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【京極 真先生:インタビュー第1回】今と昔の情報収集と,情報の選定の難しさ

世に氾濫する情報の取捨選択と学びの極意について,リハビリテーション分野のエキスパートにインタビューする本企画。2人目は,作業療法の本質やコンフリクトについて探求し続けている,吉備国際大学 保健医療福祉学部 作業療法学科 学科長,同大学大学院 保健科学研究科で研究科長を務める京極 真教授にお話を伺いました。
全3回シリーズの第1回では,京極先生がこれまで行ってきた情報収集の方法と,現代の情報収集の難しさについてお話しいただきました。

日本語と英語,本と論文の往復

——先生は,これまでどのように医療関連の情報を得てこられたのでしょうか。

京極
昔から,基本は論文と本で情報を得ていましたね。
学生の頃,英語論文は読めないながらも,ファッション感覚で持ち歩いていました(笑)。
その当時,スマホなどはないですから,封筒に入れて,時間があるときによくわからないまま眺めていました。
今も英語論文はほとんど毎日,何かしら読んでいます。
なぜ英語論文なのかというと,やはり英語で書かれるものが多いため情報量が圧倒的だからです。
あと『Willard & Spackman's Occupational Therapy』(Wolters Kluwer)とか,よくまとまっている本から情報を集めています。
本は昔から好きでよく読んでいましたね。どうしても論文だけだと,枝葉の話(狭いテーマの話)になってしまうので,本で情報を包括的に把握することが大事です。
特に,洋書のなかには,先行研究を丁寧にレビューしたものがあります。
そういう本を読んでおくと,全体像を把握しやすいです。
そんな感じで,僕の情報収集は本と論文の往復でした。
英語を読むのは難しいですが,今は翻訳ソフトの質が上がっていますからよいですよね。
ただ専門用語については誤訳が目立ちます。
例えば,「Occupational Therapy」を「職業療法」と訳してしまったりします。
翻訳ソフトを使うときは,元の文を確認しなければいけません。
また文が長くなると,飛ばしてしまったり,同じ文を2回繰り返して訳してしまうということも見受けられます。
基本的には,論文を書くときも読むときも,翻訳ソフトや校正業者を活用するのがよいと思います。
僕たちは英語の専門家ではないので。
多くの人は,そうやって色んなツールを組み合わせているんじゃないかなぁ。
とはいえ,このあたりの問題は,生成AIがさらに発展すればすべて解決できるでしょう。
つまり時間の問題なので,あまり本質的なことではないですけどね。

——皆さん,英語が堪能なのかと思っていました。

京極
僕が知る限り,必ずしもそんなことはないと思います。
少なくとも僕は今も昔もめちゃくちゃ英語が苦手です。
ただ今の時代,英語ができなくても,ツールの使い方さえ知っておけば大丈夫ですよね。
よい時代になりました(笑)。
英語ができなくて挫折するくらいなら,ツールを使いましょう。
自戒を込めて言うと,英語が苦手な人は,日本語力が低い場合があります。
日本人が英語を読んだり書いたりするときには,頭の中で日本語に訳す人がいますけど,日本語力が低いと,異なる言語体系の英語をうまく変換できないので,日本語に訳してもよくわからず,結果として英語が苦手という気持ちになるんですよね。
翻訳ソフトを使って論文を読む場合でも,日本語力は重要になります。
例えば,翻訳ソフトにより訳された日本語が何を意味するのか,どう解釈すべきなのかは,日本語力が高ければ行間を埋めて理解することができますが,そうでなければ読み解けないですよね。
また翻訳ソフトを使って論文を書く場合でも,結論は何か,そこにたどり着くまでにどういう論理立てにすべきかをクリアに考えられる日本語能力がないと,英語でうまく表現できないんじゃないかな。
そういう意味では,日本語力を鍛える必要があるかなと思っています。
余談ですが,以前ある翻訳本を読んだときに「えー!? 海外の人たちはこんな難しいことを理解してるの!?」と驚きましたが,原著を読むと非常にシンプルでわかりやすかった,という経験があります。
あるとき,その訳者が書いた日本語の文章を読んだら,それも難しい文体でした。
それから僕は,その訳者が英語には堪能だけど,日本語能力に課題があるのかもしれないと感じました。
情報を得るためには,英語で書かれた文献を読むことが欠かせませんが,英語力はツールで補えるとしても,日本語力については今のところそういうわけにいきません。
なので,情報収集という観点で言えば,日本語力を鍛えることは意識的にやったほうがよいかと思っています。

