見出し画像

【医療物資のドローン物流】移植用臓器のドローンデリバリー

『【医療物資のドローン物流】コロナ禍で加速したドローンによる医療サプライチェーン変革』[序章][機体篇]でドローンデリバリーによる医療物資のサプライチェーン変革、『【医療物資のドローン物流】 救急車より早い救急ドローン(AED搬送ドローン)』でAED搬送ドローン(救急ドローン)や所謂「空飛ぶ救急車」と呼ばれる「救急搬送ドローン」(メディバックドローン)について見てきた。そんなドローンが輸送する医療物資には移植のための人間の臓器も含まれる。そこで本稿は[移植用臓器篇]として移植用臓器のドローン搬送を概観する。(尚、本稿は過去のTweetをまとめ加筆したものです。)


臓器移植を必要とする患者

全米臓器配分ネットワーク(Organ Procurement and Transplantation Network)の推計ではアメリカに臓器移植を待つ患者が約11万4,000人いるとされるが、ドナーから摘出された臓器(特に腎臓)の多くが総阻血時間のタイムリミットまでに目的地に到達することができずに廃棄されている。

タイムリミットで廃棄される臓器

ハーバード大学医学大学院(Harvard Medical School)の研究者が2019年に『JAMA Internal Medicine』(Published: August 26, 2019)で発表した研究(査読論文)「Saving Lives by Saving Kidneys for Transplant」(DOI: 10.1001/jamainternmed.2019.2609)によると、アメリカでは毎年約3,500個の腎臓が廃棄されている。その一方で、全米腎臓財団(National Kidney Foundation)によると、腎臓移植を待ちながら受けることのできなかった患者が毎日約12人ずつ亡くなっている。

臓器が間に合わず失われる助かるはずの命

また、米臓器移植基金(American Transplant Foundation)によると、腎臓に限らず移植用臓器が間に合わないことで毎日約20人が亡くなっており、年間の死亡者数は4万人に上る。

臓器移植も時間との戦い

摘出された臓器が持つ時間は臓器によって多少の差こそあれ限られている。米保健資源事業局(Health Resources & Services Administration)によると総阻血時間のタイムリミットは、心臓と肺が4〜6時間、膵臓が12〜18時間、腎臓が36〜48時間である。臓器移植も他の医療と同様に時間との戦いとなる。

タイムリミット内に臓器をレシピエントに届け、移植手術を行うために移植チームは飛行機やヘリコプターをチャーターして臓器輸送をすることが多いのだが、タイムクリティカルであるが故に交通上のヒューマンエラー問題が存在する。

2007年ミシガン大学(University of Michigan) ヘルスシステムの移植チーム6人の搭乗したチャーター機が臓器搬送中に墜落して全員死亡するという痛ましい惨事に代表されるように、移植用臓器の輸送中に起こる事故が後を絶たない。

ドローンによる移植用臓器搬送

そこで、移植用臓器の輸送時間短縮を第一として輸送による飛行機やヘリコプターの墜落事故など二次災害の防止を踏まえて白羽の矢が立てられたのがドローンデリバリー(drone delivery)である(United Network for Organ Sharing「Are drones the future of organ transportation? High-flying hopes」)。

世界初の空飛ぶ臓器

世界初の移植用臓器のドローン搬送は2019年にメリーランド大学医療センター(University of Maryland Medical Center)Joseph Scalea准教授とメリーランド大学(University of Maryland)UASテストサイトチームのDirectorであるMatt Scasseroを中心に実施され、44歳の女性Trina Glispyへの腎臓移植手術が無事に行われた(『NBC News』「A drone just flew a kidney to a transplant patient for the first time ever. It won't be the last.」)。

君の膵臓をドローンが運ぶ

その後、Joseph Scalea准教授が共同設立者でもあるMissionGO Unmanned Systems社は腎臓だけでなく、2020年に研究用角膜、今年(2021年)5月に移植用(研究用)膵臓としては世界初となるドローン搬送を実施している。

移植用肺のドローン搬送

世界初となる移植用肺のドローン搬送は先月(2021年9月)カナダ・トロントでトロント大学(University of Toronto)胸部外科学Shaf Keshavjee教授を中心にUniversity Health Networkとユナイテッド・セラピューティクス(United Therapeutics Corporation)社の子会社Unither Bioélectronique(Unither Bioelectronics)によって実施され、63歳の男性Alain Hodakへの肺移植手術が無事に行われた(『CBC/Radio-Canada』「How lungs delivered by drone saved an Ontario man's life」)。

ドローンによる臓器搬送サービスへの参入

移植用臓器のドローンデリバリーサービスの本格化に向け、上述のアメリカMissionGO(Unmanned Systems)社、カナダUnither Bioelectronics社に加え、今月(2021年10月)に入ってアメリカのドローンメーカー兼ソリューション企業Aquiline Drones社が新たに参入を発表し、臓器やヒト組織などのドローン輸送を行う航空部門AD Airlines社を立ち上げている(FAAの航空運送事業許可は2021年9月16日に取得)。

医療物資のドローン物流

2029年には市場規模280億USドルを超えると見られるドローン産業でも重要な位置を占める医療ドローン(medical drones)分野での移植用臓器搬送サービスに新たなプレーヤーが加わり、医療とビジネスの両輪が動き出しつつある。世界ではドローンデリバリーによるマルチモーダル輸送チェーン(multimodal transport chain)の構築が加速している。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?