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僕が入院して思ったこと、感じたこと

こんばんは、ももんがです。
僕は、23年10月下旬より緊急入院をしていました。その時の外来のドクターがどうしても今すぐ入院しないと生命に関わる可能性があるとのことで譲らなかったため、その日に入院をしました。

そのときに感じたこと、僕の母が少し前に入院したときに感じたことを通じての今の病院の置かれている立場を推察します。

おそらくですが、病院は患者やその家族から訴えられるのをすごく警戒していると感じました。それは30年以上前であれば看護師さんに聞いて教えてもらえたことが何も教えてもらえないからです。
例えば、現在の治療は何をしていますか?や、点滴治療をしているそうですがどんな薬剤ですか?と看護師に、流行病の関係で病室にいけないときに、荷物を持って病院に行き看護師にお願いしたときにお伺いすると、必ず「私からは言えないので、医師との面談を予約しますか」と母の入院時に言われたことと、自分が入院した際にも検査をするにしても何の目的かを聞いても看護師さんは答えを教えてくれませんでした。

それは「病院」としての立場、運営をする立場であれば、医師と看護師が異なる情報を患者やその家族に伝えてしまったときには問題になると思います。ましてや患者が亡くなってしまったときには、その悲しさから「病院」や「医師」「看護師」にその「無念さ」が「攻撃」として向かってしまうのことが多いのだと思います。

しかしながら、僕が感じたのは看護師は看護師として医療について学んでおり「医師」の治療について、きちんと「患者」に寄り添うべきだと意志を高く持っている方が多いということです。しかしながら前述のように 「医師」と「看護師」の仕事を明確にした病院ほど患者や患者の家族はその在り方に不満を持つのではないでしょうか。

それは「看護師」が「治療方針」を「未来」に向けては「患者やその家族」に言えないとしても、「現在している治療」について患者やその家族について説明できないのはおかしいと思います。僕が実体験した場合で言うと母が入院した際に、「現在は点滴をしています」と言われたことに対して「どんな薬剤ですか?」「どんな投薬をされていますか」と言う質問にさえ、「看護師」さんは家族である僕に伝えることができなかったのです。この現状は家族である僕も辛かったですが、僕の質問を受けた看護師さんはもっと辛かったのだと思います。

僕は10月下旬に緊急入院をしましたが、採血をする際などで針がささらなくて、何度打ち直しても看護師さんに対して文句を言いませんでした。僕からは採血する前に、「針を刺して血が取れないときには、再度針を刺していいよ。でも針を刺した後に血管を探すのはあまりしないで」とお願いをしました。僕としては普段から採血がしにくい状態だと言うことを知っていましたし、針を複数回刺されるより際した後に血管を探すこと」の方が嫌だったからです。看護師さんの中には一度針を刺したら採血をしたほうが患者さんのためになると思っている方もいますが、それは患者さんそれぞれですので、僕は嫌なことは最初に言うようにしていますし例えば肘の内側で血管が見つからないのであれば、手の甲でも血管が出ていて採血しやすければその方がいいと伝えています。多くの看護師さんは「手の甲の血管は痛いですよね」と慮ってくれますが、その痛みよりも針を刺した後に血管を探すと言う行動の方が僕にとっては痛みが強いし、採血に対しての「嫌な思い」と言うのが蓄積するので看護師さんにお願いをしています。

看護師さんはいつも「患者」のことを考えてくれているので、採血をする前に僕は僕がしてほしいことをお願いしています。

ですので、肘の裏で採血をしようとしたけど、採血できないときには看護師さんから「採血できないから手の甲でもいいですか」と言われるのは全くもって嫌なのことではありません。僕が望む「手の甲の血管」から採血すると言うのは血管が末端にあることと血管が肘の裏に比べると細いことから、必要な量の採血ができないこともあるとのことでした。それでも僕は自分がしてほしくない採血方法については看護師さんに伝えています。その上で何度針を刺し直すことになっても時間がかかっても看護師さんのせいではないのです。あくまで「一番いい方法だと思える方法でなく、患者である僕のおねがい」を聞いてももらっているので、何か採血で問題が起こっても僕から看護師さんや病院に対して何かいうこともありません。

しかしながら僕が入院した際に、採血の目的や検査の目的やその副作用などについて詳しく話を聞ける状態ではありませんでした。単純に「明日、この検査があります」と看護師さんから言われその検査に関する「同意書」に署名をするように言われましたが、「詳しい説明されてないから同意の署名できないよ」と伝えたところ、看護師さんから伝えられる内容については教えてもらいましたが、さらに突っ込んだ「目的」や「副作用」がどいうものか、そういう「症状」が副作用なのかは看護師さんからは伝えられないとのことでしたが、主治医が検査前に説明に来ることもありませんでした。

そして極め付けなのが、検査を行い結果がコンピュータで解析できたのちにも直接僕には説明がありませんでした。それは採血の結果で投薬が変更になっても事前に医師からは「なぜ投薬が変更になったか」の説明がなく、薬剤師さんが病室にきて投薬変更がありましたというだけでした。

僕はその際に投薬で変更になった薬が気になったため、前回処方の薬と比べていたところ、入院をしなければならなくなった病気の薬が処方されていませんでした。僕が確認しなければ薬剤師さんも看護師さんも医師が処方したことだからということで、僕がその薬がないことに気づき、確認をして再処方してもらっていなければ最悪な事態になっていたかもしれません。

しかしそのことがあっても、薬剤師さんや看護師さんからは言葉をもらいましたが主治医からそのことに対しての言及はありませんでした。

医師と看護師、薬剤師、補助看護師さんのできることに、範囲があるのはわかりますがそれを厳密にしすぎても、問題が起こると思います。

正直、僕が入院した病院の一部の医師や入院病棟の看護師さん、そしてリハビリをしてくださった先生には感謝しかありませんが、一番僕にとって大切であろう主治医が一番信用できないし、その指示を聞きたくなくなるような方でした。

現状の病院の在り方として全体としてはしょうがないのかもしれませんが、たった一つしかない生命を預けるには「医師」が頼りないと感じました。この現状を作ったのは、きちんと説明や治療をされているにも関わらず自分の思う結果にならなかったからと闇雲に病院や医師等に責任を押し付けたせいだと思います。

そしてそれを助長したのは、きちんとした説明やいわゆる医療ミスをした際に真摯にそれを認めない病院と医師のせいでしょう。

僕は医師や看護師さんや医療に関わる方の多くはきちんと患者に接してくれているのだと思います。人の生命は人では救えないことがあることを患者もその家族も理解するべきだと思います。


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