲、モード切替方法、装着方法など多岐にわたる細かな機能の改良を加え、製品化を実現しました。現在も展示会などを通じて製品改良・新製品開発を行っています。

※ 上記を含むarchelisの開発ストーリーはこちらに。

VTTの事例

医療トレーニング用模擬臓器 "VTT" (寿技研・KOTOBUKI Medical(株))も同様に外科系の学会の企業展示に出展し、試作品を実際に触っていただいてご意見をいただくというシーズとニーズの深化プロセスを経て製品へとつながっています。

日本内視鏡外科学会総会 展示会場

当初はまだ製品の名称も決まっておらず、「コンニャク臓器モデル」「手術トレーニグ用臓器モデル」という仮称で試作品を展示していました。

開発の初期段階から、まだ完全には納得行くレベルに到達していなくても最低限の機能が備わった時点でとりあえず触ってもらい、何が足りないのか、どこが悪いのか、何が備わったらユーザペインの解消・購買意欲につながるのか、などのヒントを頂く。

このあたりはリーン・スタートアップ(lean Startup)におけるMVP (Minimal Viable Product)によるマネジメント戦略に通じます。

日本外科学会定期学術集会展示 → 再試作 → 大学で検証

またテレビでも紹介された日本外科学会定期学術集会展示での事例では、2層式模擬臓器を展示にて使用していただき頂いた意見を元に改良を行い、その後私が大学の実験用手術室で試しています。学会で頂いた電気メスによる切開に関するコメントに対しての改良も確認しつつ、ここでは物理的質感・感触の向上によって電気メスを使わない鉗子での鈍的剥離シーンでの性能向上が得られたことを高く評価しています。

VTTは従来のシリコン・PVA等の素材による模擬臓器との違いとして、植物由来原料と水で構成されているため嫌な臭いが出ず廃棄も可燃ごみでOKなサスティナブル製品である点と、通電するため電気メス等による切開切離等の訓練が出来るという点が最大の特徴でした。

しかし手術で最も重要な作業の一つである「空間を作る」という作業では、切ることによる鋭的剥離に加え生体の膜構造の間を剥がして進んでいく「鈍的な剥離」も特に重要です。改良を加えたVTTの2層構造タイプはこの鈍的剥離の感触が非常にリアルであると私は評価し、ここが製品特徴の強みとなる可能性を感じました。電気メスが使えることに加え、鋭的・鈍的剥離操作の訓練に強みを持つ製品としてユーザのニーズに答えることが出来ることを、試作展示を通じた改良によって獲得したわけです。インサイトの獲得と言えるでしょう。

学会・展示会を通じたユーザへの共感の深化とシーズの強化

このように、開発がある程度進んだらすぐに試験的に世に出し、ユーザの意見を聞きながらニーズの深堀りとシーズの強化を進めるリーン・スタートアップ的な戦略上で、医療関連製品開発では特に学会・展示会の活用は非常に適しています

この様な場所は学会以外ではなかなか得られないものです。薬事品だけでなくこれら非薬事品の事例においても、一気に大量の医師に見ていただく場は医学系学会の企業展示以外にはほぼありません。先にも記したとおり、学術的な研究によるシーズ・エビデンス獲得以外にも医工産学連携での学との連携の大きなメリットがここにあります。

医療機器産業において試作段階でMVPを市場に投入することは不可能です。承認前の医療機器の流通は薬機法により厳しく規制されています。しかし学会での学術研究発表や企業展示ならば開発段階の技術を研究成果として公開し意見を求めることは可能です。もちろん学術発表の場はあくまで学術面の追求でなくてはなりませんし、広告・広報目的での学術発表はほとんどの学会で禁止されていますが、基本ルール・理念に則った学術的ニーズ・シーズの追求は実施可能です。学術活動を通じて産業技術の向上に資することは学会の重要な役割を果たすことでもあります。

※ archelis・VTTの事例は相当しませんが、薬事品の場合は開発中に試験的に他者へ提供・試用することや展示出展することには薬機法等法規制の観点から特別に注意する点があります。その面でも学会・展示会が適しているのですがその注意点についてはまた後の記事で。

もちろん薬事品の場合には、開発段階で診断・治療などの医療上の効用等をこういった場で実際に体験・デモンストレーションすることは出来ません。しかし、外観、インタフェース、模擬的な診療ワークフローのデモンストレーションなどを通じて、UI・UXに関わる部分などの体験は十分に可能であり、ニーズ・シーズの強化に繋がる過程となります。可能な範囲で積極的に開発技術を公開し、広く意見を求めることは優れた製品実現にプラスとなると考えます。

次はユーザからの共感獲得

この記事では医工産学連携による学術界活用法の一つとして、リーンスタートアップ的手法による最適化・最短経路での製品実現にむけた一戦略をCNK・archelis・VTTの実例により紹介しました。次の記事では今度は「ユーザからの共感獲得」の観点からこれらの事例を考えてみます。

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