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溝の口のコンビニで「優しさのカタチ」が見えたような気がした

6月21日、月曜日。

急きょ仕事の打ち合わせが入ったので、溝の口に行った。

打ち合わせは思いのほか早く終わり、タクシーの予約時間までまだ余裕があったので、朝食用のパンでも買おうかと思い、溝の口駅直結のローソンに入った。

コンビニでの買い物は慣れているつもりだったが、打ち合わせで疲れていたのか手がすべってしまい、買おうとしていた菓子パンを床に落としてしまった。

さらに、そのはずみで商品が落ちないようにするため棚にはめられた柵まで落としてしまい、店内には盛大に音が鳴り響いてしまった。

このようなことは日常茶飯事だ。大事な商品を落としてしまったのは申し訳ないが、とりあえず無視して買い物を続けよう。あとで店員が拾ってくれるだろうし。

そう思って別のパンを物色していると、後ろのほうから若い女性がすっと近寄ってきて、落としたパンを何も言わずに拾い上げてくれた。

若いといっても私と比べての話だから、20代半ばくらいだろうか。

金髪8割、黒髪2割。ケミカルウォッシュのタイトジーンズ。そして、素足にピンヒール。

ヘアスタイルも自己表現のひとつと考えるタイプなのかもしれない。

親切にしてもらっておきながら申し訳ないのだが、こちらからあえて近づきたくはない雰囲気ではあった。

彼女はさらに商品棚の柵までさっと手に取り、わざわざ屈みこんでは懸命にその柵を元の位置に戻そうとしてくれたのである。

商品棚を車椅子でほぼ占領していては作業がしにくいだろうと、車椅子をいったん反転させて棚から離れる。

彼女を正面から見るかたちとなった。

思いのほか端正な横顔で、薄めのメイクのせいか整った目鼻立ちが際立っている。

商品棚の柵は思いのほか複雑な作りなのか、あるいはきちんとした向きが決まっているのか、彼女が懸命に押し込んでもなかなか元通りにはならない。

柵を棚にトントンと押し込み、時折首をかしげながら向きを変え、角度を変え、どうにかして元通りの形に戻そうとする彼女を見て、私はいささか場違いな健気さを感じた。そしてそのすぐ後には、つい数分前まで彼女を「できれば近寄りたくない人間」のカテゴリに入れていた自分を反省したのだった。

数分後、彼女は何とか柵を商品棚にはめ込み、軽く会釈をして立ち去った。私ももちろん頭を下げたが、彼女に見えていたかどうかはわからない。

私は、彼女がコンビニを出てから買い物を続けることにした。まだパンをいくつか買うつもりだったが、また同じことになれば彼女にも迷惑をかけてしまうかもしれない。

彼女がレジで支払いを済ませ、退店のチャイムが鳴るのを確認して、私は再びパンを選びはじめた。

しかし、二度あることは……ではないが、またしてもパンと柵を落としてしまった。

店内に鳴り響く騒々しい音。すぐにこの場から逃げ出したい気もしたが、すでにカバンにはパンが1個入っていたのでそれもできない。

さすがに途方に暮れていると、会計を済ませ、レジ袋を下げた彼女がすっと後ろから近寄ってきて、パンを拾い上げてくれた。退店のチャイムは、別の人だったらしい。

多少のコツをつかんだのか、さっきよりも短い時間で柵を戻した彼女。しかし、彼女はその場を立ち去ろうとしない。

おそらく彼女は、私の動きを見届けるつもりだったのではないか。買い物を終えたしコンビニからは立ち去りたいが、行きがかり上見す見す無視することはできないし、だからといって何を手助けすればいいのかわからない……。

私は、何も言わずにレジに向かった。彼女との間に流れる無言の空気はわかっているつもりだったが、これ以上同じことを繰り返す勇気はないし、ましてや彼女とあらためてコミュニケーションを取るほどの社交性も持ち合わせていない。

そして、私はパン2個を買ってコンビニを出た。コンビニを出た時、彼女はもういなかった。

商品棚の前で首をかしげ、会計を済ませてもなお無言で立ち尽くす彼女の姿から、私はふと、吉野弘の詩「夕焼け」を思い出した。

満員電車の中、老人に座席を譲ろうとする少女の健気な葛藤と諦めを描いた叙述詩である。

コンビニの彼女は、満員電車で心をすり減らす少女なのではないか。

手を差し伸べるべきか、そのまま見過ごすべきか。逡巡と葛藤があったからこそ、彼女は何も言えなかったのではないか。無言というコミュニケーションを選ぶしかなかったのではあるまいか……。

そして私は、葛藤する彼女に何を言うべきだったのだろうか。

こたえは未だにわからないままである。

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