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寄せては返す海、返さない海。

 (先に別アカウントで一度載せたのですが、こちらで一部修正して掲載しています。別アカウントの記事は削除済です)


 祖父母の家は、海の目の前にあった。

 道路を折れて坂道を下るとだんだん海が大きく見えてきて、その坂道の一番先に家があったのだ。と言っても、泳いではいけないお世辞にもきれいとは言えない海だったけれど、それでも普段海が身近ではない私は、坂道を下りてだんだん潮の匂いがしてくると何だか嬉しくなったものだった。
 夏休みには、いとこたちと、潮が満ちていれば魚釣りの真似事をしたり(ハゼが釣れた)、潮が引いていればゴツゴツした海岸に降りて綺麗な貝を探したりフナムシの群れに遭遇して逃げ帰ったりしていた。
 そう、当然だけれど、潮の満ち引きがあった。水平線の向こうから、ザザー、ザザーと、寄せては返し寄せては返しを繰り返しながら、いつしか潮が満ちたり引いたりしていた。
 潮に乗っていろいろなものが流れ着いているのを見るのも楽しかった。おもちゃやごみも多かったけれど、一度は何と、カブトガニ(生きてはいなかったが)が打ち上げられていたこともあった。

 私が子供の頃は、そんな光景がずっと続いていた。
 陸地側はご近所さんの顔ぶれがたまに変わったり家が建て変わったりしたけれど、海は変わらなかった。

 やがて。
 大きくなってあまり遊びに行かなくなった間に、そんな海の様子が、がらりと変わった。
 開発で、沖合に人工島ができたのだ。
 祖父が亡くなり、やがて祖母も亡くなり、久しぶりに祖父母宅で私たちいとこが顔を合わせることになったのは、祖母の葬儀の日だった。
 家に向かう坂道の途中で、いとこの一人が呟いた。
「海が……川になってる!」
 こちら側の岸から人工島まではだいぶ離れているので、島の様子まではよく分からない。だが、島に遮られて水平線が見えなくなっており、岸と島との間にあるものは、大きな川のように見えた。海にあるはずの波がすっかりなくなっていて、寄せたり返したりが目立たなくなった海は、何だかとても静かになっていた。

 それからまた何年も何年も経った。ご近所さんの顔ぶれや家並みもすっかり変わった。祖父母の家ももう無い。

 先日、お墓参りのついでに、祖父母の家があった辺りまで行き、海を見てきた。
 遠くに望む人工島は建物も増えて賑やかそうで、海辺でジェットスキーをしている人も見える。それに引き換え、こちら側に近い海はとても静かだ。大きな川だよ、湖だよ、と言われたら信じてしまうかもしれないほどに。
 それでも。潮の満ち引きはあまり感じられなかったけれども、潮の香りが、ちゃんとしていた。ここは海だよ、とリマインドさせてくれるかのように。

 そうか。ここは変わらずに、海なのだ。
 あまりきれいじゃないし今もフナムシがいるし、それでも、私にとっていちばん「近い」海。カブトガニが打ち上げられることは多分もう無いんだろうなと思うとちょっと切ない気持ちになるし、ザザー、ザザーという寄せては返す波の音が目立たないのは正直寂しいけれど。

 また来よう。そうだ、今度は人工島にも行って、人工島からこちらの岸を見てみるのもいいかもしれない。新たな楽しみを胸に、私は帰路についた。

向こう岸、気になります。

#わたしと海
#エッセイ
#旅と写真と文章と

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