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フィヨルドにのぼる白夜の月


北極への旅の途中、ノルウェー北部にある小さな町に泊まった。

氷河と雪を冠った山に囲まれ、海を見下ろすロッジで過ごしたあの夜は生涯忘れることはないだろうと思う。







ノルウェーの北部には世界で最も美しい道路とも呼ばれる、アトランティックオーシャンロードがある。2年前のゴールデンウィーク、ドライブ好きな友人達と共に北極旅行のついでにそこへ行ってみようということになった。


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アトランティックオーシャンロード




オスロ空港へ到着し友人らとともにレンタカーのフォルクスワーゲンに乗り込むと、その場所を目指してノルウェーの旅が始まった。見慣れない標識に、だだっ広い道路、何故だかおしゃれに見える北欧の看板に車内の旅ムードは段々と高まっていった。




道中は日本とは全く異なる風景が広がる。延々と続く灰色の雲の下、凍った湖や針葉樹林の森、点在する美しい建物に飽きもせずカメラのシャッターを切り続けていた。カーラジオから流れるノルウェー語の音楽は、内容など分かりもしないがどこか気分を盛り上げてくれた。




そんな中ふと、車が急峻な岩山の間を走っていることに気が付いた。道はずぅっと向こうまでそのU字型の谷間を縫っていた。そして周囲の山々はどれも白い氷河に覆われている。

ドライブを続けている内に、自分たちはいつの間にかフィヨルド地形の中へ入り込んでいたのだ。いつからか憧れていたあの風景の中を走っていることに不意に気が付き、車内では歓声が上がった。




地理の教科書で見たフィヨルドは、青々とした針葉樹林に覆われた明るくキラキラとしたものだった。しかし目の前にある実物は、灰色の岩がむき出しの、迫りくるような、そして息を飲むほど荘厳な光景を作っていた。氷河が途方も無い年月をかけて削り出したその景色は神々しいほどに美しかった。

白夜の季節の長い夕暮れ時、目の前の岩肌は徐々にオレンジ色に染まり始めた。そろそろ今日の宿を決めようということになり、頃合いの場所にあった私たちがイメージする北欧を体現したようなロッジを予約した。




ロッジに着くと買ってあった食材でミートボールパスタを作り、日本から持参したカップスープ、そして現地のビールと共に楽しんだ。




食事も終わり空はひときわ薄暗くなってきた。そのロッジにはバルコニーがあった。ここから見える景色を最大限に楽しもうと、室内から椅子を運び出し腰を降ろした。普段は飲まないコーヒーと紅茶も、インスタントで入れて片手に持った。


太陽が完全には沈まないこの時期でも、夜になると空は青紫色になり月も明るく輝き始める。山を覆う雪を月が白く照らし、その光景を海の水面が映し出していた。

コーヒーの香りとカップから伝わる熱がノルウェーの夜の空気に心地よかった。

日本を遠く離れ見慣れぬ景色に囲まれたその夜、自分がそこに居ること自体がどこか曖昧で不確定なものに思えた。その場所で見る幻想的な風景は、現実感がないほどに美しかった。

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