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11日目 モノやおカネやヒトに執着がない

モノ…有名ブランドのバッグ・靴や洋服、家具、他は思い浮かばな
   い…(笑)
おカネ…決してケチではないけれど、物欲があまりない
    ただし、プレゼントや飲食には糸目はつけません!
ヒト…去る者は追わず、来る者は選ぶ(笑)

モノ

正直、私は部屋を片付けるのがあまり得意ではないのです
散らかってはいないけれど、洋服はたたんで山積みになっています
たたむのは母です(笑)
ひとり暮らしをしていた時は、ハンガー干ししたものは、そのまま掛けられるスペースを作っていました
引き出しにしまうのは、下着や靴下類だけ…
片づけられないからモノは増やせないのです(笑)

半世紀以上生きているので、過去購入したブランド品のバッグや時計は一応持っています 少しですが
メンテナンスしながら大事に使っているので、もう他は必要ないですね
誰かにちょうだいと言われても、譲る気はないので(笑)、執着と言えるかもしれませんが
母が汚しまくっているテーブルやソファは買い直したいと思っていますが、今じゃないでしょうね
お気に入りのフライパンや鍋は、母がいい感じで焦がしてくれています(笑)が、これも、買い直すのは今じゃないですね

おカネ

私から言い出した離婚なので、元夫に大きな過失がある訳でもなく、私も同じ訳で、ここにお金は発生しませんでした
離婚の話を切り出した時、プライドからなのか、元夫が私を引き留めるようなことはなかったですね…
あぁ、約20年一緒にいたのに、引き留めたいと思うような情すら残っていないのね…と、少し残念に思ったのを思い出しましたよ…
そんな訳で、ひとりになってしばらくの間は、ギリギリの収入でやりくりしていましたが、私は、姓名判断や生年月日による占い?で、必ず「お金に苦労しない」と出ます(笑)
これからのことはわかりませんが、子どもに迷惑がかからないよう生きて行きたいと思っています ← 子を持つ親は大体そうですよね!

ヒト

ヒトへの執着がないのは、自分でも如何なものかと思っている部分はあります
私から望んだ離婚が理由で、子どもは私のことをよく思っていません
連絡を取らなくなって何年経つだろう…? 元気にしているかな?
苗字も違うし、私の倍以上稼いでいる社会人で、私とはある種絶縁状態と言えるかもしれません
子どもが私に助けを求めるようなことがあれば、できる限り助けたいと思う気持ちはありますが、特に今交流がないことに不満はないのです
冠婚葬祭関連、子どもから私への連絡はないかもしれませんが、子ども自身が決めたことなら、それはそれでいいと思っています(死ぬまで子どもの結婚を知らないままとかあり得ます
子どもは一生懸命育てるもので、親孝行とかしてもらわなくて全然構わない
ただ、健康で幸せでいることを祈るだけです

母の日 誕生日

1つ心残りというか残念に思うことはあります
子どもの頃、親の誕生日や父の日・母の日に、贈り物をしませんでしたか?
うちの子は、幼稚園までは、工作の時間に父の日や母の日の記念品を作って、プレゼントしてくれていました(幼稚園がさせていたからですね)
それ以降は、ゼロです、ゼロ!
お金をかけなくても、肩たたき券とか道端のクローバーやレンゲ、もみじの葉やまつぼっくりでもいいのです、気持ちが欲しかった…
もうね、「自分が何をしてもらうか」ばかりを考えていて、「親に何かしてあげたい」と思ったことは特になかったようですね…
これも、子ども至上主義の夫の教育方針の結果でしょうか?
(元夫の誕生日や父の日には、私が何か用意するか子どもと一緒に品物を選んで、必ず渡していたし、元夫はお買い物好きなので、私に誕生日プレゼントは準備してくれていました)
それは、お小遣いをもらう年齢になっても、大学進学してアルバイトを始めても、就職していいお給料もらうようになっても変わらなかったですね
そんなこともあって、私には、子どもから母親として認知されていない、便利な人としか思われていない感覚がずっとずっとありました
親子の仲はよかったのですが…
今は親子関係自体が存在していないも同じ状態なので、もう期待すらしていないですね

子どもに執着がないくらいなので、友達はもちろん、一緒に暮らしている母親も然りです
ただ、多くはないですが、大切にしている友達はいるのでご安心ください(笑)
子どもの頃の家族、結婚してからの家族、私がいろいろなものに執着がなくなるのに十分な環境であったことは間違いないでしょう
人はひとりで生まれて、余程のことがない限りひとりで死んで行く
周りの人に迷惑をかけない準備が必要ですが、私はそれが常だと思っています

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