見出し画像

コンビニエンスストアの「神」 ~感動を生むもの~

 

某空港のコンビニエンスストアに、
「神」がいた。

それは、地方のちいさな空港のコンビニ。

10年ほど前の法事のかえりみち
地方特有の慣習で、
「お志」としていただいた品は、
缶詰や日本酒など品数も多く 
とにかく重い…
この華奢な腕で(噓です…)
東京まで手荷物で持ち帰る気力は到底なく、
空港内のコンビニから宅配便で送ろうと思いついた。

たくさんのものが詰まっている紙袋は薄く、
このまま発送するのはなんとも心許ないので
まずはカウンターに行き
スタッフのかたに梱包用ダンボール箱の取扱いがあるかを訊ねる。

「専用のものは置いてないんですー。
うちにある空きダンボールでよければ差し上げますよー」

近所のおばちゃんみたいに気さくに
サラッとそう言ってくれた女性スタッフのおことばに甘えることにして、
「これが入るくらいのものをいただけたらうれしいです!」と
重い紙袋を置いて
お礼代わりになにか買おう!と
一瞬カウンターを離れた。

お茶やお菓子などいくつかの商品を選び、
カウンターにもどると
「お預かりした荷物、詰めておきましたけどだいじょうぶでしたかー?」
と、先ほどのの女性スタッフが声をかけてくれた。

彼女の視線の先には、
なんと既に丁寧に梱包済されたダンボール箱が!

その段取りのよさと
「だいじょうぶですか?」と
ちゃんと確認をとってくださったお気づかい、
シンプルにうれしい♡

それだけでも相当レベルの高い接客だと感じたのだけど
「神」はそれだけでは終わらない。

本番はこれから。

翌日、届いた荷物を開けると
さまざまな大きさのたくさんの品物が
必要に応じて緩衝材の新聞紙にくるまれていたり
やわらかいものは上、重いものは下と
的確な場所にパズルのピースのようにきれいに詰められている。
あの、たった数分で!

そして、
思わず「えっ!」と声がでてしまったのは
その品々が元々入っていた薄くてシンプル(簡易的ともいう)な紙袋が
折り目も美しく畳まれ
付箋のようにつけてあった名前札が
ちょうど中央にくるように
貼りなおしてあったから。
(説明ムズカシイ…)

とにかく(でまとめる)、
料金も発生していないサービス中のサービス(?)なのに
この精度の高さ。
そして、
あのときの
女性スタッフさんのいたってフツーで
フラットな態度。
沖縄弁で言うなら
(沖縄とはなんのかかわりもないけど)
「なんくるないさー」といった風情で
想像のはるかうえをいくこの対応。
まさに、「神」!

人間というのは傲慢な生き物で、
たとえば接客においては
マニュアル通り完璧にできていたとしても
それは「あたりまえ」「ふつう」「当然」。
感動度は「ゼロ」である。
それどころか、
ちょっとでもミスがあると一気に評価はマイナス急降下…
クレームにだってなってしまう。

「感動接客」とかカンタンに言うけど
人はそんなに簡単に感動はしない。
日常に有り難いことだからこそ、
心が動くのだ。

そして、
「どうだ。気が利くでしょ。」と
評価を期待しておこなった行動って
まったく相手には響かない。
私とてこれまで、
ドヤ顔で差し出した「感動狙いの気づかい」は100%スルーされている。
(自慢じゃない…)

想像を超えるくらいの、
まっすぐでまっさらな
そして「心の条件反射」といえるくらい
自然にでた「おもいやり」だけが
ほんものの感動を生むのです。

マニュアルやテクニックじゃ
感動はつくれない。

たとえば
コンビニエンスストアに求めるものと
ラグジュアリーホテルに求めることは
その内容も 質も 基準も
まったく違うのかもしれない。

お客様が求めるもの、
「想定・想像を超える」接客のかたちも
それぞれに異なる。

それでも
人の心を動かせるのは
どんなときだって
マニュアルでもテクニックでもない。
その人の在り方、
「ほんものの心」だけなのです。

どんなに素晴らしい対応だって、
「これいいね!」と
次からマニュアル化されたものは
ただのテクニック。

ほんものの感動を創れるのは
「そのときのあなた」だけ。

あのときの、コンビニの「神」のように。




#接客 #接遇 #ホスピタリティ #感動 #感動接客 #こころ
#ほんもの #一流とは












この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?