情報の選定の難しさ

——現代における情報の選定の難しさとはどのようなものでしょうか。

京極
まず,情報が多すぎますよね。
今は,色々な情報が簡単に手に入ります。
論文や本以外にもYouTube,Podcast,Twitter,Facebook,ブログ……。
僕たち専門家は,その大量の情報から自分の専門分野に関する重要な情報を適切に選び取ることが求められます。
しかし,これが思った以上に難易度が高いのです。
質の高い情報とそうでない情報,関連性の高い情報と低い情報を区別するためには,深い知識と高度な理解力が必要になるからです。
僕はそのハードルが高いと思っています。
日本語だったら簡単だろうと思う人がいるかもしれませんが,以前,橘玲さんの『もっと言ってはいけない』(新潮社)という本を読んで知ったのですけど,経済協力開発機構(OECD)が国際成人力調査(PIAAC)で,日本人のおよそ1/3が簡単な日本語を読めないという結果を公表しています。
それを踏まえると,僕も含めて日本語で書かれた情報を見ても,一体どこまで理解できているのか怪しいものだと思っています。
さらにその言語が英語に変われば,日本語を母国語とする僕たちにとってはさらなる課題が待ち構えているわけです。
この調査によると,日本の結果は他国と比較して優秀だったとはいえ,現状の厳しさを痛感させられます。
情報を選ぶという行為は,言葉を理解し,その背後にある意味や前提を把握する能力が必要になるため,それぞれの人が正確に情報を選び取ることは容易ではないというのが現実なのです。
これらを踏まえると,情報の選定というのは,単に情報量が増えたからといって容易になったわけではなく,逆に難しくなっているといえるでしょう。
そのなかで,自分自身の言語能力や批判的思考能力を磨き,情報を適切に選定できるようになることが求められているかと思います。

——私たち編集部も,教員の方々から近年の学生さん達は文章だけで説明した本では理解するのが難しいというお話をよく聞きます。

京極
うーん,そうですねぇ……。
ただ今の学生のほうが,昔の学生よりSNSなどで活字慣れしていると思いますけどね。
空き時間があれば,TwitterやFacebookを使って情報を得,投稿を読み,自分自身も投稿していますから。
この現象を目の当たりにしていると,僕らが学生だった頃に比べて,現代の学生たちは一日に接する活字の量が多いのではないかと感じます。
ただしSNS上の情報は,ワンフレーズで要点を伝える形式が多いので,学生たちは情報を理解したと感じやすいかもしれません。
結果として,活字に触れる量が増えた割には,文章の理解力が育まれないかもしれないと思っています。
本や論文は,複雑な概念や厚みのある議論を展開していますから,活字に慣れて文字を読むこと自体はできても,その内容を深く理解するのが難しいということが起こっているのかもしれません。
ただ僕たちも,文章だけでなんでも理解できるかというと,そんなことないですけどね。
例えば「ヘーゲルの『精神現象学』を読んで理解せよ」と指示された場合,多くの人は,その内容を理解することができないのではないでしょうか。
ここから言えることは,文章のみで表現されたことの理解が難しいという問題は,学生だけでなく,僕らも含めた全体に対する課題であり,それは実際には程度問題ではないかと考えています。

「強い言葉」と眉には唾をつけろ

——信憑性がない情報に巡り合ったことはありますか。

京極
僕たちの専門領域においても,信憑性に乏しい情報というものは存在します。
いわゆる「トンデモ医療系」の情報です。
これは,その効果が確認されていない,つまりその医療手段が本当に有効なのか否かが明確でないにもかかわらず,なんらかの理由で需要が存在してしまう事象と言えるかなと思っています。
このような情報は,科学的な根拠に基づかない治療法,さらにはその効果を過度に称賛する声など,さまざまなかたちで発信されているかと思います。
僕自身も,SNSでトンデモ医療系の情報を発信するアカウントに出くわしたことがあります。
これはSNSの普及により,誰もが手軽に情報を発信できるようになった結果ではないかと思います。
SNSは,広く一般に知識や情報を共有する機会を増やす一方で,信憑性の低い,誤解を招く可能性のある情報に人々が接する機会も増えてしまうという二面性をもっていますよね。
だからこそ,僕らは情報に接する際には常に慎重さをもつべきです。
「眉に唾をつける」ということわざがあるように,情報に対しては疑いの目をもつことが重要だと感じています。
これはトンデモ医療系の情報に限らず,情報全般に当てはまる原則です。
どういった情報に対しても,それがいかなる理由で妥当と言い得るのか,を内省することが求められると考えています。
情報は僕たちの意思決定や行動に深く影響を及ぼすため,誤った情報に基づいた決定は,個人の生活はもとより社会全体に対しても悪影響を及ぼす可能性がありますからね。

