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コロナ最前線に家族を送り出す
※これは2020年に書いた記事です
『行ってきます。』
毎朝、私の方が主人より先に家を出る。主人は、まだ寝ていることもあるが、起きていれば玄関まで見送ってくれる。
今日もちゃんと帰ってきてくれるだろうか・・・?
不安な気持ちは毎日あったが、口に出すことは出来なかった。なぜなら、主人は地域でも数少ないコロナ重症患者を受け入れている病院で、コロナ診療にあたる医師だからである。
主人とは、長い遠距離恋愛を乗り越えて3月末に結婚したばかり。結婚当初から、新型コロナウイルスのことで世界は大騒ぎだった。
私は以前から、主人の仕事を手助けするために論文を集め、読んで内容を報告したり、データをスライドにまとめたりしている。だから、新型コロナウイルス関連の論文も何十本と読んだし、少しは新型コロナウイルスに詳しいと思う。
私も薬剤師で医療従事者なのだが、とても怖がり、びびり、泣き虫である。自分の担当患者が亡くなっても泣いているくらいだ。
コロナに関しても中途半端に詳しいので、あまり主人の診療状況は聞きたくなかった。だが、主人は『新しい疾患を診ている』という変な高揚感からか、帰宅すると治療の話などをしたがった。あーでもないこーでもないと、楽しそうですらあった。
N95マスクは、ずっと足りていなかったと思う。私の勤務する病院でも足りていなかったので、聞くまでもないことだった。主人が体を張って、きっと何日も使い回したN95マスクを付けて最前線に立っているだろうことを、確かめる勇気はなかった。ずっと、聞かなかった。
毎日が、ただ怖かった。未知のウイルスと戦う主人が帰ってこられるのか。ある日突然発熱して帰ってこなくなるのではないか?そうなれば、最期だって会えないのだ。主人に心配をかけないよう、論文を読み、治療の話に頷き、ご飯を作って帰りを待った。なかなか連絡がこなかった日は、そわそわして、論文を読んでいても目が文字の上を滑るばかりだった。
主人は休みもなかなか取れていなかった。
5月の末くらいだっただろうか。今週末は久しぶりに2連休だな、と思っていたある日、主人からLINEが入った。
『ごめん、今週末どっちも勤務になった。』
私が帰宅すると、当直あけの主人は寝ていた。その顔を見て、言いようのない感情でいっぱいになり、涙が溢れた。
『どうして泣いてるの』『休みじゃなくなったから?』
目を覚ました主人は、泣いている私をみて慌てていた。子供じゃないのだから、そんなくだらないことで泣かない。
『だって・・・このままじゃ死んじゃうよ』やっと私は、あなたを戦地に送り出すのが本当は辛かったということを伝えることができた。少しは休まないと心配だと言えた。
『僕は救急医だから、こういうことで死ぬ覚悟はできてる。ごめんね。あいちゃんはそうじゃないよね。』
気持ちを伝えたからといって、主人はコロナ診療をやめたわけでもないし、N95マスクが降って出てきたわけでもない。休みが増えたわけでも、コロナウイルスが弱毒化したわけでもない。変わらず最前線に送り続けているのだが、心持ちは変わった。
主人が防護服に身を包み、名前を書いたガムテープが胸に貼り付けられている写真を見たときは、流石に辛くなったが、もう泣かなかった。
『そういう仕事だってわかっててやってるんでしょ?仕方ないじゃない』『そういう時のために高い給料もらってるんでしょ』みたいな意見も、SNSでは見かける。
でも忘れないでほしい。医療従事者の後ろにも家族がいる。子供や孫がいる人もいる。医療従事者だって、誰かの大切な人だ。
結局何が言いたいかというと・・・ただ、今まで言えなかった想いを綴りたかっただけ、かもしれない。でも、少しでも何かを感じてくれたのなら。あなたの大事な人に、大事だと伝えてほしい。明日がどうなるのかは、誰にもわからないから。
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