【読書感想文】考えて、考えて、考える|藤井聡太・丹羽宇一郎
藤井聡太の思想が気になる。そう思うようになってから、雑誌や新聞、動画などのインタビューはそれなりに目を通しているし、対談などの書籍も読んでいる(全部ではないけれど)。
藤井聡太に興味を持ったのは、例によって史上最年少でタイトルを獲得してからだった。もちろんそれまでも藤井聡太の名前を聴くことはあったし、29連勝の時には人並みに情報を追ったりはしていた。
それ以前はよくスポーツを観戦していたのだが、コロナ禍によりそういったイベントの多くが中止された。将棋界も一時期は棋戦が延期になったようだが、比較的早い段階で感染対策を行いながら再開された。つまり、だれもが家にいなければならない状況にあって、しかもスポーツなどのエンタメがあまり放送されない、といった時期だった。そんな時期に将棋は中継を再開し、すぐに藤井聡太が史上最年少でタイトルを獲得した。
昨今の将棋ブームは藤井聡太人気によるものだという見方が強く、私もおおむねその意見には賛成だが、コロナ禍という異常な状況がそれを助長した一面は否定できないと思っている。当時、スポーツ観戦好きは結構「観戦」に飢えていたのである。
実は将棋配信は無料でいつでも見られると知ったし、「評価値」という優劣をAI表示するシステムのおかげで、将棋の事を全く分からなくても(それの正誤はともかく)楽しめる事を知った。
そういうわけで世間にたがわず私はまんまと「観る将」になり、コマの動かし方が辛うじてわかる程度の知識で今に至るまで中継を見続けている。(これが、結構面白い)
藤井聡太がトンデモ頭脳を持っていることは疑いようもないが、将棋指しとしての頭脳だけでなくその思想まで極めて洗練されていることに気づいたのはそれから少し経ってからだ。2020年9月号のNumber将棋特集の「藤井聡太【天翔ける18歳】」の一説。
これを読んだ私は「人生、何週目だよ…」と思ったのは言うまでもない。
そうして私は藤井聡太の「本音」が気になるようになった。興味をどんどん持っていくにつれ、しかし藤井はどんどん語らなくなってゆく。その理由は、彼が語ることが、たとえそれがどんな内容であっても、必ず紙面を賑わせてしまうからだ。
食べたメニューは注文が殺到し、ケーキは売り切れ続出する。何かちょっと面白いことを言えばどんなことでもすぐにニュースになった。
そうして藤井聡太はどんどん語らなくなった。ガードを強固にしていき、勝利を収めてもタイトルを取っても、本当は何を考えているのかは誰にも語らない。
そうなってくるとどんどん気になってくる。そうして、いくつかの書籍やインタビューを読んでいるうちに巡り合ったのが、丹羽宇一郎との対談だった。
「考えて、考えて、考える」は、伊藤忠商事株式会社の名誉理事である丹羽宇一郎と藤井聡太の対談本である。私が知る限り、この本が藤井の最初の独立した対談本だと認識している(たぶん…)。
この本は、なかなか良い。なにが良いかというと、丹羽宇一郎の質問が抜群にいいのだ。
戦後日本のビジネスを牽引したといっても過言ではない丹羽宇一郎は、人から何かを引き出すのに長けている。これは丹羽が藤井に興味があり、本音を知りたいということ以上に「ビジネスパーソンとして学びがあるのではないか」とアタリを付けて質問しているからだ。
藤井聡太に興味があり、自分にも学びがあるのではないかと思ってする質問は、当然その答えも興味に則したものになっている。藤井聡太は奇をてらうことなく自然に答えるだけで、こちらが本当に知りたい事が分かる、という具合だ。
これまで様々な対談を読んでいても、藤井が対談相手に興味を持ち質問をするといった事は(仕込みでなければ)あまりなかった印象がある。この本でも中盤まではまるで何も丹羽に対して質問はしなかったが、「読書の効用」という章では丹羽の読書感やおすすめの書籍に関して質問を繰り返している。
藤井が丹羽の何に興味を持ったのか、そして丹羽がそれにどう答えるのか。実にスリリングな瞬間である。
藤井聡太がこの本でどれくらい自分をさらけ出してどんなことを言ったのか、それに関しては詳しくは本を読んでもらいたいと思う。少なくとも現段階で藤井聡太の思想に最も近づいた文献は本書だと思う。(あとは、Number。)
実はこの本を読んだ直前に、山中伸弥との対談本「挑戦 常識のブレーキをはずせ」も読んだのだが、こちらはあまり(というか全然)面白くなかった。見どころは冒頭の藤井聡太による「はじめに」だけだった。
その比較もあって、この「考えて、考えて、考える」はすごくおもしろかったし、知りたかったことの多くを知ることができた。この本で、藤井聡太のだいたい5%くらいは理解できたかもしれない。(そんなに理解できてないか…)
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