——トンデモ医療を行っている人や団体は多いのでしょうか。

京極
それはわかりません。
というのも,そのような活動の規模や範囲を把握すること自体が困難だからです。
しかし,僕の個人的な感覚としては,ほとんどの人々は誠実に医療を実践していると思います。
もしかしたら,それは「そうであってほしい」という希望的観測かもしれませんが。
とはいえ,そこに熱を上げてしまっている人々が一部いらっしゃるかと思います。
これらの人々の活動は,かつては小さなコミュニティで完結していたのではないでしょうか。
しかし現代では,SNSを通じて容易に情報を発信し,それを広く拡散することが可能となっています。
これにより,そのような活動が可視化されやすくなり,より多くの人々の目に触れることが増えていると考えられます。
ここから,ある1つの現代的課題が浮かび上がってくるのではないかと思っています。
それは,あらゆる情報が容易に拡散される環境のなかで,情報の信憑性をどのように判断するか,という問題です。
これは特に,医療情報の場合には重要な問題となります。
なぜなら,医療情報の信憑性が患者の健康や生命に直接影響を与える可能性があるからです。
でもこれはなかなか難しいのではないかとも思っています。
というのも,情報発信の発展速度が早すぎて,僕らはまだそれにうまく適応できていないのでしょう。
およそ20万年前に僕らホモ・サピエンスが誕生し,そこから長い時間をかけて進化してきたわけですが,今のように誰でも簡単に情報を発信し,拡散できるようになってわずか十数年です。
そうでなかった年月のほうが圧倒的に長いのです。
僕らが進化する速度よりも,情報発信技術の発展速度のほうが早いので,僕を含む普通の人々が膨大な情報を今よりも楽に取捨選択できるようになるためには,まだまだ時間がかかるのではないかと思っています。

——なぜトンデモ医療に熱を上げてしまうのでしょうか。

京極
現場というのは大なり小なり混沌とした状況がありますし,予測不能な要素がたくさん存在しています。
それが医療の現場であれば,その混沌はさらに増幅します。
なぜなら日々の医療実践には,大なり小なり患者の健康や生命にかかわる不確実性や不安が強度に伴うからです。
それは,ときに医療従事者自身の理解力や意思決定にも影響を及ぼします。
このような状況において,強い言葉は大きな影響力をもつことがあります。
例えばその不確実性や不安のなかで,「これを実行すれば患者はただちに回復します!」「これを用いてすでに何万人もの人々を治療しました!」といった言葉は,強くて明確なメッセージを伝え,その効果を約束します。
これらの言葉は,不安を抱える医療従事者にとっては魅力的に映ることがあります。
不安な毎日のなかで,何かしらのタイミングでそういう言葉に当たってしまうと,それが知らず知らずのうちにとり憑いてしまうことがあるのではないでしょうか。
誰でも条件さえそろえば,そういう強い言葉に影響を受けるのではないかと思いますよ。
だからこそ,いかなる理由でそれが妥当と言えるのか,その条件を内省する必要があると考えています。

(第2回につづく)

第1回では,京極先生がこれまで行ってきた情報収集の方法や,現代の情報収集の難しさについて伺うことができました。第2回では,その情報収集の難しさへの対処法や,SNSの長所・短所などについて伺います。


【京極 真先生プロフィール】

<略歴>
1976年,大阪府大阪市生まれ。作業療法士,博士(作業療法学)。2001年に滋賀医療技術専門学校作業療法学科を卒業し,湊川病院で作業療法士として勤務する。その後,専門学校教員を務めるかたわら大学院に進学し,2009年に首都大学東京大学院人間健康科学研究科博士課程を修了し,2010年に吉備国際大学および同大学大学院に准教授として着任する。2019年同大学および大学院教授,2020年同大学作業療法学科長,2022年同大学院保健科学研究科長に就任し,現在に至る。専門は作業療法,哲学(構造構成主義),信念対立解明アプローチ,研究方法論。オンライン教育プラットフォームThriver Projectを拠点に,ブログ,YouTube,Twitterなどの多様な媒体で情報を発信している。
公式サイト:https://www.thriver.one/
<主な著書>
構造構成主義の展開-21世紀の思想のあり方(至文堂)
エマージェンス人間科学-理論・方法・実践とその間から(北大路書房)
現代思想のレボリューション(北大路書房)
信念対立の克服をどう考えるか(北大路書房)
なぜいま医療でメタ理論なのか(北大路書房)
臨床実習ガイドブック(誠信書房)
精神障害領域の作業療法 第2版(中央法規出版)
作業療法士のための非構成的評価トレーニングブック(誠信書房)
医療関係者のための信念対立解明アプローチ(誠信書房)
医療関係者のためのトラブル対応術(誠信書房)
信念対立解明アプローチ入門(中央法規出版)
作業で創るエビデンス(医学書院)
5W1Hでわかりやすく学べる 作業療法理論の教科書(メジカルビュー社)
5つの臨床推論で整理して学ぶ 作業療法リーズニングの教科書(メジカルビュー社)
など




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